14話 不意打ち
門とは本来潜ると向こう側に着くものなのだが、このダンジョンによって生成された門は少し仕様が違う。潜った瞬間に目の前の景色がガラッと変わり、辺り一帯が高い木に囲まれた空間になっていた。
ダンジョン自体は何度も来たことがあるが、こうして直接門を潜るのは初めてなので、体験したことのないこの感覚に少々驚いてしまう。
「行くぞ。早くついて来い」
風斗さんは入るなりすぐに僕を急かす。
「一応確認だが、こういう未攻略のダンジョンを攻略、つまり制圧する手順は覚えているよな?」
鬱蒼とした森を歩く中で風斗さんが確認を取ってくる。
「もちろん覚えてるよ。美咲さんに直接専用のアイテムカードも渡されたし」
「ならいい」
ダンジョンを"攻略"するのと"制圧"するのでは全く意味が違う。
制圧はこういう突如として出現したダンジョンのボスを倒し、美咲さんが開発した制御装置を付け無害化することを指している。
一方攻略は既に制圧されたダンジョンを探索することを指している。
制圧の際は制御装置がまだ付けられていないので、攻略の時とは違い脱出することができずに命を落とす可能性が攻略の際より遥かに大きい。
だからこそ制圧はDOがやっているのだ。
「それよりも、こんな方角もよく分からない森でボス部屋がどこにあるか分かるの?」
周りの木は全て高さが二十メートル近くあり、生い茂る葉のせいで少し暗くなり視界が悪くなっていた。
「分からないが、止まっている理由にはならない。そんなこと考えている暇があったら足と目を動かせ。
あと先に言うが、今回は配信がどうとか見栄えがどうとか考えるなよ」
「早くしないとサタンが外に出て人を襲う危険性があるからですよね?」
「そうだ。制圧の際の配信は全部指揮官に任されている。お前は何も気にせず制圧において最善の行動を取ることだけを考えろ」
資源回収や調査のための、攻略での配信とは違い、制圧の配信の設定は全て指揮官。つまり父さんがやっている。
僕も前々から制圧の時は配信の見栄えとか考えずに本気で、集中してやろうと決めていたので異論はない。
「風斗さん! 向こうで何か動いたよ!」
「何!? 警戒しろ! ここにいるってことはほぼ確実にサタンだ!」
僕は牽制のために一枚のスキルカードを取り出しセットする。
[スキルカード ワイドサンダー]
手からバチバチと青い稲妻が発生し、僕はそれを動きが見えた方へと飛ばす。
このスキルはそこそこ程度の威力の電撃を広範囲に飛ばすことができるが、精密性に欠け狙って命中させるのは難しい。しかしこの状況なら、牽制目的で使うのなら、遠くからデメリットなく使えるという点で優秀で効果的な一手となる。
そして僕の予想通り、電撃に驚き二体のサタンが飛び出す。
奴らは大きな角が生えた兎で、目は人間に恐怖心を与えるような赤黒いものだった。
「兎のサタンか……油断するなよ」
小さなサタン相手でも風斗さんは警戒を怠らず、剣を構えジリジリと近づいていく。
兎が今にも動き出そうとしたその時、僕は視界の端でまた何かの動きを捉えた。咄嗟にそちらを振り向く。あちこちで白い何かが、恐らく今対峙している兎のサタンが動いている。
数を推定するに最低三十はいる兎達に完全に囲まれていた。
「風斗さん……囲まれちゃってるよ」
「あぁ……俺もたった今気づいた。差し詰めこの二匹は取り囲む時間を稼ぐため視線を誘導する囮か」
完全に嵌められた。サタンの中には身体能力が上昇するだけではなく、知能が飛躍的に上昇して元の生物では取らないような行動を取るものもいる。
今回が正に良い例だろう。集団で狩りをする兎なんて聞いたことがない。
「奴らの目的が分かった今、俺達がやることは一つだ」
「やること? それは一体どんな……?」
「一秒でも早くこいつらを倒すぞ!!」
彼はそう啖呵を切り迷いなく二匹の兎に突っ込んで行く。二匹もすぐに彼に飛び掛かるが、一匹目はご自慢の角を剣で弾かれた後殴り飛ばされて木に激突し、二匹目は一匹目を倒した動きを繋がるようにして、流れるように左右真っ二つに斬られる。
相変わらずすごい技術と感心する暇もなく、あらゆる方向から次々に兎が飛び出してくる。
「くっ、かなり多いな……後ろは頼んだぞ!!」
風斗さんは目の前の敵に集中して襲いかかってくる奴らを斬り裂いていく。
背中を預けられた僕も奴らを一匹残さず仕留めるべく応戦する。
[スキルカード 疾風]
疾風を使い、素早い奴らを更に上回るスピードで、次々に拳と蹴りで吹き飛ばし倒していく。二十匹近く倒したところで疾風の効果が切れ、その時には周りにはもう兎は一匹もいなかった。
僕達は周りへの警戒を強め、それでも早くここを制圧するために足を進める。
数分走った所で、僕達は初めて見渡しの良い場所に、崖の上に出る。崖の周りだけ木があまり生えてなく、向こう側を見渡すことができた。
風斗さんが崖の高さや周りを確かめ、何かないか探し始める。
「ん? あれは……湖か?」
彼の視線を追ったその先に開けた場所があり、そこに透き通るような綺麗な湖があった。
「生人。お前の視力ならこっからでも何か見えないか?」
彼は僕の視力の高さをあてにしてここから見れる情報を得ようとする。
僕もその期待に応えようと目を細め崖から身を乗り出す。それが功をなしたのか、湖の中に何かが動いたのが目に入る。
更に目を凝らして見てみると、それは全身に棘が生えた巨大なナメクジのような化物だった。そいつが湖の中を泳いでいたのだ。
「見えました……何か棘が生えた気持ち悪い巨大なナメクジがいました」
「巨大な……ならそいつがボスと考えて良いだろう」
ダンジョンのボスは基本的にそのダンジョンの他とは違う場所にいて、他のサタンより強いという特徴がある。この法則から考えるにあのナメクジがボスで間違いないだろう。
「よし。この崖はあまり高さも傾斜もなさそうだし、滑って降りてそこまで向か……伏せろ生人!!」
「え?」
僕は湖の方を注視していたせいで風斗さんより後方が見えていなかった。伏せろという叫び声を聞いてから脳で色々処理するまで少々時間がかかったが、僕の体は反射的に考えるより先に行動していた。
僕は咄嗟にその場に伏せようとしながら背後を振り返る。
振り返ってすぐに何かを視認する暇もなく、何かが足元で爆発したかのような衝撃が僕達を襲い、それによって僕達は崖の上から突き落とされてしまう。
その落ちるほんの一瞬に、僕達にそのような攻撃をした者の姿が見えた。この前負けた悔しさ、そして今回このように不意打ちされたことへの怒りから僕は落下している最中その奴の名を叫ぶ。
「エックスーー!!」
崖の上にサメの鎧を纏った、たった今あの紫色の光の球体を放ったと思われるエックスが立っていたのだった。