166話 大切な仲間のために
頭の中ではもう分かってはいたものの、それが明文化されたことによりその事実がより一層重くのしかかってくる。
「クソ……知ってしまったか……」
地面に降ろされた美咲さんは悔しそうに地面を一発殴る。彼女はもう既に調べて知っていたのだろう。
実際遊園地で久しぶりに会った時に最近のサタンについて言い淀む間があった。
知っていてボクを傷つけないために隠していたのだろう。
「じゃあボクは……本当のヒーローとして、寄生虫だということも受け入れて生きていくと決めたあの日からも、結局は人殺しをしてたってこと……?」
「そうよ……だからキミがアタシに説教する資格なんてないっ!!」
結局ボクは人殺しにしかなれない……悪魔にしかなれないのだろうか? 変わることなんてできないのだろうか?
「違う……ボクは……変わってみせる」
数十秒間の沈黙の後ボクは更に力を引き出し一気に体を再生させる。勇気で体を奮わせ全身に力を込める。
「何度失敗しても……罪を犯しても……このたった一つの命が続く限りボクは戦い続ける。償い続ける。
そして今できることは……椎葉さんを救うことだ!!」
もう一度ランストを装着し二枚のカードをセットする。
[ラスティー レベル30 ready…… ドラゴンホッパー レベル49 start up……]
「二人は休んでて! 椎葉さんはボクが無力化する!」
治りきっていない体で龍とバッタの鎧を纏い、彼女を助けるべくその手を振り上げる。
美咲さんには何か策があるようだ。だがしかしそれを実行するのは今ではないらしい。
ならボクにできることは何か? それはただひたすらに戦うことだ。戦って彼女を無力化して美咲さんの作戦の成功率をたった1%だろうと引き上げなければならない。
お互いの突き出した拳がぶつかり合う。力はほぼ互角。
技量も思考スピードもほぼ同等のボク達は互いに一歩も譲らずに接戦を繰り広げる。
「何で……どうしてアタシなんかのためにそこまでするの!?」
二人とも体を傷つけ合う中、しばらく黙りを決め込んでいたがついに感情を爆発させ、迷いを含んだ悲鳴のような声を上げる。
「何でって……椎葉さんが今苦しそうだからだよ。助けて欲しそうにしてるからだよ。
こんなこと不本意なんでしょ? 本当はこんなことしたくない。だって椎葉さんはみんなが憧れるようなアイドルを目指してるんだから」
「違う……あれはアタシの夢なんかじゃない!! この体の……真太郎さんの妹のものなの……全部。
アタシが生まれてからずっと声が頭の中に響いてくるの……アイドルになって。舞台で輝いてって」
夢を述べる、明るいその言葉とは裏腹に。椎葉さんの声はどんどん抑揚をなくしていき悍ましささえ覚えるものに、恨みも含んだ声色へと変化していく。
「うるさいもう黙ってって何度心に念じても、寝てる時もずっと頭の中に響いてくるの……でも、アイドルとして活動している間だけはその声が少しは静かになってくれるの……だからアタシはあんなに狂ったように……」
合点がついた。彼女のあのアイドルへの執着は憧れから来るものではない。脅迫性の、トラウマに近いものから来ているのだ。
「でも……生人くんに出会って、真太郎さんに出会って……みんなといる時も声は静かになってくれたの。
それだけじゃない……あの時間は今まで実験とトラウマから逃げていただけだったアタシの生活に光を与えてくれた……かけがえのない時間だった……!!」
その言葉に嘘はない。前みたいに騙している演技じゃない。
何故ならボクがそう信じているからだ。
「今からでも遅くないよ。ボク達と……」
「だから……死にたくないの……死んだら全部なくなっちゃうから。楽しかった記憶を思い出すことすらできなくなるから。だから死にたくないのよ!!」
[必殺 リータスフィニッシュ]
マイクの球体部分が外れ、それが宙に浮き漆黒の禍々しいエネルギーを纏う。
彼女がマイクのスイッチを押すとそれは勢いよく発射されボクの眼前に迫ってくる。
[必殺 ホーリーカット]
カードを数枚取り出し対抗しようとするが、風斗さんが割り込んできて球体をその剣身で受け止める。
「頼む生人!! 愛を……俺達の仲間を救ってくれ!!」
明らかに自分の許容限界を超える威力を受け止め、全身から悲鳴を上げつつもその場に踏み止まり後をボクに託してくれる。
「うん!! 後はボクに……ヒーローに任せて!!」
ボクはその想いに応え、横を通り過ぎて椎葉さんの元まで接近する。
[スキルカード 疾風 ヒート ジャンプ]
椎葉さんはマイクを通じて球体にエネルギーを送っており、今は隙だらけだ。大ダメージを与えて無力化するなら今しかない。
[必殺 ヒートファング]
ボクは前に跳びつつ両足を開き龍の口を表すそれで彼女を挟み、その牙で彼女の鎧を剥がし取るのだった。