10話 全てを奪われた少女
モルスが着替え終わり外に出た瞬間また激しい頭痛がボク達を襲う。目を覚ますとそこは薄暗い遺跡の中だった。
そこでは目を血走らせてモルスがただひたすらに自傷行為を行っていた。
「何やってんだ嬢ちゃん!!」
田所さんが咄嗟に止めようとするが、彼女に触れることすら叶わない。
「ダメだよ田所さん……この子、寄生されてる」
「ちっ……あの男の仕業か……!!」
儀式で使うような装飾がなされたナイフで何度も自分の体を傷つける。瀕死状態になりその場に倒れるが、傷が中途半端に治った後にまた立ち上がる。
何度も何度も自傷行為を繰り返す。生と死の間を何度も往復する。
「ふぐっ……あがっ!!」
意識はあるのかモルスは何度も小さく悲鳴を漏らすが抵抗の意思は見せない。家族や友人を人質に取られているから。同じ思いをさせたくないから。
やはり彼女は優しい子だ。本来はあんな事件に協力するような性格ではない。
「ふぅ。全くまた失敗ですか……惜しい所までは来てるんですがね。生と死の狭間に行くためにはもう少し何かないと」
モルスの体に寄生していたバランが飛び出てくる。
「あっ。そうか……肉体だけじゃダメなのか。なら……」
バランは邪悪な笑みを浮かべ、何を企んだのか遺跡の外へ出ていく。
「あぅ……」
モルスは全身傷だらけ血まみれの状態で小さく呻く。
「あれ……お兄さんとおじさん?」
落ち着いたことでボク達が見えるようになったのか、黒く淀んだ瞳をこちらに向ける。
でもボク達にはかける言葉が見当たらなかった。何もできない。できたとしてもこの空間の世界が変わるだけで現実では何も起こらない。
「遠い未来になるけど……ボク達が君を救ってみせる。だから……強く生きて」
その言葉が精一杯だった。そして遺跡が崩れ始める。いや遺跡ではない。田所さんの時のように世界が崩壊を始める。
「田所さん!! 衝撃に備えて!!」
「おう!!」
ボク達は過去から投げ出されて黒い空間に、恐らくバランが言っていた生と死の狭間に戻ってくる。
「何を見たんですか?」
こっちのモルスは相変わらずの仏頂面で尻餅を突くボク達を見下げる。
「とりあえずは君が悪い人じゃないっていうことだけは分かったよ……お願い。もうこんなことはやめて。本当は人を苦しめたりなんてしたくないんでしょ?」
「……なたに……ですか」
無表情を崩し、唇を噛み締めながら怒りに体を震わせる。
「あなたなんかに何が分かるんですか!! 人生も家族も友達も故郷も全部奪われて、殺されて……それなのに死ねなくて……私はもう生きてても仕方ないんですよ!!」
「そんなことないよ!! 例え全部奪われても、過去が全て否定されても……それでもボク達は前に進まなくちゃいけないんだよ!!
そのためならボク達は君をなんとしてでも助けてみせる。だから死にたいなんて思っちゃだめだよ!!」
「うるさい……うるさいうるさいうるさい!!!」
しかしボクは突き飛ばされてしまう。彼女は頭を痛そうに抱えて体に例の稲妻と似たオーラを纏わせる。
「おいおいこりゃ不味くねーか? 自分らまとめて消し飛ばす気か!?」
そのエネルギーが膨張していき、辺り一面を消し炭にできるほどに高まる。そしてそれが今爆発しようとする。
「待ちなさい。全く……」
しかし突如として現れたバランによってそれは防がれる。同時にモルスの顔に怯えが見え始めオーラに揺らぎが見られる。
「デウス君。ギリギリのところでワタシの勝ちのようだね。数も十分に揃った。キミとティオが寄生虫と人間のハーフを作ってくれたおかげで想定より数が少なく済んだよ」
今気づいたが周りにいる人の数が明らかに増えている。
バランがモルスの体に入り込み、纏うそのオーラを増幅しより邪悪なものへと変貌させる。
「くっ……一体お前は何が目的なんだ!?」
「目的……? お前も寄生虫なら分かるだろ? 好奇心を満たすために好き勝手やるのがワタシ達だ」
モルスの体が変形肥大化していき、見るのさえ悍ましい化物へとなっていく。
全身ドス黒いオーラに覆われて、体格は数百メートルもある。額には巨大な瞳を一つに他は何もなく、邪悪な巨人はその歪な形の腕をこちらに振り下ろしてくるのだった。




