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34話 立ち上がり

「大丈夫かい?」


 大量のサタンの死骸の前に立つ、明るい赤色の鎧を纏った人が幼い僕に手を差し伸べる。


「大丈夫……です」


 先程この人が戦った際の衝撃で転んでしまった僕は、この人の手を掴み立ち上がる。


「助けてもらってありがとうございます」


 僕は感情なくただ人間として当たり前だと思った、助けられたからお礼を言うという行動を実行する。瞳に光はなく、世界についている色すらも認識できていない。


「助けた……その表現は少しばかし語弊があるんじゃないかな? だって君は……」

「じゃあどうしたら良かったんですか?」


 自分の先程の行動を否定され、それでも年相応に拗ねるなんてことはできず、僕は淡々と言葉を吐き出す。


「まず君の頭の中にある大きな間違いを一つ正そう。命っていうのはとても大事で、尊いものなんだ」

「何でですか? 大事で尊いならどうしてこんなにたくさん辺りに転がっているんですか?」


 僕はそこら辺にチラホラとある死体を指差す。別にこの人に嫌味を言いたいわけではなかった。ただの子供の無邪気で純粋な疑問を投げただけだった。


「いくら尊くても、それは簡単に壊れてしまう。だから、守らなくてはいけないんだ。誰かが。そう、ヒーローが」

「ひーろー……?」


 この人は急に僕を抱き寄せ僕のことを抱きしめる。その温かさは今まで僕が感じたことのないものだった。


「生き方が分からないなら私のようにするといい。私を目標にして生きるんだ」

「あなたを……? 僕もヒーローになればいいの?」

「そうだ。君も、ヒーローに……」



☆☆☆



「うーん……僕もヒーローに……」


 ぶつぶつと寝言を呟き、僕はゆっくりと目を開ける。真っ白な天井が目に入り、起き上がると薄緑色のカーテンが閉められているのが見え、ここが病院なのだろうということが分かる。


「生人……さん?」


 僕が寝ていたベッドのすぐ近くの椅子に峰山さんが座っており、彼女は僕の顔を見て大きく目を見開く。


「峰山さん……? おはよう」


 まだ寝ぼけている僕はあまり働いていない頭で考え、とりあえず彼女に挨拶をする。

 彼女はやがてその見開いた綺麗な瞳からポロポロと涙を溢し始める。

 唐突に泣き出しどうしたのかと思うが、今度はいきなり僕の方に飛びつき抱きついてくる。


「よかった……目を覚ましてくれて……」


 僕は彼女の胸に押し込まれ、病人服に涙が染み込む。顔が彼女の服に強く押し付けられるせいで僕は上手く息ができなくなる。


「ちょ……苦しい……!!」


 僕がそう声を上げたことで彼女は冷静さを取り戻し、慌てて僕を離しベッドから降りる。


「ケホッケホッ……どうしたの急に? いやそれよりもここ病院だよね? 何で僕は病院にいるの? 確かエックスと戦っていたはずだけど」


 僕の記憶はエックス、いやキュリアと名乗ったあの青年と戦い僕が一発拳を叩き込んだあたりで途切れている。


「怪我が酷くて記憶が混濁しているのでしょうか? 順を追って説明しますね。まず、あれから気を失った生人さんはDOのすぐ近くにあるこの病院に運ばれてきました」


 病院……あ、確か入学する時にもらった地図に書いてあったな。確か敷地内の学校から少し離れたところにダンジョン研究で作った新薬を試す病院とかがあったな。

 

「あの後他のみんなは? それにあのダンジョンは……」

「風斗さんとわたくしはそこまで怪我は酷くありませんでした。でも田所さんの怪我は酷くて、ここの最新医療設備を使っても仕事に復帰するには一ヶ月程かかりそうです」

「そう……なのか」


 あの時田所さんは僕達が奴にやられないように一人で奴に立ち向かった。なのに僕は彼が必殺技をくらうまで何もできなかった。


「それであのダンジョンについてなのですが……消えました」

「え? 消えた……?」

「はい。田所さんの話によるとキュリアが門から出た途端にわたくし達は外に出されて、その時にはもう門が消失していたそうです」


 門が、ダンジョンが消えた。そんな話僕は今まで聞いたことがなかった。

 その事実が意味していることは、キュリアやその仲間がダンジョンの出現を自由に調整できるということだ。


「あれ? この日付おかしくない? 三日くらい飛んでるけど……」


 話の途中、僕の視界の端にデジタルの時計が目に入る。そこにはショッピングモールに行ったあの日から三日後の日付が表示されている。


「いえ。それは間違っていません。生人さんが三日も眠っていたんです。まるで死人のように」

「僕の怪我ってそんなに酷いの? そんな感じは全然しないけど」


 僕は自分の体をペタペタ触ったり服の隙間から自分の肌を見るが、怪我のようなものは一切見られない。


「医者が言うには不思議なことに怪我は一切ないみたいです。でもあなたは目を覚まさなかった。どれだけ呼びかけても、体に異常はないのにあなたは起きなかったのです。

 毎日わたくしが来ても反応なく眠っているだけで、本当に心配で……」


 僕はだから峰山さんは僕のことを心配してくれて、あんなに泣いて喜んでくれたのだと納得する。


「心配してくれてありがとう。峰山さんが毎日側に来てくれたらおかげで目を覚せられたよ」

「それは……どうも」


 彼女は恥ずかしそうに頬を赤くし、目を逸らし僕の真っ直ぐな眼差しを見ないようにする。


「イチャつくのはいいけど、自分もこの病室にいることも忘れるなよー」


 カーテンの向こうから田所さんのツッコミを入れる声が聞こえてくる。


「い、イチャついてなんていません! わたくしはただ友達として、仲間として彼を心配しただけです!」

「はいはい。病院で大きい声出さない。いくらこの病室に自分らだけしかいないといってもそれくらい気は使おうね~」


 相変わらず田所さんはおちゃらけた態度で、人をからかうような感じで話す。怪我が酷いと聞いたがいつも通りで僕はどこか安心感を覚える。

 向こうで立ち上がるような音が聞こえたかと思うと、カーテンが開き田所さんが顔を出す。


「ん、生人ちゃんも特に問題なさそうだな。じゃあ後遺症残る怪我したの自分だけかよ。ダサいな」


 彼の首元や手足には包帯が巻かれており、火傷してしまっているのだろう。


「ダサいなんてそんなことないよ! 田所さんは僕達を守ってくれて……僕こそごめん。大事な時に立ち上がれなくて」


 彼がキュリアに殴られている際に、僕はすぐに助けに入れなかったことを思い返して自責の念に駆られてしまう。


「いいって最終的には助けに入ってくれたんだし、力不足はみんな同じだし気にすんな」

「そうですよ生人さん。寧ろわたくしこそすぐにやられてしまいあまり戦闘に参加できなくて申し訳ありませんでした」


 確かに峰山さんはすぐに奴の攻撃をもらい、その後は最後の力を振り絞って遠くから数回攻撃するのがやっとだった。だからこそ無力感は僕より感じているだろうし、現に今拳を強く握りしめるほど悔しいのだろう。


「強くならないといけないのは自分らみーんな一緒ってこと。敵は予想以上に強大。どうやって強くなればいいのかねぇ……」


 彼は病院の窓から外を見つめ黄昏る。珍しく真剣に悩むその顔が夕日に照らし出されており、その光が彼の思う深刻さをより一層と際立てている。


「ま、生人ちゃんはその様子だと明日から復帰できそうだし、風斗ちゃんも合わせて三人でしばらくは頑張ってね~」


 彼はすぐに悩む顔を消し、病室の扉の方まで向かう。


「え? どこに行くんですか田所さん?」


 サラッと病室を出ようとする田所さんを僕は引き止める。


「ちょっと外散歩してくるわ」

「いや、その怪我で出歩いていいんですか?」

「多分問題ない。ま、リハビリってことで」


 彼は病室の扉を開け怪我が治りきっていないのに散歩に出かけて行ってしまった。


「いいの峰山さん?」

「あの人前も止めたのにその後勝手に出てましたし、止めるだけ無駄ですよ」


 彼女は呆れて諦めたようにして溜息を吐く。彼女のような真面目で誠実な人は田所さんの近くにいたら確かに少し疲れそうだ。


「生人さん。わたくしは強くなれると思いますか?」

「え? どういうこと?」


 田所さんがいなくなり二人っきりとなり、彼女は思い詰めた様子で尋ねてくる。


「最近思うんです。他三人は着実に強くなって、生人さんは新しいアーマーも手に入れた。なのにわたくしだけ強くなっている気がしなくて」


 田所さんは十数年も戦い続けている超ベテラン。風斗さんはそれには劣るが才能と経験両方を持ち合わせた頼れる先輩。そして彼女にとって彼らと比べてほぼ同期の僕は天才と言われるほどの身体能力の持ち主。

 彼女も決して才能がないわけではないが、劣等感を抱いてしまうのも仕方ない。


「最初は姉にはできないことができるって、そんな今思えばくだらない対抗心でここに入りました」


 そういえば彼女には優秀な姉がいて、常に比べられたせいでコンプレックスを抱いていたなということを僕は思い返す。


「でも今は違うんです。戦えない人を守りたい。仲間の傷つくところを見たくない。なによりあなたに傷ついてほしくないということがわたくしが戦う理由になっているんです」

「だからもっと強くなりたいってこと?」

「そうです」


 とにかく強くなりたい。自分のためではなく、誰かを守るために。最初出会った時とは違う意気込みが、覚悟が彼女の瞳の中にあった。


「ならみんなで強くなろうよ」

「え? みんなで?」


 どこか自己犠牲めいたようにも思えるその態度を見て、僕は彼女に言葉という手を差し伸べる。こんなことをすぐにしようとしたのは先程見た夢が原因かもしれない。


「一人で抱え込むことはないよ。僕達はチームなんだからさ。みんなで強くなって、みんなであいつを倒そう!」

「そうですね。少し思い悩み過ぎてしまっていたようです。わたくしらしくない」


 彼女は自分が暗くなってしまっていたことを恥じ、顔をブンブンと振り軽く気合いを入れ直す。その後の表情は先程と違い真っ直ぐないい顔になっていた。


「病み上がりでこんなこと言うのもあれですけど、一緒に強くなりましょう。キュリアを倒すために、人々を守るために」

「うん! 改めてよろしくね峰山さん!」


 

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