173話 決着……?
「おい椎葉ぁ!! まさかとは思うが、日向や他の人間を見殺しにしたお前がのうのうと生きて幸せになりたいなんて思ってないよなぁ!?」
「ひっ……」
うずくまっていた椎葉さんが更に縮こまってしまう。
ボクは奴の横暴な態度が許せずその首を締め上げ投げ飛ばそうとするものの上手く体に力が入らない。
「なっ……なんで?」
「馬鹿が……!!」
奴から振るわれる拳が頬に当たり、歯を数本飛ばしながら漆黒の地面の上を数回転する。
おかしい……強すぎる。寄生の能力や基本的なスペックならティオよりボクの方が上だったはず。
「何で自分がこいつに素の身体能力で負けているのか? お前はここを物理的な空間とでも思っているのか? だとしたら間抜けにも程がある」
「まさか……!?」
ある一つの結論に至る。先程の愛花さんの部屋の光景から恐らくここが精神世界のようなものだとは推測が立っていた。
その仮定を進めるなら、彼女の精神を掌握しているティオがこの中では絶大な力を持ってしまうのではという結論が導き出される。
「どうしたヒーローなんだろ? 助けてやれよ。苦しんでるぞ?」
立ちあがろうとするボクの腹に一発蹴りが入る。いつもならなんてことない一撃だが、傷が治らず体に力も入りにくい。
「椎葉さんっ!!」
ボクは遊生から数多の暴行を受けながらも、ギリギリのところで致命的な一手を躱しつつ彼女に訴えかける。
「椎葉さんのその夢は……憧れは最初は誰かのものから来たのかもしれない。でも、今は違うでしょ!? 椎葉さんは必死に頑張ってたよ!
ボクは夢を抱けない……抱いちゃいけないような寄生虫だよ。でもなら、それでもボクなら誰かの夢を叶えてあげることならできる! だからボクが椎葉さんの夢を叶えるよ! だからもう一度立ち上がって!!」
しばらく返答はない。だが奴とボクの体に反応が現れ始める。
ボクは今まで何もできなかったその拳を受け止めることができるようになり、そして反撃の一撃が深く奴の鳩尾に入り込む。
「アタシは……生きたい。生きてアイドルになりたい!!」
辺りの空間の色が明るいものへと変わり出す。ボクは寄生虫の力を限界以上に引き出し奴の頭部を蹴飛ばす。
「ここから出てけ……椎葉さんはボク達が助ける!!」
最後に一発渾身の拳を打ち込むと、この空間に亀裂が入り椎葉さんの体の主導権をボクが完全に握る。
視界が先程の山の中に戻り、目の前には地面に這いつくばるティオの姿。
「あっ! まずい!」
ボクは急いで神経を脊髄の方に移し、その中で違和感を、爆弾を捜索する。
「これか!」
寄生し体の構造を弄り、脊髄の中から爆弾を取り出してそれを口を通じて吐き出す。
奴がこちらに視線を送るが、ボクがすぐさまそれを上空へと蹴り上げたため爆発は空中で起きる。
かなり離れていたのに中々の衝撃。それにあの小ささであの威力。恐らくは地球上の物質で作ったものではないだろう。
「よし! これで椎葉さんは助かった!」
ボクは精神を乗っ取ってしまう前にすぐさま脊髄を修復して彼女の体内から飛び出て人間態に戻る。
ボク達が精神内で争っていたためか彼女は酷く憔悴しており、意識を留めることができずに気を失いその場に倒れる。
「生人君! 大丈夫かい!?」
ボクが彼女の中にいる間どれだけ時間が経過したのか分からないが、手当てを終えた美咲さん達が合流する。
峰山さんと田所さんはまだ万全とは言えないが、戦うことはできるだろう。
「うん……椎葉さんから爆弾は取り除いた……後は遊生を倒すだけだよ!」
この場に五人勢揃いする。一方ティオはもう満身創痍だ。
ボク達の勝ちは確定している。だがそれでも油断せずにみんなで周りを囲み、風斗さんがその剣を振り上げる。
「じゃあな……!!」
最後の一撃が振り下ろされる。これで長い戦いの幕が引く。
誰もがそう思っていた。
その剣が斬り裂いたのは、突き刺したのは地面だった。
突如としてティオの姿が消えその剣は奴の体を捉えられなかった。
「なっ……奴はどこだ!?」
ボクは辺りを必死に見渡すが奴の姿はどこにもない。
そんなことはありえない。ボクは、いやみんな瞬きすらせずに奴の方を見ていたはずなのに。それなのに誰も奴がどこに消えたのか検討すらついていない。
「おめでとう。キミ達は遊生という巨悪を討ち倒し、この世界を魔の手から救ってくれた。
生人クン。キミは間違いなくヒーローだ」
聞き覚えのある声。そして拍手の音。
ボク達は同時にその音の出所の方に目を向ける。
そこにはティオを抱えた智成さんが立っていた。