142話 巨悪
「峰山寧々さんの容態ですが、異常なまでに体に疲労がかかっていました。
命に別状はありませんが、目を覚ますのは十時間以上先となるでしょう」
峰山さんはあの後病院に運び込まれたが命に別状はなかった。しかしサタンに取り込まれたせいか心身共に疲労が凄まじい。
「俺が指揮官に今回の件は報告してくる。お前らは休んでるなり寧々の側にいるなりしてくれ」
彼女の命が保証され、息をつく暇もなく風斗さんは病院を出ていく。
「とりあえず良かったね。寧々ちゃんが助かって。生人くんも……あれ? 電話鳴ってるよ?」
「誰からだろう? 美咲さん……!?」
通話先に表示された名前を見てボクと椎葉さんの緊張が高まる。
お互いに目を合わせ、ゆっくりと通話ボタンに指を重ねる。
「寧々君は助かったようだね。良かったよ」
「どうも。それで結局話してくれるんですか? その巨悪とやらを」
ここは他の人もいる待合室の都合上声を押し殺す。そのせいで椎葉さんにとっては聞き取り辛かったのか体を密着させて一字一句聞き逃さないようにする。
「君一人であのラボまでまた来てくれ。二人だけで話したい」
それだけ言い終わると彼女は一方的に通話を切ってしまう。再度かけ直しても応答はない。
「美咲さん……美咲さん?」
「切れたね。どうするの?」
「もちろん行くよ……一人で」
最近の美咲さんはボク達DOは眼中に入れていないような気がする。その巨悪とやらに意識が完全に向いている。
だからこそこの誘いもボク達を嵌めるようなものではないはずだ。
「アタシはここで寧々ちゃんの側にいるよ。生人くん……くれぐれも気をつけてね」
「大丈夫だって。巨悪が誰か分かったらみんなの力を合わせて打ち倒そう!」
「うん…………そうだね」
いつもと違い声に抑揚がなかったが、ボクは特段気にすることはなく病院から飛び出して夜の街を駆けてあのラボまで戻る。
「はぁ……はぁ……ここだったよね」
一切速度を緩めず短時間でここまで辿り着く。息を整えつつ廃墟に入り、蓋を開けて地下のラボへと入り込む。
「来てくれたね。ありがとう」
「とりあえずまたちゃんと会えて良かったよ」
見た感じ罠のようなものは見られない。この前と変わった様子はない。
ゆっくり前へ進み美咲さんの目の前まで向かう。
「言わなくても分かる。そろそろ教えてあげるよ。巨悪の正体を」
やっと知れる。一体誰なのだろうか? ボクには思い当たる人物はいない。きっと知らない誰かなのだろう。
「奴は十一年前にダンジョンを研究していた私に接触して、短期間でランストを開発した私の腕を買って協力を申し出てきた。
そして奴からの提案で災厄の日を起こしたんだ。もちろんそれには私の好奇心からという理由も含まれるがね」
「早く続きを言ってください」
憤りを拳に封じ込め、手のひらに爪が食い込む。
「そいつは君と同じ人間に寄生した虫で、君とは違い記憶をしっかり保持している」
ボクは虐待を受けていた子供に寄生し、心に入り込もうとしたところ何もない空虚な心に、ブラックホールに吸い込まれそのせいで一時的に記憶を失っていた。
普通なら記憶を保持しているはずだ。寧ろボクの方が異例なのだ。
「その男は……私以上の悪行を企みしている人物の名は……寄元遊生だ」
「父さんが……?」
告げられた名前は思いもよらなかったもの。正義のヒーローを裏方で持ち上げ、子供のボクを精神的に支えてくれた大黒柱。
そんな彼が悪人であるはずがない。
「信じたくない気持ちは分かる。あいつの演技は私以上だったからな。いやあれは……どちらかというと家族ごっこも本気で楽しんでいたといったところか」
「違う……家族ごっこなんかじゃない!!」
ボクは机を強く殴りつけ凹ませる。美咲さんは哀れんだ表情で、怪我をした子犬を見るようにこちらを見つめる。
「よく考えてみてくれ。
君が児童施設にいた時何故立場のある彼が真っ先に君だけを選び養子にしたのか。そしてその時から私と深い関係があったということを」
「そんなわけ……ありえな……」
「よぉ。何の話してるんだ?」
コツコツと鉄製の地面使いブーツが音を鳴らす。
父さんが、寄元遊生がラボに降り立つ。