156話 力でしか解決できない問題
「まずい……変身が……」
奴はもうまともに立つことさえできず、這いつくばってここから離れようとする。
「絶対に逃がさない。お前には寧々さんに謝ってもらわないといけないしね」
しかしそんなことを許すわけなく、ボクは彼女の腹に手を回し持ち上げとりあえず峰山さんの元まで運んで受け渡そうと考える。
[スキルカード ブースト]
しかし人混みの間をすり抜けるように田所さんが現れ、手から蜘蛛の糸をネット状にして噴出し塔子をボクの手から掻っ攫っていく。
「なっ……田所さん!?」
「ごめんね〜生人ちゃん。こいつ自体は最悪死んでもいいんだけど、変身装置を渡すわけにはいかないって指示でね。
まっ、中々良い顔になってておじさん嬉しいよ」
その場でタイヤを回転させ、ふらつきながらどの方向にも逃げ出せるよう準備している。
それにもうそこそこ距離がある。田所さんの速さなら疾風を使っても追いつけるかどうか怪しい。
それに彼の底は知れない。まだどんな力を隠し持っているか分からず捕まえるのは非常に難しいだろう。
「田所さん……美咲さんと協力しているボク達を気に入らないっていうのは分かるよ……でもさ、こんなことするのは違うでしょ!?
どうしてこんな……あの手紙の言葉は嘘だったの!?」
何も答えない。タイヤが擦れる音とエンジンを蒸す音が滞在する。野次馬もこの空気に割り込んでこれず、しばらく誰も動けない時間が続く。
「自分さ……生人ちゃんが思ってるほど良い人じゃないんだよ。自分、復讐したいんだよ。
親友を殺した美咲に……この銃であいつの脳天を撃ち抜いてやりたいんだ」
復讐はいけないことだ。そんなありふれた説教なんて言えるはずもない。
大事な人を悪意を持って殺されて、十年かけて犯行を暴いたのに失敗に終わり自分自身も殺された。
そのような思考になってしまうのも納得してしまう。
「あの人はこれから償わせる……殺してそれで終わりなんてことはさせない」
「ふっ……生人ちゃんらしい優しい考え方だ。でもごめんね……さっき言った通り、自分はそんな良い人じゃないんだよ。さっき言った理由云々も全部こじつけの口実さ。
自分実は……人を殺したかったんだ。痛ぶりたいんだ……」
背筋に冷たい汗が流れ、悪寒が全身を包み込む。力でどうこうするしかない。言葉による説得が完全に効かない。かつての仲間を傷つけなくてはいけない。
その辛さがより一層重くのしかかってくる。
「きっと楽しいんだろうな……遊生の計画に協力して、人を大量に殺してみたいんだ。これが自分の本性だったんだよ!」
美咲さんに殺される前では絶対に言わなかったであろう言動。もうボク達とは分かり合えないだろうという確信。
そしてなにより生き返れてこうしてやっと再会できたというのに戦うしかないという運命。
「でもそれは今じゃない。いつか訪れる最高の時間のために、今回は退かせてもらうぜ」
自然な動きで、さも呼吸するかのように煙幕弾を投げボクの視界を遮る。
「田所さんっ!!」
すぐにその煙に突っ込んで煙幕を通り過ぎるが、その時にはもう彼の姿はどこにもないのであった。
あれが本当に田所さんだったの……? 何であんな風に……!!
どうにもならない現実に打ちのめされるが、そんなボクの苦悩は背後から呼びかけられた女の子の声によって一時中断される。
先程助けたあの女の子が父親らしき人物と共にこちらに駆け寄ってきたのだ。
「お兄さん助けてくれてありがとう!」
女の子はボクの元に来て早々にとびっきりの純粋な笑顔でお礼を伝える。
「娘を助けていただきありがとうございます!」
父親もこちらに誠意をもって頭を深く下げる。
感謝が欲しかったわけではない。ボクはそんなもの関係なく人々を守るヒーローだ。
ただこの笑顔だけは守れて良かったと思えたのだった。
☆☆☆
【塔子視点】
「ほら、着いたぞ」
生人にやられて全身傷だらけの私は田所に抱えられたままアジトに戻り乱雑に投げ捨てられる。
「ちょっともっと丁重に扱いなさいよ!!」
「おじさん若い子にしか興味ないから〜で、言われた通り動いたんだし約束の報酬くれる? 遊生?」
この薄汚れたアジトの広間には遊生様もおり、彼は田所に梨を模した金属の道具を渡す。
「約束の器具だ。美咲に使うのは止めないが、急ぎすぎた結果あいつの側にいる生人に邪魔されて捕まるなんてヘマはするなよ?」
「分かってるって。自分好きなおかずは最後まで残しとくタイプだからさ。
じゃあ自分は暇つぶしに生き物の解体でもしてくるわ〜じゃあね塔子ちゃん」
田所はこちらを見下すような視線を送った後外に出ていく。また趣味の悪い生き物の解剖でもするのだろう。
あの下民が……私にあんな視線を向けるなんて。まぁでもいいわ。私は遊星様のお気に入り。
生人達を殺したら今度はあなたの番よ。利用価値がなくなったところを集めている拷問器具で遊んであげるわ。
「よぉ塔子大丈夫か? 随分と酷くボコボコにされてたけど?」
「はい……あいつが見たこともない力を使って……今度こそは勝ってみせます。ですから何かまた新しいカードや装置を! そしてあの下民どもに分からせてやりましょう! 誰が支配者なのかを!」
誰かの上に立ち、命を掴み上げて全てを支配する。それこそが私の唯一の幸福であり、彼も共感してくれた。
だから私はこれからも……
「ん〜却下だな。それにもうお前いらないわ」
下半身に何か生温かいものが流れ始める。直後お腹に激痛が走りその箇所を見ればそこには一本のナイフが突き刺さっていた。
「これ以上やらせても生人達に情報与えるだけだし、なによりもうお前に飽きたわ。よくいる小悪党でつまんねぇわ」
「え……嘘……なん……ゴフッ!!」
それは正確に内臓のど真ん中を貫いており、私は血反吐で床を更に汚しながらその場に這いつくばる。
「何でかって? だってこっちの方がおもしろいだろ? もうつまらなくなった女は捨てるに限るぜ。
最後に良い感じに面白く光り輝いてくれるから、これだからやめられねぇよなぁ!!」
まるで演劇のクライマックスでカタルシスを感じる観客のように、こちらの流血に対して拍手を返す。
「何だかんだ死に際は誰でも面白いもんだな。ありがとな」
こちらに対して恨みや憎しみの感情は一切ない。あるのは純粋で無邪気な悪意。
これが寄生虫。私の心はいつのまにかこいつに支配されていたらしい。
そうか……私が支配されていた……側だったのか……
抵抗することも助けを呼ぶこともできない。ただひたすらに血を流し、私の意識は段々と遠のいていくのだった。