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12話 救われなかった者

 峰山さんが僕の部屋から出て風斗さんと田所さんと鉢合わせになり、あたふたとしながら必死に説明をしたあの日から三週間程経ち、明日からゴールデンウィークだということでクラスのみんなは気持ちが浮いていた。

 その三週間で僕はクラスのみんなと仲良くなるのはもちろん、DOでもある程度信頼を積むことができた。

 峰山さんも創意工夫して配信を行なっており、最近徐々に人気が出始めている。


「ねぇねぇ生人くん!」


 授業が全部終わり、みんな明日からどうするかなどを話し騒がしくなる教室で帰る準備をしていると、クラスメイトの岩永黒味(いわなが くろみ)というギャルっぽい子に話しかけられる。


「どうかしたの岩永さん」

「ちょっーと君に頼みたいことがあってぇ……」


 彼女は申し訳なさそうにしながら鞄から一枚のサイン色紙を取り出して、それをこちらに差し出す。


「実はウチの弟が君の大ファンなの! だからサインくれないかなーって」

「へぇーそうなんだ。僕のファンか……直接面向かってそういうこと言われるのは初めてだからちょっと恥ずかしいな……でも嬉しいよ! 喜んで書かせてもらうね!」


 僕は色紙を受け取り、そこに僕の決め台詞である"ヒーローの出番だ!!"という言葉を達筆に、プロ野球選手がボールにやるサインのように書く。


「やったありがとう! これからも配信頑張ってね!」


 手渡した僕のサイン入りの色紙を受け取ると彼女はそれを大事そうに鞄にしまう。

 それから弟さんの話をしたり、彼女自身も最近僕の配信を見始めたことなど世間話をし始めた所で、視界の端で峰山さんが席を立ちこちらに近づいてくる。


「生人さん。世間話をしている最中に申し訳ないのですが、今日は風斗さんと一緒にダンジョンに潜る予定だったのでは? 時間を守らないとあの人結構うるさいですよ」


 時計を見ると五時半手前くらいで、六時には来いと言われていたので、準備の時間も考えてそろそろ向かわなければいけない時間だ。

 

 いけないいけない。ヒーローが仕事の時間すら守れないなんて笑い者だよ。


「あはは。ごめんね生人くん。ウチが長いこと引き止めちゃったみたいだね」

「いいよ気にしないで。僕がよく時間を見なかったのが悪いし」

「ちょっと気になったんだけど、寧々ちゃんって生人くんの奥さんみたいだよね」

「え……は……? わたくしが何ですって?」


 唐突に言われた爆弾発言に僕は固まり、峰山さんは首を傾げ頭の上に疑問符を浮かべる。


「だって寧々ちゃん学校だといっつも生人くんにベッタリじゃん。それによく食事のバランスがどうとか、スケジュールがどうとか説教してるし。

 正直ウチから見たら旦那と楽しそうにしてる奥さんにしか見えなかったよ?」


 岩永さんが言葉を進めるにつれて峰山さんは顔を徐々に赤く染め上げていく。


「わたくしと生人さんはそういう関係じゃありません! あくまで仕事の仲で、それで色々と話す必要があって、いざと言う時に体調不良になったら困りますしそういう理由もあって……」


 やがて空気を入れすぎた風船が弾けるように早口で話し始める。


「それじゃあ僕は帰るね。じゃあGW明けまた学校で」

「んー、バイバイ~」


 僕はまだ何か話している峰山さんをその場に残して席を立つ。


「それは生人さんには感謝している部分もありますけど、それと恋愛感情は別で……」

「あれ? 寧々ちゃんって基本的に人のこと名字で呼ぶよね? 生人くんだけ下の名前? 自分と被る予定だから?」


 僕はニヤつく楽しそうな岩永さんから視線を切って、教室を出ようとする。


「揚げ足取らないでください岩永さん!」

「ごめんごめんそんな怒らないでよ。ちょっと話変わるけど一つお願いがあって、ウチの妹が寧々ちゃんの……」


 ワイワイ騒ぐ二人の声を背中で浴びながら僕は教室を出てDOの本部に向かう。

 本部に入ると、家で言うリビングルーム。ここで言うなら待機室と呼ばれる場所にもう既に風斗さんがいた。


「おつかれさま!」

「あぁ」


 僕の挨拶に風斗さんは素っ気なく返事をする。少し寂しさを覚えながら僕は自分の部屋に荷物を置き、着替えなど準備を済まして部屋から出る。


「おい生人。お前に客人だ」


 部屋から出てすぐ、風斗さんが大きな声で僕を呼んだ。視線を向けた先には数枚の資料と思われる紙を持った美咲さんがいた。


「美咲さん!」

「やぁ。最近頑張ってるみたいだね。それはそうと……君と真太郎君に見てもらいたいものがあるんだ」


 そう言って美咲さんは僕達二人にそれぞれ紙の束を渡す。そこには僕と峰山さんの証言から作られたと思われるエックスの似顔絵と、その下にはズラッと文字が並んでいる。

 

「エックスの正体だが、大まかにだが予想がついた。奴に類似するスーツカードのデータがあった。それは数年前に没になったものだ」


 ランストの適性検査の際、スーツカードを決める時にいくつか候補が提示される。それらから一つ選んでそのカードを作って貰えるのだ。


「そして生人君と寧々君から聞いた話から推測するに、あまり言いたくはないが……DOか研究所のメンバーの中に裏切り者がいるのは確定だろう。

 裏切り者、つまり協力者なしでデータを盗み、更にランストをあそこまで使いこなせるとは思えない」


 やっぱり誰かが裏切って悪事に加担していたんだ……

 

 僕はDOに入る際に、僕の理想とは違う部分や考え方も存在していることは覚悟してきた。だがしかしこんなにもいきなりに、衝撃的な事に出会うとは思ってもいなかった。


「つまり俺みたいにその時明確なアリバイがない人間は全員疑った方が良いということだな」


 心が大きく揺らいでいる僕に対して、風斗さんはいつもと何も変わらず冷静沈着な様子だ。


「風斗さん……別にそんな言い方しなくても」

「生人。DOは人の命と直接関わっている"仕事"だ。私情や余計な考えを持ち込むな。

 仲が良いから、良い人そうだから違うと決めつけていると合理的な判断ができなくなるぞ」


 彼は僕を軽く睨みつけ、普段より数段口調を強くして注意してくる。その言葉は正論そのもので反論などできない。


「それは分かってる……けど、できる限り人を信じてみることも僕は大切だと思うよ」

「……そうか。じゃあ好きにしろ。その考えが生み出した事はしっかり自分で何とかしろよ」


 風斗さんは興味がなくなったかのように僕を視界の外に出して違う方を見つめる。


「私はこれで失礼させてもらうよ。君達もエックスには気をつけてくれ」

「あぁそうさせてもらう。美咲さんも何かあったら連絡してくれ」

「またね美咲さん!」


 美咲さんがここを出てった後、僕と風斗さんは早速ダンジョンへ潜る準備をする。


「配信画面はどうします?」

「いつもみたいに好きにしろ。俺は関与しないし、お前の好きなようにやってくれて構わない」


 彼は相変わらず無愛想で、こちらにあまり関与してこない。

 確かに過干渉されて邪魔されるのよりかは遥かにマシだが、それでもこういう態度は正直少し寂しい。

 という感想を本人の前では言えないので、胸の奥にしまい込み僕も黙って淡々と配信の準備をする。



☆☆☆



「今日の配信も何事もなくバッチリできてよかったぁ~」


 普段通り視聴者の期待に応えて配信を終えることができ、僕達は元いたDOの待機室まで戻ってくる。


「まだ仕事は終わってないぞ。気を抜くな。集めたカードを出すんだ」

「了解!」


 僕は言われた通り、今さっき入手したカードを全て取り出してズラッと机に並べて、そこからこれからも必要となるものとそうでないものを分ける。


「やっぱり人手が増えると効率が上がるな」


 風斗さんもカードを仕分け僕のとまとめる。


「何だかんだいってお前は一定以上の成果は出しているし、配信で注目を集める技術においては間違いなく類を見ない才能を持っている。

 そこら辺は認めている。これからも精進しろ」


 彼は若干説教くさく語りながらカードの束を持ち上げて運ぼうとする。その際にポケットから何かが床に落ちる。

 茶色いその物体は折りたたみ式の財布だった。風斗さんはまだ自分がそれを落としたことに気づいていない。


「風斗さん? これ落としまし……」


 僕がそれを拾って渡そうとした時わざとではないが、財布が開いて中に入っていたとある写真が僕の目に入る。

 僕と同い年位の女の子の写真だった。入学式と書かれた看板がある校門で撮られた写真だ。


「……すまない」


 彼は一旦カードの束を机に置き、僕から財布を受け取る。


「妹……?」

「そうだ」

「あれ? でも随分年齢が離れてませんか? 今風斗さんって二十代後半くらい……だよね?」


 写真の女の子は推測するに十五か十六。それに対して風斗さんは十歳以上年齢が離れている。


「はぁ……あまりプライベートの事は話したくないが、お前が気になって仕事に身が入らなくなるのも問題だ。特別に話してやる」


 目を逸らし一度吐いた重い溜息から、これから陰鬱な話が始まるのだろうということは予想できてしまう。


「災厄の日は分かるよな?」

「えぇもちろん。十年前のダンジョンが大量に出現した事件だね。忘れもしないよ」


 忘れるわけがない。あの日僕はヒーローに助けてもらって、生きる道を示してもらったのだから。


「その日に俺の妹は死んだんだ。サタンに殺されたんだ……俺の目の前で」

 

 今話されたほんの少しの情報だけで、僕は当時どのような状況だったか鮮明に想像できてしまった。あの日、僕も同じようにサタンに襲われ命を失いそうになったから。


 そして妹さんの元には僕のようにヒーローが現れることはなかった。颯爽と現れて助けてくれる人はいなかったのだ。

 僕もあの時あの人がいなかったらと想像してしまい、背筋に冷たいものが走る。


「だからこの写真は形見ってところだな。それだけだ」


 これだけ話すと、これ以上この件には関わってほしくないと意思表示するかのように素早く財布をしまい、カードを届けるべくここから出ようとする。

 しかしその瞬間この部屋一体が、天井に付けられた非常用の赤いランプに照らされ、同時にサイレン音が鳴り響く。


「新ダンジョンが出現しました。新ダンジョンが出現しました」


 部屋に設置されているスピーカーから、これから僕達がDOにとって一番重要な仕事をしなければいけないということを暗示した音声が流れるのであった。

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