121話 アジフライ
「はいアジフライ定食ね」
始業式の後、峰山さんに仕事が終わった後の夜に部屋に来てとだけ言われ、ボクは落ち込んだ気持ちを慰めるために近くの寂れた商店街の喫茶店に寄っている。
高校に入ってからちょくちょく来ているお店で、お婆さんが亡くなった旦那さんのお店を経営しているらしい。
店員はお婆さん一人だけで客足もあまりなく今もボクだけだが、店内の雰囲気は中々趣があり味も他の店舗にはない良さがある。
「ありがとうございます! いただきます!」
サクサクの衣に包まれソースが染み込んだ魚身。盛り合わせのキャベツもシャキシャキで新鮮で美味しい。
「いつも美味しそうに食べてくれてこっちも作り甲斐がありますよ。まぁでも……作ってあげられる回数ももう少ししかないかもね」
「腰の調子でも悪いんですか?」
暗い顔をするお婆さんの様子が気になり、前々から痛いと言っていた腰が悪化してしまったのかと心配してしまう。
「いや……それもあるんだけどね、ちょっと最近立ち退きがうるさくてね」
「立ち退き?」
「ある会社からの立ち退きの催促がしつこくてね。子供じみた嫌がらせもあって体力的に辛くてね」
「何その話。そんなの酷いじゃん!」
現代社会の授業でバブル期にそのようなことがあったと聞いたことはあるが、今もやっているなんてビックリだ。
「まぁこれも時代の流れかねぇ……ここら辺もシャッターを降ろしているお店も増えたし、工事して何か新しい施設でも作るのかねぇ……」
どうにもならない時代の流れ。でもボクはそのことに納得できず、かといって何か解決策が浮かぶわけでもない。
「失礼。まだお店はやっているか?」
どうにかできないかと頭を悩ませている中、珍しくお客さんが入ってくる。
茶髪の長い髪の大学生くらいに見える女性で、綺麗な顔立ちをしている。
「えぇやっていますよ。いつものアジフライ定食でいいかい?」
「あぁそれで頼む」
お婆さんが料理を作り始め、女性はボクのすぐ隣の席に座る。
花のような香水の匂いがこちらまで漂ってくる。それほどまでに近くに居る。
「君もこのお店の常連なのかい? 寄元生人君?」
「ボクのことを知ってるんですか?」
「君は有名人だからね。いつも配信見てるよ」
配信活動も始めて一年以上になる。今回のように街中を歩いていれば話しかけられることもしばしばある。
アジフライ定食が運ばれてきて、彼女の食べっぷりは凄く食べ終わったのはボクと同じ頃だ。
「一つ私の忠告を聞いてくれるかな?」
「忠告? 何ですか?」
彼女が財布を取り出し会計のために立つ直前。こっそりとボクの耳元に口を近づける。
「峰山には気をつけろ」
「はい? どういうことですか?」
しかしその忠告とやらは理解が及ばないものだった。唐突にボクの恋人の名前を出され、気をつけろと言ってきた。
彼女は説教する時こそ怖いがいつも優しくてボクの大好きで自慢の彼女だ。警戒することなどなにもない。
「君みたいな良い子にはこれ以上犠牲になってほしくないからね。じゃあまたどこかで」
それ以上は何も情報を手渡してくれず、彼女は喫茶店を出て行ってしまう。
それから夜まで適当に時間を潰し、事前に言われた通り峰山さんの部屋まで向かう。
「あのですね生人さん。女性だけの遊びに誘われた時は絶対に断ってください! 何されるか分かったもんじゃないですから!」
そして何回目かの説教が始まる。ボクのために言ってくれているのは分かるのだが、それでも鬼のような形相のためどうしても萎縮してしまう。
「前にも言いましたが、生人さんみたいな小さな子はそういう趣味の人に狙われてやすいんです!」
「そういう趣味って……峰山さんみたいな人のこと?」
「っ……!!」
何も考えずにふと口から漏れ出た言葉が峰山さんの中の何かを切る。
彼女は説教をやめてボクのことを持ち上げベッドに放り投げる。
うぅ……また怒らせちゃったのかな。このパターンは……気持ち良いけど疲れるしこの時の峰山さん本当に怖いんだよな……
ボクの震えや意思など無視して、彼女はボクの上に馬乗りになり次にボクの両手を片手で掴み締め上げる。
「今回も遅くまで付き合ってくださいね。これはお仕置きですから」
妖艶な顔つきで、ボクは為すがまま彼女に襲われるのだった。