50話 這い寄り
「このコテージだね」
北岡山に着いてから少し山を登り、そこそこ大きなコテージに着く。
木を主体として丸太が見える造りで、六人くらいまでなら泊まれそうな広さだ。
「ここで寝泊まりしながら昼はデータを計るってこと?」
「そうなるね。中も快適だし君の好きな食べ物とかも買ってあるよ」
「本当!? やった!!」
僕達はコテージに入り、僕は荷物を置き備え付いていたソファーにダイブする。
「ふかふか~」
「晩御飯作るけど、何か要望はあるかな?」
「う~ん、お肉が食べたいかな!」
「お肉ね……確かステーキがあったはずだからそれを調理するよ」
美咲さんはキッチンの方に行き、冷蔵庫から食材を取り出し調理し始める。
ジューと肉を焼く音が聞こえ、美味しそうな匂いがこちらまで届く。
「はいお待たせ」
美咲さんが二つのお皿を机の上まで運ぶ。
お皿には焼かれた大きなステーキ肉が一枚と、ニンジンと玉ねぎが薄くスライスされたものが乗っている。
僕はナイフやフォーク、それにコップなどを運んでから席につき手を合わせる。
「いただきます!」
一通り運び終わったところで僕は早速ステーキを切り口に運ぶ。
最初に肉汁が口の中に広がり、その後からスパイスが効いたお肉の味が染み渡る。
一方美咲さんはまだ口を付けておらず、冷蔵庫と別室からそれぞれ飲み物を取ってくる。
冷蔵庫の方はペットボトルで、別室から持ってきたのはワインボトルだ。
「生人君は流石にワインを飲むわけにはいかないから、ぶどうジュースで我慢してね」
「はーい」
美咲さんは僕のコップにぶどうジュースを注ぎ、自分のコップには赤ワインを注ぐ。
「お酒って美味しいんですか?」
半分程食べ進んだ頃、ワインと肉を交互に美味しそうに口に入れる姿からその味に興味を持つ。
「美味しいよ。お酒っていうのは一括りにしても色々あって、自分なりの好みを見つけるのも研究みたいで楽しいんだよ」
「へー…….そうなんですか」
僕はまだ十六でお酒なんて縁がないのでこの答えはいまいち理解できなかった。
大人になれば分かる日が来るのだろうか?
「生人君も飲み始めれば分かると思うよ。とはいってもあと四年は待つことになると思うけどね」
それから僕達は食事を楽しみ、明日から僕はデータを計るために動くと思うので、早く寝るべくさっさとお風呂に入る。
「生人君? 入るよ」
僕がシャンプーで髪を洗っていると、風呂の戸が開きタオルを一枚体に巻いただけの美咲さんが入ってくる。
「み、美咲さん!? 何で入って来てるの!?」
さも当然のように入ってきて、僕の真後ろに立膝でいる彼女に対して恥ずかしさが込み上げてくる。
「いいじゃないか。ちょっと前はこうやって一緒にお風呂入ってじゃないか」
「それって何年前の話ですか……」
「恥ずかしいのかい?」
「別にそういうわけじゃないですけど……」
美咲さんは僕にとって母親のような存在だ。裸を見せることは恥ずかしくはない。
前まではそう思っていたのに、中学生になったあたりから妙に抵抗感を覚えてこうなることを避けていた。
「まぁまぁたまにはいいじゃないかこういうのも。ほら、背中流してあげるよ」
複雑な心境を抱え自分の体をなるべく見えないようにする僕のことなど構わず、美咲さんは僕の体を洗い始める。
そのまま流れで僕と彼女は浴槽に入ることとなり、広さの関係から美咲さんが僕を抱っこするような体勢となる。
「いやーでも本当にこうやって生人君と一緒に何かをするのは久しぶりだね」
「確かにそうだね。高校に入ってからは寮だしDOの仕事もあったから」
高校に入る前は二週間に一回くらいの頻度でどこかに連れてってもらったりしていたが、最近になってからそれも減ってしまった。
美咲さんはどこか寂しそうな声色で話し、僕の方に回していた腕を片方自分の顔に回す。
「でも久しぶりに僕……は……あれ……?」
突然視界がぼんやりとゆっくり歪み出して、声を出そうにも力が抜けてしまい上手く発音できない。
「みさっ………さ……」
やがて僕の意識は完全に途絶えてしまうのだった。
☆☆☆
「生人君。もう朝だよ」
暗い意識の中、美咲さんの声が脳内に響く。
「あ……れ? もう朝?」
僕はベッドで寝ていて、窓から既に朝日が差し込んでいる。
「昨日は君がお風呂でのぼせてちゃって、そのまま起きなかったんだよ。
だから仕方なく着替えさせてあげてベッドで寝かせたんだけど、体調は大丈夫かな?」
僕はいつのまにかパジャマに着替えさせられていた。
体調も特に悪いところはなく絶好調だ。
「うん大丈夫! 心配かけてごめんなさい」
「いいよいいよ。君はまだ子供なんだから大人を頼っていいんだよ。君は一人で頑張りすぎる節があるからね」
「あはは……気をつけるよ」
それにしてもおっかしいな……今までお風呂でのぼせたことなんてなかったのに。気づかなかっただけで疲れが溜まってたのかな?
「体調が万全なら問題なさそうだし、今日からデータを計ろうか」
「ちなみにデータってどうやって計るの?」
「あれだよ」
美咲さんはこの部屋の窓から外のあるものを指差す。
昨日はここに夜着いたせいで見えなかったが、彼女が指差した方向には様々なアスレチックがある。
高い木と木の間を繋ぐように作られたものや、小さい足場を跳んでいくのだろうと思われるものもある。
「君にはこれをやってほしいんだ」




