167話 子供の倫理観
「うぐっ……!!」
椎葉さんの変身が解けたことにより球体が消え、だが限界を超えて活動したせいで風斗さんは変身が保てなくなりその場に座り込んでしまう。
「よくやった生人くん……後は計画通り動けば……」
「あはは……やっぱりダメだった。アタシがみんなを本気で殺せるわけがない。分かりきってたのに……」
椎葉さんはその場に両手を突き、土下座一歩手前のような姿勢で自虐風に語り出す。
「アタシはみんなと本当の仲間になることもできず……敵も演じられない。中途半端な最低な女だ。
なんで……なんで!! アタシは……あんな風に生み出された命だから……こんなアタシは夢を見ることさえ許されないの!?
そんなの酷いよ……せめて幻でもいいから夢くらい見させてよ……」
この闇夜に彼女の声が消え入る。雨も降っていないのに彼女の顔下には水滴が落ち始め、声も濁り出す。
「幻なんかじゃない……俺達とお前が過ごしたあの日々は、間違いなくそこにあった現実だ」
「慰めなくていいよ。ごめんね真太郎さん。あなたの妹の体勝手に使っちゃって。
もういっそのこと殺して。遊生に悪用されるくらいなら……お兄ちゃんに殺されるなら悪くないから」
風斗さんのセリフも虚しく、漆黒に染まった心には届かない。
だがそれでも彼は諦めずその体でフラつきつつも彼女に歩み寄る。
「殺して」
「そんなことするわけないだろ!! お前は風斗愛花じゃない……椎葉愛だ!! お前はお前という一人の存在なんだ……きっとお前が死んだら、一人のアイドルを志す子が死んだら……愛花も悲しむ。
俺は愛花じゃなくてお前に生きてて欲しいんだよ!! これ以上大事な人を失いたくないんだよ!!!」
「お兄ちゃん……!!」
[スキルカード 疾風]
感動的なシーンに水を差すようにキュリアのダイアから機械音声が鳴り響く。
くっ……そうだ。今も峰山さんとキュリアが戦っている。ボクもあっちに加勢しないと……!!
「美咲さん!? このサタン達倒していいんですか!? 元人間って言ってましたけど……」
「構わない!! そいつらはもうただのコピーだ!! 人間の成分は入っていない!!」
峰山さんはその言葉を聞くと防戦一方だった戦況をひっくり返し、その巨体でサタン三体を圧倒し始める。
これはいいのだが、問題はキュリアの方だ。疾風で田所さんを翻弄していると思いきや、田所さんをボク達とは反対方向に蹴飛ばす反動を用いてこちらに飛んでくる。
「大丈夫かキュリア!? 今ボクも加勢して……」
「うぉりゃっ!!」
キュリアが攻撃したのは田所さんでも、ましてやボクでもない。
椎葉さんだ。その場に四つん這いになり無抵抗で変身すらしていない彼女を蹴飛ばしたのだ。
「なっ……愛に何するんだ!?」
真っ先に風斗さんが体の痛みを忘れキュリアに掴みかかる。
「うるせぇな。邪魔だどけ!」
しかしキュリアはそれを冷たくあしらい怪我人を容赦なく突き飛ばす。
「こいつを殺せば遊生の計画は破綻するんだろ? ならこっちの方が手っ取り早いぜ!!」
風斗さんに悪びれもせず、吹き飛び地面に転がる彼女に追撃を仕掛けようとする。
[アックスモード]
なんとかギリギリのところでその間に入り込み、取り出した斧で彼の重い拳を受け止める。
「あ? 何で邪魔すんだよ!? そいつが生きてると遊生に利用されるんだろ?」
「そうだよ……でも殺せなんて誰が言ったんだよ!?」
キュリアはボクの言うことも、先程の風斗さんの言葉もイマイチ理解してないようで、考え抜いた後子供のように頭を掻きむしり拳にかける力を強める。
「知るかっ!! 遊生が幅を効かせるとオレとお前の勝負の邪魔されるだろ!! オレはそれが嫌なんだよ!!
だからそんな楽しくねぇ状況にしないために愛をここで殺すんだよ!!」
吹き飛ばされそうになるものの、ボクは決してここから動かない。
ボクが彼女を守る盾なのだから。壊れるわけにはいかない。
込められる力に比例してボクの中に怒りの感情が湧き出てくる。
「お前……ふざけるのもいい加減にしろ!! 他の人の命を何だと思ってるんだ!?」
最後はボクの方が粘り勝ち、なんとか椎葉さんから彼を遠ざけられる。
「知らねぇよ他の奴なんて!! そいつが生きてたってオレには何の得もねぇだろ!!」
「お前……本気で言ってるのか? 考えてみろよ! もしあのお婆さんが死んだらお前だって悲しいだろ!」
「……? 何言ってるんだ? 何で愛と婆ちゃんが関係ある話になるんだ?
二人ってもしかして親戚だったのか……?」
すっとぼけや白を切っているわけではない。本当に倫理観がズレている。命を尊重するという概念が彼の中にはないのだ。
あるのは子供じみた他者を顧みない損得感情だけだ。