26話 水着
田所さんとのダンジョン攻略から二ヶ月が経ち、夏の暑さが本格的に入ってきたこの季節。今日は僕も峰山さんも特に予定がなかったので、学校の近くにある美味しいカレー屋さんに岩永さんと三人で来ていた。
「お待たせしました。当店オリジナルのカレーうどんとろろご飯でございます」
まるで頭痛が痛いみたいな商品名を言いながら、店員さんが大皿に乗っけて運んできた丼を三杯僕達のテーブルの上に置く。
「これこれ~。これが意外に美味しいんだよね。二人に食べてもらいたくて」
岩永さんが僕達の食欲をそそるように、真っ先にカレーうどんを食べ始める。食べ慣れているのか、そこそこの勢いで啜っているのに対してカレーが全く跳ねていない。
「じゃあ僕もいただきます!」
「いただきます」
僕と峰山さんも目の前のカレーうどんに箸を入れ食べ始める。味はスパイスがよく効いている、僕でも食べれる程良く辛いルーとコシがあるうどんがとても良く絡み合っていて美味しい。
「何か白いの出てきた」
美味しく食べていると、うどんの下から白いドロドロした液体が出てくる。初めて直で見たので一瞬分からなかったが、これがとろろなのだろうということがすぐに分かる。
「どんな味なんだろう……?」
僕はその物体をうどんと一緒に口の中に放り込んでみる。少し酸味がある流動体が口の中を滑り、そこに流れるようにカレーとうどんも流れ込んでくる。
更にその下に存在するご飯には残ったカレーととろろで一緒に食べ、こちらも中々相性が良く最後まで美味しく食べることができた。
「寧々ちゃん。生人くん。二人ともアイってアイドルのことは知ってる?」
みんな食べ終わり口を拭いたり水を飲んだりしていると、岩永さんが徐に僕達にとあるアイドルについて知っているかどうか尋ねてくる。
アイドルのアイ。最近有名になり始めた、確か僕達の一個上の子だったはずだ。
「僕は知っているよ。曲とかライブも動画でだけど見たことあるよ」
「わたくしも生人さんと同じです」
ヒーロー以外の世俗に疎い僕が彼女を知っているには訳がある。それは彼女がランストを使い変身してライブをするという特徴があるからだ。
通常ランストはダンジョン内で使うもの。地上で使うのはDOのダンジョン制圧の際だったり、災害が起きた際の緊急時くらいだろう。
本来地上で無闇に使用することは一般人への安全面などを考慮して禁止されている。しかし事前にダンジョン省に申請すればこういうイベントなどで使うのはOKなのだ。
これは災厄の日によって打撃を受けた経済を立て直すために作られた特別ルールの名残りだったはずだ。特に害があるわけでもないのでそのまま慣習となっている。
「それでさー、実は夏休みの時期にやる海上ライブのチケットが三枚予約取れちゃったんだよね」
彼女は学校のバッグから二枚のチケットとチラシを取り出し僕達に差し出す。
僕はそれを受け取って見てみる。どうやら今度の夏休みに海の上のステージで水着ライブをやるようだ。新しいスキルカードを使ったショーがどうとかも書いてある。
「ここからそこそこ距離がありますね……」
僕はすぐに了承しようとしたが、峰山さんは思い悩んだ様子で小さく唸る。
「遠い? そうかな……電車使えば二時間もかからないと思うけど」
「いえ。そうではなくて、いつ新しいダンジョンが現れるか分からない状況で、たとえ変身しても本部まで一時間ほどかかってしまう場所に行ってしまうのは少々心配でして」
彼女の言う通り海に行くのはいいが、それで新ダンジョンが出てきた場合本部に戻るまでに時間がかかってしまうのは問題だ。たとえほんの数分程度の違いでも人の命に関わってしまう。それがDOの仕事なのだから。
「あはは、そうだよね。ごめんねウチ気が回らなくて」
「待ってください。でも確かここって……」
気まずそうにしながら僕達に負い目を感じさせないようにする岩永さん。一方峰山さんは何か思いついたかのようにスマホを取り出して何かを調べ始める。
「やっぱり……この会場のすぐ近くにワープ装置が設置されていますね」
彼女がスマホの画面を僕と岩永さんの方に見せる。表示された地図は、本当にライブ会場の目と鼻の先の距離にワープ装置があることを示している。
ワープ装置とはDOが遠い場所にダンジョンが現れた際に迅速に向かうためのシステムで、一瞬で数千キロ移動することができるものだ。しかし一方で専用の固定装置を設置する必要があったり、莫大なエネルギーが必要なので緊急時以外は使えず応用性に欠けるという欠点もある。
「これならダンジョンが現れたとしてもすぐに向かえますし、多分指揮官も良いと言ってくれるでしょう」
「本当!? 良かったぁ……ウチ二人にチケット見せびらかすだけになっちゃうかと思っちゃったよ」
峰山さんからの朗報を聞いて岩永さんは胸を撫で下ろす。僕も友達の誘いを断る必要がなくなって嬉しかった。
「それでこのイベントに行くとなって水着が必要な訳だけど、二人とも水着とかって持ってる?」
僕が財布に、峰山さんがファイルにチケットを仕舞おうとしたところ、岩永さんがもう一言付け加えてくる。
「水着ですか……学校指定の物なら持ってますが、流石にそれで行くと浮いてしまいますよね」
「僕もそういう場所に行くためのは持ってないかも」
今まで水着なんて学校の授業くらいでしか着てこなかった僕は、峰山さん同様にスクール水着くらいしか持っていなかった。
「やっぱり二人とも持ってないか。なら今度ウチら三人で水着買いに行かない?」
特に反論する理由もなければ、イベントに参加するにあたり水着は必須だったので僕達は快くそれを了承する。
「やったーありがとう! それじゃあ今度近いうちに空いてる日探して、最近できたショッピングモールに買いに行くってことでいい?」
「うん僕はそれでいいよ」
「わたくしも構いません」
そうして今後の予定も決まり、僕達は今日はここで解散し僕と峰山さんはDO本部まで帰る。
「一つ聞いてもいいでしょうか?」
帰り道の途中、僕の前を歩いていた峰山さんがこちらを振り向かずに話しかけてくる。
「別にいいけど。どうしたの?」
「生人さんはどんな色が好みでしょうか?」
「色? 色か……」
好きな色を尋ねられ、考えるがすぐには思いつかない。僕は特に今まで色にこだわって生きてはこなかった。お気に入りの色といえば鎧の色とかになるだろうか?
「赤色……」
僕はあることを思い出し、ついその色を呟いてしまっていた。
十年前のあの日僕を助けてくれたあのヒーローの、今でも鮮明に覚えていられるあの明るい赤色を思い出したのだ。
「明るい赤色かな? 僕が一番好きなのは」
先程は小さくボソボソと呟いた感じだったので、僕はもう一度今度は細かい情報も付け加えて言い直す。
「明るい赤……そうですか」
「それがどうかしたの?」
「いえ何でもありません。それより早く帰りましょう。指揮官に休むことを言わなくてはいけませんし」
何故急に好きな色なんて訪ねてきたのか、彼女はその答えを言わずに歩く速度を上げる。
その後ろにくっついて行き、僕達はDOの本部まで戻るのだった。




