138話 分離液
「そういえばあのサタン、罪がどうこうとか言ってなかったっけ? いやそれも特に関係はないか」
ボクが頭を悩ましている中。椎葉さんがポツンと呟く。それを聞いた途端美咲さんが何かを察して徐にパソコンを取り出し目にも留まらぬ速さでタイピングする。
「いやまさか……そうだとすると……」
無意識なのだろうが彼女はニヤけた面でぶつぶつと断続的に言葉を紡ぐ。
昔からの癖だ。好奇心や探究心が満たされるとよくこうなる。
「何か分かったの?」
「涼風君が昔家族を殺されたと言っていただろう?」
「そうだね。でもその真相は塔子が知ってる可能性が高いっていう結論で……」
「恐らく殺したのは寧々君で間違いない」
突きつけられる衝撃的な事実。不謹慎な彼女の笑顔に襲ってくる静寂。
思考がしばらく停止して動かなくなる。
「お前の早とちりなんじゃないのか?」
だが風斗さんは冷静に物事を突き詰めてくれる。信じさせたいのなら証拠を出せと。
「明確な証拠はないが、何故か偶然殺害の日寧々君は学校を唯一その日だけ休んでいる。
そしてその殺害事件の犯人とされる人物は獄中で自殺している。恐らく身代わりに借金まみれの人間でも使ったんだろう。よくある手口だ」
彼女は持ち前の頭脳でこの短時間の間に仮説を立ててスラスラとアウトプットする。
「殺し屋を使ったのならここまでする必要はない。あそこほどの所が雇うプロなら容易に逃げられる。
わざわざ身代わりを立てる必要があるほど拙い殺しをする人物で、会社ぐるみで庇う人物……偶然その日だけ学校を休んだ社長令嬢そして今回の件!!」
段々と声に抑揚がついてきて、彼女は興奮を抑えられないといった様子だ。
「点と点が繋がった!! つまり彼女は人を殺してたんだ!!
そういうことだったのかあはっはっはっ!!」
「おいっ!! ちょっとは生人の気持ちも考えろ!!」
信じられない事実を知り動揺が隠せないボクを見兼ねて、配慮なく高らかに笑う彼女を胸倉を掴み上げて止める。
「いやぁすまない。悪気はなかったんだ」
言葉ではそう述べるものの反省してる様子はない。子供っぽい自己中心的な振る舞いだ。
「お詫びとして寧々君を助ける術を提供したいんだが……この手をとがしてもらえるかな?」
風斗さんは不満ながらも、峰山さんの命がかかっていることもあり乱暴に壁に叩きつける。
「元々例の巨悪相手用にサタンと人間成分の分離液を作ってあったんだ。これを使うといい」
「そんなものあるんですか!? やった!! それなら峰山さんを……」
「ただし……!! それを使っても元に戻る保証はないよ」
その液体が入った瓶を予備含めて数本渡してくれる。恐らくこれを奴にかければいいのだろうが、彼女が告げた忠告に懸念が浮かぶ。
「それはあくまでも分離を促進、言い換えれば補助するものだ。本人にその意思がなければただのジュース未満の価値の液体だ」
「峰山さんが? そんなことありえませんよ」
「君はどうだった? 過去にやってきた罪を思い出した時、君はどんな気持ちだった?」
ボクが寄生虫であることを思い出した時。あの時ボクは少しの間生きる活力を失っていた。
もしかしたら今の彼女も同じ状態なのかもしれない。
「もしそうだとしても、彼女がボクにそうしてくれたように救うだけです」
「そうかい……サタンの居場所はそっちで掴めるだろう。その液体で彼女を救ってあげるといいさ」
「美咲……この件が終わったらお前には然るべき報いを、田所先輩を殺したことの罰は受けてもらうからな」
風斗さんは捨て台詞を吐き捨てここから出て行く。ボクも椎葉さんも一緒に退出し、峰山さんを助けるべく三人で歩を進める。
彼女が人殺しをしてようがしていまいがやることは一つ。
彼女の命と心を救う。そしてもし殺しをしていたしてたらその罪を償わせる。逃げさせたりなんかしない。
それが彼女がボクに教えてくれたことだから。
その目標を達成するために立ち塞がるのが彼女自身だとしてもボクは迷わない。ボクは彼女のあの時の言葉を信じる。
信じて戦うんだ。