163話 家族(風斗視点)
「もしもし。美咲。生きていたんだろう? ワタシのことを恨んでいるのは分かるが……」
「すみません。俺です。風斗です。今は色々あって娘さんと行動していて、彼女だと怒りで会話にならないと思い変わりました」
「そうか……正しい判断だ。それに美咲と話した後キミ達にも伝えることがあったから丁度いい」
とりあえずの説明は終わり話は本腰に入る。視界の端で生人とキュリアが何やら丸バツゲームを始めているが、それはスルーして電話に集中する。
「まずキミ達に伝える内容だが、遊生の居場所を突き止めた」
「なっ!? それは本当ですか!?」
「あぁ……だからキミ達と作戦を慎重に立てたくてね。とりあえず彼が操作していた端末からなんとか引っこ抜いたデータから推測した彼の計画を伝えたい」
遊生が企んでいる計画。サタンを大量に出現させたり、寄生虫であることを最大限利用し十年以上もかけて積み上げてきたものだ。
きっと醜悪で悍ましいもののはずだ。
「まず椎葉君がその……キミの妹の体から生み出されたものというのは知っているかい?」
「やはりそうなんですね……それに関しては納得できる点がいくつもありますし……信じます」
顔や体格が似ているのは実際に妹の体を使っているから。
そしてあの性格やアイドルになりたいという夢もきっと愛花のものなのだろう。
あいつは……俺達を騙していたのか? 妹の体を使って愛花を侮辱して、それで生人を殺そうと……
いや違う。そんなはずがない。あいつが来てからのあの日々は、田所先輩も含めたあの日々は偽りなんかじゃない。
たとえ愛花の夢からきた真似事だったとしても、あいつは本気で輝くアイドルとなるべく日々努力していた。そこに偽りなんかない。
それに俺は決めたんだ……憎しみに飲まれて排他するんじゃなくて、他の道を、助ける道を探すことを。
美咲や寧々も巻き込んで楽しんでいる生人の方をチラリと見る。
俺はあの光景を潰そうと、あの笑顔を殺そうとしていた。もう二度とそんな間違いは犯したくない。
「遊生は椎葉君の体を、人間と寄生虫の力を持った半々生物を乗っ取ることが目的なんだ」
「何故そんな? そんなことをしてなんのメリットが?」
「寄生虫を寄生虫が乗っ取ることによる更なる力の増長。そして人間に最適化させたランスト機能をより効率良く使うためだ。
もしその計画が上手くいき、完全に同化する準備と専用の変身装置が完成したら椎葉君は寄生されてその意識は消える……実質的に死んでしまうだろう」
俺の目が血走り、眼球が誰もいるはずもないスマホの方へグルリと動く。
愛の死がすぐそこまで迫っている。また大事な人を救えず死なそうとしている。それにより俺の焦りが加速する。
「だがまだ時間はあるはずだ。居場所は……美咲と話した後に送るから彼女に電話を代わってくれるかい?」
「分かりました。おい美咲! お前に代わりたいそうだ!」
美咲は一回溜息をついてから、嫌々ながらもこちらに来てスマホを受け取る。
☆☆☆
【美咲視点】
せっかくの楽しい時間を邪魔され不機嫌なまま真太郎君からスマホを受け取る。
「何の用だ?」
「作戦の要件は大体風斗君に伝えてある。お前とは……家族として、父親として話がしたい」
「今更父親顔する気か……!?」
真太郎君から注意を受けた体裁上少しは我慢しようと思ったが、やはりこの声を聞くと神経が刺激されて苛立つ。
「すまない……ワタシは最低で、お前や妻のことを何も考えられていなかった」
電話越しから聞こえてくるのは弱々しい声。昔の頼りある、私を何度も叱ったあの声とは似ても似つかない。
「仕事を言い訳にして病気の彼女に会ってやれなかった……!! お前にも碌に愛情を伝えられなくて、子供のお前相手に無駄なプライドを通してワタシは……!!」
話を聞きながら何度もフラッシュバックするあの日の光景。
病室で母の死を目の当たりにして泣く私の元にやっと現れた父親の姿。私はやっと来たものの遅れた彼を母親を見捨てたと見做して何度も殴りつけた。
その間彼は魂を抜かれたみたいで、私はそんなことお構いなしに馬乗りになり看護師が止めるまでその顔を何度も殴りつけた。
「いや……私は……」
今までの数多の経験、生人君達との日々と今の彼の言葉により私の脳内は一度冷却される。
そして今一度考える。私は何をしたかったのだろうと。
もちろん研究をするのは家族関係なく私が好きだったもので、仮に母さんの件がなくても私は違法な研究をしていたし生人君の実験も行っていただろう。
だがそれでも俯瞰して見てみると生人君と家族のようなことを行っていたことに納得がいかない。好奇心を優先するならあんな遠回りなことしなくてもいいはずだ。
遊生と研究と計画の擦り合わせをするためだったのか? いや、それすらも今は言い訳に聞こえてくる。
「生人君……」
誰にも聞こえない声量で小さく呟き、笑顔ではしゃぐ生人君を見つめる。
「……ん? どうかしたの美咲さん? もしかして智成さんがボクに変わりたいって?」
いつもの明るい雰囲気と笑顔。そして優しさと温かみを持ったその瞳。
まるで母さんを写した写真のような彼。
そうか……私は知らないうちに……そういうことか。
「何でもないよ。まだ話してるから向こうで遊んでて」
「うん分かった!」
相変わらずの明るさで私を包み込んでくれる。私が得るはずだった未来を今まで通り彼から摂取する。
「ごめん……話を戻そうか……父さん」