146話 錯乱
「田所さん……椎葉さん……どうして!?」
死んだはずだった田所さんが蘇りこちらに銃口を向けてくる。
優しさを振り撒きキラキラしていたアイドルだった椎葉さんはその面影もない姿になってしまっている。
「悪いね。こっちもこっちなりの事情があるんだよ。それにしても三対三か……じゃあ自分は……」
足のタイヤを急回転させ美咲さんにタックルをくらわせてそのまま公園の木々が深い方へと連れ去っていく。
「あの時のリベンジマッチといこうか!!」
虚空へと二人の声が消えていったかと思えば、銃声が何度も鳴り響き始める。
「そういえば真太郎はあなたの……いいわ。彼はあなたにあげるわ。さぁ私達もやりましょうか」
塔子は風斗さんを椎葉さんに任せ、ボクに標的を定めて襲いかかる。
「さぁお仲間はいなくなったわ。あなた一人で私が倒せるかしら?」
重たい拳がガードとして入れたボクの腕にのしかかる。圧倒的な力でこちらを潰そうとするそれをなんとか跳ね飛ばす。
「あぁ倒してやるよ!! そして田所さんと椎葉さんを説得して……」
「はーはっはっはっ!!」
外野に居たティオがこちらの雰囲気などお構いなしに高らかに笑い声を上げる。
「ちょっと遊生? お楽しみの最中に気分を害する声を上げないでもらえるかしら?」
「いや悪い悪い。あまりにもこいつらしくない馬鹿なこと言うからつい……我慢してるから好きにやってくれ」
その態度に憤りを感じて踵を返そうとするものの、塔子の前でそれを行うのは自殺行為に等しい。
こいつを倒さないことには何も進展しない。そのことを即座に理解しボクは容赦なく戦闘を再開させる。
[スキルカード ヒート]
灼熱の体を使い奴に再び掴み技を仕掛ける。
「ごめんねお兄ちゃん……こんな妹で」
一方で風斗さんと椎葉さんも戦いを始める。彼女は状況を飲み込めていない風斗さんにマイクを振り下ろす。
「妹……? なんのことだ!? クソッ!! 一旦攻撃を止め……」
躱し続けていたものの、攻撃に転じようとしない彼にマイクによる重たい一撃が脇腹に直撃してしまう。
「風斗さん!!」
「あら? 余所見をしていていいのかしらっ!?」
注意が散漫になった隙を突かれ拘束を解かれてしまい、飛ばされた大量の花弁がお腹に突き刺さる。
[アックスモード]
斧を出現させ追加の花弁を刃の部分で防ぐ。それでも数枚はそこに突き刺さっており、この攻撃の凶悪性を際立たせている。
「あらあらどうしたのかしら? そんな攻撃じゃ当たらないわよ?」
斧で数回振りかぶるが、奴は花弁に包まれたかと思えば姿を消してしまうので、その瞬間移動能力を前に攻撃を当てるのは至難の業だ。
「やめろ愛っ! 何でこんなことするんだっ!?」
風斗さんは戸惑いつつも反撃を始める。しかし攻撃を弾いた後数回斬り裂くものの椎葉さんにダメージは入らない。
明らかにこちらが劣勢。それにたとえ塔子や椎葉さん。それに田所さんを無力化できたとしてもティオが待ち構えている。
ここで勝てたとしても疲弊した状態では奴には確実に勝てないだろう。
[スキルカード ジャンプ]
「はぁぁぁっ!!」
気合い十分に、足から爆発力を生み出し塔子に向かって跳び込む。
もちろんそんな一直線な動きは容易に躱されるが狙い通りだ。
「風斗さん逃げるよ!」
ボクは銅像に対して垂直に着地してそのまま蹴って風斗さんを掻っ攫っていく。
「あっ……」
小さく声を漏らす椎葉さんの横を通り過ぎて森の方まで向かい、そこからは木を伝い連続で跳んでとにかく奴らから距離を取る。
美咲さんまでは助ける余裕はなかった。ただ一目散に逃げるしか方法がなかった。
衝撃。悔しさ。絶望。戸惑い。
様々な負の感情に心を揺さぶられ、それでも前へと逃げ続ける。
気づけばかなり離れたところにある海辺まで来ていた。まだ日は昇っておらず人も居ない。
「一体……どういうことなんだよ……」
心身の疲労からボクは変身を解除してその場にへたり込む。
この場にはボクと風斗さんだけだ。他には誰も……仲間はいない。
随分と寂しくなった空気を誤魔化すように風がボクの髪を撫でるのであった。