02 大きな決断
「……と! ……くと! 生人! あっ! ここに居たのか……」
重たく暗い視界が急に晴れて、キュリアがこちらを覗き込んでくる。
ボクは自然と首元にやっていた手を下ろし、瓦礫の山から抜け出して辺りを見渡す。
「おはようキュリア。それで今は朝なの?」
ここ数年ずっと淀んだ曇りばかりで今が朝なのか昼なのか夕方なのかはよく分からない。
「一応朝らしい。でもまぁもうあんまり関係ないよな。だって核戦争で人類滅んだんだし」
「そう……だね」
寧々が亡くなってから数百年程で各国のすれ違いは最悪な形で爆発し、世界中で戦争が起きた。
ボク達も止めようとしたが、個々の力で全体の意思は動かせず、日本も隠し持っていた核兵器を使い収集がつかなくなった。
そうして国々が滅んでから更に時間が経ち、ボク達はせめてシェルターなどに残って生き残った人達だけでも救おうと画策していた。
「そういえば……最後のあの子、今朝死んだよ」
キュリアから重たくボクの心に深い傷をつける事実を告げられる。
奇跡的に核汚染物質に免疫があり、人類最後の人間だった男の子。
まだ十になるくらいかどうかというのに最近になって体調が悪化して、ついには今朝亡くなってしまったらしい。
やはりこの星はもう人が住める星ではない。ボク達寄生虫は生き延びることができるが、普通の生物では無理だ。
実際外にいるのは突然変異した奇形の生き物のみ。地球は死の星と化してしまった。
「それ……あの子への誕生日プレゼントか?」
「うん……映像でしか見たことない水族館に行ってみたかったって言ってたから。せめて何かストラップでも残ってないかって探してて。
そしたらこのビルに在庫がまだ置かれてるかもしれないって情報が掴めたんだけど、見つけた直後にビルが倒壊しちゃってね」
手に握っているのはボロボロのイルカのアクセサリー。保存状態が良い方ではあったがこれももう原型を半分ほどしか留めていない。
それほどに長い時間が経過している。人類が滅んでから。
ボク達は美咲さん達のいる拠点に帰るべく灯りもなければ整備もされていない地面を歩いていく。
「ねぇキュリア……ボク達がしてたことって何だったんだろうね。必死に戦って、助けて……なのにこうして滅んだ。なんなら助けた人達のうち一部も戦争に参加してた。
ボク達ヒーローって何かできてたのかな?」
「分からない……でも、あの子死ぬ間際に生人と過ごせて楽しかったって言ってたぜ」
「そう……」
少しは救われたが、かといってこの荒んだ廃墟街は何も変わることはない。
☆☆☆
「うーんまさか……」
白く清潔感漂うラボでは美咲さんが巨大なモニターの前で頭を悩ませていた。
「どうしたんだ美咲?」
「あぁお帰りキュリア君。それに生人君も無事で良かったよ。
いやね、あの子の埋葬が済んだから例の装置の精度を上げて調べてみたんだが……やはりもうこの星には一人たりとも人間はいないね」
モニターには世界地図が表示されており、各場所の点からソナーのような円が出ているが、それに反応するものは何もない。
これは美咲さんが前々から開発してた人間探知機だ。これによりまだ生き残っている人間を探そうとしたが結果はこれらしい。
「はぁ……ますますオレ達がやることなくなるじゃねぇか……ヒーローとして戦おうにも、もう助ける人もいねぇのか。なら次は汚染されてない動物でも助けにいくか?
まぁもう大体の動物がこの状況下で凶暴化してるけど」
「そこで一つ提案があるんだ」
美咲さんはパソコンを弄りモニターに映し出されていた映像を切り替える。
巨大な円盤型の船のようなものの3DCGが映し出される。これも前々から美咲さんが作っていた宇宙船だ。
「生人君の記憶や無人機の探査結果より他の星でも言葉を用いて、まるで人間のように文化を営む者の存在は確認されている。
そこでだ、みんなでこの船で宇宙に行くというのはどうかな? そこで他の星の人達を助けに行くというのは? まぁ私は研究のためだがね」
この星に助ける人がいないのなら他の星の人を助けに行こうということだろう。
合理的だし魅力的な提案であることに違いはない。ただ……
「すまないね。じゃあ考える時間をあげよう。実際この宇宙船もまだ完成には少々時間がかかるしね。一ヶ月ほどで答えを出してくれるとありがたい。
四人でよく話し合って決めてくれ」
美咲さんはボクの心情を察してくれたのか、猶予を与えてくれる。
「うん……ちょっと考えたいこともあるし風にでも当たってくるよ」