126話 逆写真詐欺
「それじゃあ情報を整理しよう」
席に着くなり涼風さんが出された水を飲み干してから口を開く。
「それよりまず先に注文しない? 一仕事したらお腹空いてきちゃった」
「ま、待ってくれ! 私は食べれないんだぞ!? そんな私を差し置いて美味しいメニューを頼む気なのかい!?」
「動けなくなったのは自分自身のせいでしょ! えーと、じゃあボクはカツサンドとアイスココアにしよっかな! 涼風さんは何にする?」
涼風さんはボクや美咲さんの反応を見て少し引いた感じで苦笑いを浮かべる。
「どうしたの?」
「いや……なんだか緊張感がなくてびっくりしたというか……それより先程まで君を殺そうとしていた私の前でそんなガッツリ食べれるのか?」
「え? だってその話はもう終わったことでしょ?」
今まで凄惨で衝撃的なことを短期間で体験してきたせいで感覚が狂っているのか、あれくらいのことではもう動揺が残ったり食欲が減衰したりしなくなってきている。
「まぁ食わなければ戦うこともできないからな。私はピザトーストとソフトクリームが乗っかったパンケーキにしよう」
店員さんを呼んで商品が運ばれてくる。逆写真詐欺と言われるほど商品が大きく、カツサンドはボクの手より大きく、アイスココアは両手で持ち上げないと飲めない。
「君の体のサイズでその量を食べるのか?」
「大丈夫! ボクいっぱい食べる方だから」
「二人とも待て! せめて食べるなら私にも何か買ってきてくれ! その店テイクアウトか何かあったろう!?」
「分かったよ。パンケーキ持って帰るからそれでいい?」
しばらくガヤガヤしてしまったが、ある程度ご飯を食べ進めてから話題を情報整理に戻す。
「それでまず私についてだが、ここ十年ほど峰山グループについて悪事を暴くべく情報を集めてるんだ」
「十年も!? というより、失礼かもだけど涼風さんの年齢って……」
「二十二だ。十二の頃に家族をあいつらに殺されてな……」
雰囲気が一気に暗くなり、飲んでいたアイスココアの味に苦味が混じる。
辛いだろうにそれでも目的のため言葉を続ける。
「私の父親は峰山グループと仲が悪い企業の社長で、早くに死んでしまった母親の代わりに私と妹のために頑張ってくれていたんだ。
なのにある日家に誰かが押し入ってきて、その日私は妹と隠れんぼをしていたから助かったが、妹は殺されてしまった。クローゼットに隠れていた私の前で……」
彼女の手が震え、持っていたピザトーストがグチャリと潰れる。それを怒りをぶつける対象のように扱い、口に放り込んで強く噛み潰す。
「まぁ企業間のそういうことはよくある話だな。欲に塗れた人間がしょっちゅうやっている」
美咲さんが事実なのだろうが心無い一言を投げつける。だが涼風さんは全く気にしていない。
「あぁそうだ。世界は理不尽だ。だから私はそれに対抗しなければならない。警察に言おうにももうあそこは懐柔されている」
美咲さんに見せてもらったあのメール。それには水希さんが警察の上層部相手に賄賂を渡している旨のものもあった。
正義を志す者として本当に恥ずかしい。
「だからこそ証拠を自分の手で掴んで揉み消せないほど情報をばら撒くしかない」
「どうする生人君? 君がやるというのなら私は全力でサポートするが……」
「もちろん涼風さんに協力するよ。そんな人の命を何とも思わない人を野放しになんかできない」
ボクはヒーローだ。ダンジョンやサタン関連以外でも人の命が危険に晒されるのなら助けない理由はない。
「ところでなんだけど、一人峰山の人間でこっちに味方してくれそうな人がいるんだけど……」
「ん? 寝返りか? 誰だ?」
ボクがその人の名前を口にしようとするが、その時このお店に二人のお客さんが入ってくる。
「いやーそれにしても寧々ちゃん災難だったね。生人くんにフラれるとは」
「フラれてはいません! ただちょっと、彼に急用ができただけで……」
「実は新しい女ができちゃったとか。なんちゃ……え?」
こちらの席に近づいてきて、岩永さんと目が合う。峰山さんもボクに気づき、驚き具合は岩永さんの倍以上だ。
「え……あ……何で? 今日は急用だって」
峰山さんの顔が青ざめていき、瞳には薄っすらと涙を浮かべる。
「えっ!? いやあのこれは違くて……」
「生人くん。流石にこれは酷いよ。寧々ちゃんとのデートドタキャンして年上の女性とデートだなんて」
「いや本当に違うんだって!」
ボクが何を言おうと、正直説得力は皆無だ。しかしこの状況を涼風さんが打ち壊してくれる。ありえない方法で。
「表に出ろ」
彼女は峰山さんの首元を掴み上げて外に摘み出してそのまま消えていく。
「えっ!? ちょっと待ってよ!!」
ボクはインカムを回収してからお代を払い、岩永さんを置き去りにして店の外に出て二人を追いかけるのだった。