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38話 海へ

 周期的に機械音を振り撒く時計の音で僕は目を覚ます。時計のアラームを止め体を少し伸ばし、大きな欠伸をしてベッドから降りる。

 出発までの時間は残り一時間。しっかり起きれたようで何も問題はない、三十分かけてご飯を食べ歯を磨き、昨日のうちに準備した、水着や荷物が入った鞄の中身をもう一度確認する。


 出発の十分前程になり部屋を出て待機室に向かうと、そこには既に峰山さんがいた。

 彼女は普段とは違い、長い髪を巻いて団子のようにしており、サングラスもしていて外で見かけたら彼女だと分かり辛い格好をしている。


「おはよう峰山さん。その格好どうしたの?」

「わたくしはメディアに露出する機会も多くて知っている人も多いので、今回のような人が多い場所に長時間滞在する際はこうしないといけないのです」

「なるほどね」


 テレビなどをあまり見ない僕でさえ彼女のことは出会う以前からぼんやりとだが知っていた。情報に敏感な若者なら彼女のことは知っているだろう。

 そのことを考えたら変に人が群がったりごたつくのは目に見えるので、こうして変装のようなことをするのも納得がいく。


「生人さんは配信の際は鎧を着てますし大丈夫だとは思いますが、いかんせんわたくしは過激な……ファンといっていいかも怪しい人もいますしね」


 彼女の心底嫌そうな溜息混じりの表情を尻目に、僕は一ヶ月前のことを思い出す。学校に峰山さんのファンと名乗る男性が侵入してきたのだ。

 あの学校に侵入するのはそこそこ難しいはずなのだが、彼は何十日もかけて計画を練りなんとか入り込んだ。

 見つかり捕まっても峰山さんに会わせろと喚きあの日は酷い騒ぎになった。最終的に警察に連行されていったが、峰山さんはその事件のことをとても不快に思っているようで、その日は表情がずっと固まっていた。


「そういえば先日美咲さんが開発してくれたこれはしっかり持っていますか?」


 彼女は鞄から紐がついたジップロックと一枚のカードを取り出す。


「もちろん! せっかく美咲さんが作ってくれたんだし使わないとね!」


 先日美咲さんが僕達二人に渡してくれた紐付きジップロックと一枚のカード。


 ジップロックの方は衝撃や熱に強く、日常生活中に破損することはまずないらしい。カードの方は最近開発されたブランクカードと呼ばれるもので、一定規定内の一つの無機物を出し入れすることができるカードだ。


 このカードにおける一つという定義は、例えば百枚のクッキーを粉々にして一つに固めたらそれは一つとカウントされ、逆の場合は百枚とカウントされ一枚しか仕舞えないらしい。


 つまりこれは一つという大まかな範囲ないなら、一定質量を超えない範囲で物を出し入れできる便利なカードだ。

 僕と峰山さんは良かったらと言われこれを受け取り、言われた通りにランストを仕舞うのに使うことにした。他の人には順次配られるらしい。


「そろそろ岩永さんとの待ち合わせの時間ですね。行きましょうか」

「うん! いざ海へ!」


 僕は海ではしゃぐ楽しみを抑えることができず、子供っぽくはしゃぎながら彼女と共にここを出る。


「おいっす~二人とも待った?」


 DO本部から出て、高校や本部に研究所などがある敷地の入り口で岩永さんを待つこと数分。ちょうど集合時間になったくらいで彼女が現れる。


「大丈夫今来たところだから」

「よかった。じゃあ早速海までレッツゴー!」


 僕達三人は駅まで行き、そこから電車に揺られ海まで向かう。


「そういえばよく三枚もチケット当たりましたね。アイさんはかなりの人気アイドルですし、倍率すごかったでしょう?」


 そこそこの混み具合の電車で、椅子に座り揺らされながら、峰山さんが今朝少し話したチケットの抽選についての話題を出す。


「いや? うちも三枚応募したら一枚くらい当たるっしょみたいなノリで応募したんだけど、それで全部当選しちゃってさー」

「三枚全て……すごい確率でしたね」


 調べてみると当選倍率は四倍程で、三枚全て当てたとしたら2パーセントより低い確率を当てたこととなる。そう考えると岩永さんは豪運だったといえるだろう。


「次は火野駅。火野駅でございます」


 周りに迷惑がかからない範囲で雑談していると、スピーカーからアナウンスの声が聞こえてくる。その駅は僕達が降りる海の近くの駅だ。

 電車が止まり僕達は駅を降りライブ会場の海へと歩いて行き、十分程歩いて会場の入り口へと着く。

 これもアイの人気なのか、朝早く来たはずなのにもうかなり混んでいた。


「中々人が多いですね。逸れないようにしてくださいね生人さん」


 峰山さんが僕だけに逸れないよう注意して、僕の腕を掴んで自分の方へと抱き寄せる。


「何で僕だけ?」

「あなたが人混みに紛れてしまったら見つけるのがかなり困難ですから」 

「そりゃそうだけど……」


 ここにいる人の多くが大人、それも背の高い男性だ。僕があの人混みに飲まれてしまったら、周りから僕を視認することは難しいだろう。


「生人君のことそのままお願いね。えーと最後尾は……」


 岩永さんがピョンピョンと跳ねて入り口に並んでいる列の最後尾を探す。


「あ! あったこっち!」


 僕達は岩永さんが見つけてくれた列の最後尾まで行き、ゆっくりと進む列の中で待ち、数十分待ったところで入り口まで辿り着く。

 それから受付の人にチケットを見せ中に通される。


「では着替えたらすぐそこの焼きそばの屋台の近く集合でよろしいですか?」


 更衣室の前まで来て、別れ際に峰山さんが着替えた後の集合場所について決めようとする。


「僕はいいよ」

「ウチも賛成!」 


 僕は二人と別れて更衣室に入り、受付の人に渡された鍵を使いロッカーを開けて着替えようとする。


「ん?」


 上着を脱いでいる最中視界が見えなくなった時に、どこかから視線を向けられたような気がした。服を脱ぎながら辺りを見渡すが僕の方を見ている人など誰もいなかった。


 知っている人の気配がしたような気がしたけど……気のせいかな?


「まぁいいか」


 僕は特に気にせずこの前買ったアロハ柄の水着を着て、剥き出しとなった上半身に峰山さんから渡された日焼け止めを塗る。

 

「おいおい見ろよあのガキ……」

「良い体してんねぇ」


 今度は確実に周りから視線を向けられていることに気づく。屈強な肉体を持った男の人達がこちらを見つめてくるのだ。

 どうしたのだろうと思ったが、僕は特に気にせず無視してジップロックに荷物を入れそれを首にかけ更衣室を出る。

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