112話 ホワイトデー
「ど、どうかな生人君?」
ホワイトデーの前日。ボクは学校終わりに日向先輩の家まで向かい一緒に椎葉さんへのプレゼントを作っていた。
「すごい! この前椎葉さんが好きだって言ってたお店の味にそっくりだよ!」
作ると決めたのはマカロン。市販のものを改造するようにトッピングやクリームの部分を入れ替えより椎葉さん好みのものへと変える。
「あとは呼び出すだけだね。でも人がいない方がいいよね?」
「うんできれば。頼める?」
「任せといてよ!」
ボクは早速椎葉さんにメールで連絡する。彼女を呼び出すのは容易ですぐに三人だけになれる状況を作り出せる。
「できたよ! じゃあ後はお菓子を完成させるだけだね! 頑張ろう!」
「今になって言うのもなんだけど、どうして君は私にここまで親身にしてくれるの? 君に得なんてないでしょうに」
先輩は別に疑っているわけではないが、ボクの優しさの理由が分からず困惑しているといった様子だ。
「ボクはヒーローだからね。困っている人がいるならひたすらに手を伸ばして助けないと」
「ヒーロー……かっこいいね」
「えへへ。ありがとう」
話しながらも着実にお菓子を作っていき、今日中にお菓子を完成させる。
その日は達成感に浮かれて二人で夜遅くまで盛り上がり、帰ってからは異性の家に夜遅くまで長居するなと峰山さんに説教されるのだった。
☆☆☆
ホワイトデー当日。椎葉さんをボクの部屋に呼び出す。既に日向先輩が来ておりお菓子の包み紙を大事そうに抱きしめる。
そして先輩の額に緊張の汗が流れる中ついに椎葉さんが部屋に入ってくる。
「おっ? 葵ちゃんもいるんだ。やっぱり二人で何か計画してたな〜生人くんが葵ちゃんにホワイトデーのプレゼント作り手伝わせたのかな?」
事情を知らない彼女はこのプレゼントは女の子の、日向先輩からの贈り物だとする発想すら出てこない。
「あ、あのっ! これは生人君に手伝わせて私が作ったものです……」
「あっ、アタシへのプレゼント? ありがとー! これからもこのアタシ、アイの……」
「違うんです!!」
日向先輩は感情を爆発させ、受け入れられない。拒絶されるかもしれないと知りながらも勇気を振り絞る。
「私小さい頃から虐められてて、暗い性格で……でもあなたに救われたんです! 同い年なのにすごいキラキラしてて綺麗で……憧れでした」
先輩は自分の胸元で拳を強く握り、退きそうになる気持ちを堪え言葉を続ける。
「これは私から、そういう意味を含めた……プレゼントです。私、あなたのことが好きなんです」
「なるほど……そういうことね。そっかぁ……」
アイドル業界とDOという修羅場を潜り抜けていることもあり一瞬でその意図を理解する。
しかし流石の彼女でも動揺を隠せない。
「ごめんね。その気持ちには応えてあげられない。だって私は異性愛者だから。応えたら嘘つきになっちゃう」
分かってはいたが返ってきてのは残酷な答え。先輩はお菓子を作っている最中断られたとしても気持ちを伝えられるだけでいいと言っていた。
それでもこの答えは辛く耐え難いものだろう。
「だからアタシ達友達になりましょう?」
「えっ……?」
「アタシは友達として、勇気を出すあなたのことが好きだよ。
だからこれから一緒に遊んだり……遊園地やカフェに行ったり色々しましょ?」
しかし彼女の心は追加でかけられた言葉によって救われる。きっとこの言葉は椎葉さんの本心だ。本気の時に出す声のトーンだ。
「ありがとうございます……私も何だか吹っ切れました。それにあのアイと友達になれるなんて……それだけでも嬉しいです!」
薄い涙混じりだったが、先輩は重い何かが抜け落ちたようで肩を軽そうにする。
「じゃあここは親睦を深めるためにトランプでもしましょうか!」
椎葉さんは唐突にマジックでも使うトランプを取り出す。
「トランプ? いいよ! ボクはババ抜きでも大富豪でも七並べでも強いよ?」
「わっ、私は……そういうのルールよく知らなくて」
「大丈夫! これから覚えていけばいいよ! だから今をとにかく楽しみましょ!」
それからは不安や緊張なんてものはなく、三人親友のように騒いでトランプを楽しんだ。
ボクは今まで一番長く本気の日向先輩の笑顔を見れたかもしれない。
「生人君……ありがとう。アイ……いや、愛ちゃん。これからよろしくね」
ボクは二人が仲良くなってくれたことが嬉しく、解散した後もその嬉しさと今日の楽しさを思い出の一つとして心の本棚に入れる。
日向先輩もきっと浮かれているだろう。それを確認したいというわけではないが、ボクは日向先輩に、一人の友人に電話をかける。
しかしその日日向先輩は電話に出なかった。それどころか翌日から一切の連絡がつかなくなり、心配になり彼女のクラスメイトに聞き回った結果ホワイトデーの日の夜から行方不明になっていることを聞かされるのだった。