36話 裏取引(田所視点)
「どうやらこれ以上隠し通すのは難しいようだね。無理矢理白を切るのも私の趣味じゃないしね。全て話そう」
彼女は諦め、そして認める。自分自身がエックスだということを。
ダンジョン研究のトップに立つ人物がその職権を濫用して好き放題していた。その事実が今ここに発覚した。
「まず一つだけ先に言わせて欲しい。私があんなことをしたのは正義のため、人々を守るためなんだ。これだけは分かってほしい」
「それは今から話す内容で判断する」
自分は迫真に訴えてくる彼女を見ても影響されず、慎重に情報を聞き出そうとする。ここで焦ってしまい聞き出すことに失敗したら元も子もないから。
「私の目的はダンジョンをこの世から消すことにあるんだ」
「ダンジョンを消す? そりゃできたらこれ以上被害は出ないだろうし、できるに越したことはないだろうけど」
その時自分の脳裏に災厄の日に死んだ親友の顔が横切る。
そうか……ダンジョンさえなければあいつは死ぬことはなかった。もしダンジョンがなくなればあいつみたいな被害者がこれ以上増えなくて済むのか。
親友だけではなかった。災厄の日以外にも自分はダンジョンで不幸になった人達をたくさん見てきた。
サタンに殺された者。その者の家族。建物や工場を破壊されて職を失い、夢までも失った人々。
彼らのあの顔は、奪われた者の顔は今でも自分の頭の中に残っている。何故なら自分すらもその一人なのだから。
「既存のダンジョンを消滅させ、更に新たなダンジョンを一切出現しないようにする。それが私の目的なんだ。信じてくれるかい?」
「じゃあ一個質問。そんな正当な理由があるなら何であんなコソコソと動く? ご丁寧に鎧にボイスチェンジャーまで搭載して」
彼女の発言は行動と矛盾している。そんなご立派な大義名分があったのならコソコソと秘密裏に動く必要がないからだ。堂々とそれを主張して研究すればいい。
「私だってこんな違法な研究したくはないさ。だが仕方ないんだ。あの男が、智成が認めてくれない限り研究なんてできようがないんだ」
「……つまり、智成さんがダンジョンを消滅させるという話に反対だということなのか?」
突然出てきた予想していなかった名前に言葉が詰まってしまったが、自分はすぐに聞き返す。
「あぁその通りだ。ダンジョン省の大臣である彼の許可がない限りはこちらも好きに動けないんだ。
あの男はダンジョンを消すことに反対している。日本の産業を衰えさせるわけにはいかないと言ってね」
先程から彼女は智成さんのことを呼び捨てだったりあの男などと呼んでいる。そこには親への敬意などは微塵も感じられず、智成さんが言っていたように本当に仲が悪いようだ。
「私はもちろん何度も既存のダンジョンを消す必要性を説明したよ。今は制圧して沈静化しているが、いつまたダンジョンの機能が復活して悲劇が起こるか分からないし、何より今あるダンジョンのせいで新しいダンジョンが出現していることも説明した」
「待ってくれ。既存のダンジョンが新しいのを呼び寄せるだって? そんなの初耳だぞ?」
そんな話聞いたことがなかった。DOで働いている最中はもちろん、裏で色々調べていた時もそんなことは見聞きしなかった。
「それはそうだ。これはトップシークレットだからね。知っているのは現状私とあの男だけだ」
「じゃあ何で尚更ダンジョンを消滅させることに消極的なんだ? あれが多くの人を苦しめているのはあの人も分かっているだろうに」
自分の声に若干怒気が混じってしまう。悲劇が起こることを分かっていても野放しにしている智成さんに憤りを感じる。
「あの人は多数の利益のためなら少数を簡単に切り捨てられる人間なんだ。だからダンジョンによって生まれる利益のために少数の犠牲を無視するんだ。それに君達DOもいる。だからダンジョンの危険があっても大丈夫だとあいつは思っている」
それを聞いて自分は何も言えなくなる。怒りで体が震え話す気になれない。
現場を直接見もしない人間が、少数だと決めつけ平気で犠牲にする。その態度は自分にとって許し難いもの。少数と切り捨てるそれも、たとえ一人だとしても自分にとっては決して少数ではない。
「コソコソ動く事情は分かったよ。次はエックスとキュリアについて聞かせてくれ。あのランストとキュリアが使った謎の装置。あれは何だ?」
話を変え、今度はこいつらが使用する見たこともない装置について尋ねる。エックスが使うランストにも特殊な能力があるかもしれないが、一番気になるのはキュリアが使っていたあの装置だ。
「あれは彼専用に開発した特殊なランストだ。形状からダイアと名付けている」
「専用? ランストは適性さえあれば他人のものでも使用できるはずだが?」
例えばシステム上自分が生人などのランストを使っても問題はない。そんな事態まずないしそんなことしても特に意味はないのですることはないだろうが。
「それを説明するにはまず彼と、そして生人君の正体について話す必要がある」
「生人の正体……」
自分は嫌な、悪い予感が的中してしまうことを確信する。生人の正体という言葉を聞き、やはりあの子は人間ではないのだと分からされる。
やっぱり生人ちゃんは……人間に化けた……そうなのか?
「生人君とキュリア君。彼ら二人の正体は………………だ」
「は?」
確かに聞こえた。一字一句聞き逃さなかった。けれど自分は聞き返す。それはその事実を信じたくなかったからかもしれない。
「生人君は……ダンジョンを生み出した元凶だ」
その付け加えられた一言は自分の心を揺れ動かし、様々な感情を巡らせ頭の中を真っ白にするには十分すぎるものだった。




