01 別れの連続
温かい日差しが差し込む病室の中。ボクは世界で一番大事な人の皺々な手を握りしめる。
そこから返ってくる力は大変弱々しく、それがもうすぐ命が事切れるのだということを如実に伝える。
「ふふ……生人。今でも……昔のことが鮮明に蘇ります」
もう喋るのも辛いだろうに、それでも最後にボクへ言葉を送る。
「あなたと出会えて……本当に幸せな人生でした……」
「嫌だ……寧々。死なないで……!!」
ボクは彼女の手を強く握り締めるが、だからといって寿命が延びるわけでも、何かが変わるわけでもない。
人間の寿命というどうしようもない問題。それに苛まれボクは涙を溢し懇願することしかできない。
「泣かないでください……わたくしは……ずっと側に居ますから……」
彼女は最後に力を振り絞りボクの頬に手を伸ばす。しかしそれがボクの頬に触れることはない。その前にベッドの上に落ちる。
「寧々!?」
耳に入るのはカーテンが揺れる音だけ。たった今ボクの最愛の人が。何十年もずっと隣でボクを支え続けてくれた人がいなくなってしまったのだった。
☆☆☆
寧々が亡くなってからしばらく経ち、ボクは何もやる気が起きないまま毎日を過ごし、休日の今日自宅の仏壇の前でボーッとしていた。
そんな時チャイムが鳴り扉がノックされる。
「久しぶりだね生人くん」
外に居たのは杖をつきながらもまだまだ生気を感じさせる岩永さんだった。
「岩永さん……えっと、この前は葬式に来てくれてありがとう……ございます」
「はぁ……敬語はいいよ。そんな仲じゃないでしょ?」
「あはは……」
ボクは愛想笑いしか返せず、上手く言葉を続けられない。寧々が死んでからずっとこの調子だ。
半年前に風斗さんが同様に癌で亡くなってから間髪入れずに寧々の体調も悪化して、ついこの前亡くなってしまった。
訃報が続きボクのメンタルはかつてないほどに落ち込んでいた。
「これは随分きてるね……ちょっと上がらせてもらうわよ」
「え? う、うん……」
岩永さんが部屋に入りたいと言うので、特に断る理由もないのでボクは彼女を家に入れて温かいお茶を出す。
「岩永さんは最近どう? ファッションデザイナーはもう引退したって聞いたけど」
「そうだねぇ……もう八十手前になるからねぇ。生人くんは相変わらずの様子だけどね。
今は孫も大きくなって……明日からシンガポールに行くからね。お土産楽しみにしててよ」
孫……か。ボクが寄生虫じゃなければ寧々も孫の顔を見たりできたのかな。
峰山グループの方は信頼できる人に後を託したから問題ないし、ボクもこれからサポートしていくから彼女も未練はないだろう。
それでもやはりボクのせいで子供の顔が見れなかったことが悔やまれる。
「ねぇ生人くん……寧々ちゃんは、生人くんの愚痴なんて一言も言ってなかったよ。
君のおかげで、毎日が楽しくて幸せだって言ってた。だから自分を責めないで。今のまま暗いままだときっとあの子も悲しむから」
「うん……」
「まぁウチも百歳超えるまでは生きてみるつもりだし、体も健康だしボケる予定もないから……相談があればいつでも聞くから」
お茶をゆっくり飲み干し、温かい視線と共に胸を張り頼り甲斐を見せてくれる。
「ありがとう……うん。おかげで元気出たよ!
寧々がいなくなっても……ボクはボクだ。亡くなっていった人達のためにもこれからも頑張るよ!」
「その調子だよ。じゃあ帰るけど……お土産何がいい?」
「うーん……あ! じゃあマーライオンのグッズとかお願い!」
「分かった……じゃあ楽しみにしててね。また今度」
明るくなったボクを見て、彼女はボク以上に元気を出し部屋から出ていく。
たとえ大事な人がいなくなってもその想いが消えるわけではない。
だからボクはそのかけがえのない思い出を胸にこれからも頑張っていかなければならない。
そしてボクは翌日のニュースで、岩永さん達の乗った飛行機が墜落し乗客全員が死亡したということを知るのだった。