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108話 日向ぼっこ

「生人君いる?」


 バレンタインから三日経った日曜日。ダンジョン攻略が終わり待機室でキュリアの目撃情報でもないかと探していたら入口の方から日向先輩の声が聞こえてくる。


「日向先輩? どうしてここに?」

「ちょっと君と寧々さんに用事があってね。寧々さんはいないか……まぁ生人君に伝えてもらえばいいか」


 彼女は鞄から一つの包みを出しながらボクが座っていたソファーの隣に座ってくる。

 男友達と接するような距離感で座るのでお互いの服が触れ合う。


「あの……ちょっと距離が近くないですか?」

「そう? ごめん。異性の友達との距離感なんてよく分からなくて」


 先輩はお尻を引きずって数十センチほど横へずれる。そして取り出した包みをこちらへ手渡す。


「これは……お菓子?」


 包装の種類や重さから判断し恐らく飲食物なのだろうということは分かったが、袋の中身の箱は紙に包まれているので中身までは分からない。


「またお菓子作ってみたの。好きな人へ渡す前にまた君の意見が聞きたくて」


 この前の説教もあって少々食べるのを躊躇してしまうが、別に今日はバレンタインでもなんでもない。ただお菓子を貰って食べるくらい大丈夫だろう。

 

「お腹も空いてるし早速食べるね」


 ボクはその箱を包んでいる紙を解く。中に入っていたのはクッキーで、バニラとチョコの味がミックスされているタイプだ。


「おやおや〜? これは浮気現場ってやつかな?」


 お菓子に手を出そうとしたがそれは背後から聞こえた声によって制止させられる。


「椎葉さん! 用事があるんじゃなかったんでしたっけ?」

「ちょっと早く終わってね。それより誰この可愛い子? 寧々ちゃんと付き合っていながら浮気か〜? お姉さんチクっちゃうぞ?」


 嫌な人にこの場を見られてしまった。弁解すればいいのだがしたところでこの人なら確実にからかってくるだろう。


「えっ、もしかして……アイ?」


 なんと返答したらからかわれずに済むだろうと考えを模索する中、日向先輩がポカンと口を開き小さく呟く。


「あれ? もしかしてアタシのファンだったりするの? サインくらいなら書くけど」

「えっ!? い、いやそんなの恐れ多いというか……でもサインは欲しくて……あの……その……」


 先輩は言葉を紡ぐたび顔を段々と赤くし、今までのクールな話し方からは想像できないくらいあたふたしている。


「えーと、結局サインは書いた方がいいのかな?」

「は、はい! よろしくお願いします!」

「そんな畏まらなくたっていいよ。ちょっと用意してくるから待っててね」


 椎葉さんは自室に戻り数分して戻ってくる。

 アイドルの衣装に身を包み頭にはあのピンク色のウィッグを被っている。


「みんなのアイドル! アイの登場! でも今日は君だけのアイドルだよ! はいこれサインね!」


 椎葉さんはサインが書かれた色紙を日向先輩に丁寧に渡す。先輩はそれを手を震わせながら受け取る。


「あ、ありがとうございます! 私本当にあなたの大ファンで……とっても嬉しいです!」

「いつも応援ありがとね。それじゃアタシはやることがあるからまたね。これからもよろしくね!」


 椎葉さんはこちらに手を振りながら自室に帰っていく。相変わらず視線の動かし方や声の抑揚の付け方がプロだ。

 

「はぁ……はぁ……アイのサイン……私だけの……うへへ」


 感心するボクの傍で日向先輩がサインの色紙を抱きしめ呼吸を荒くする。


「日向先輩? どうかしたんですか? 呼吸が荒く……」

「はっ!? い、いやなんでもない……よぉ?」


 明らかになんでもある。声が上擦ってるし額に汗もかいている。


「ねぇ、生人君ってアイと仲が良いの?」

「うん! 大切な仲間だよ!」

「そっか……羨ましいな。ちょっと場所変えてもいいかな?」


 先輩は空でも見るかのように遠くを見つめる。瞳が虚気味になっており、何か悩みを抱いている感じだ。

 ボクはこれから用事はない。たとえあったとしても答えは決まっている。


「もちろん! 悩みがあるなら何でも聞かせてよ!」


 ボクは彼女に連れられ近くの山を少し登ったところまで連れていかれる。


「ここ。この岩の上で街を見下ろせて夕日も見えるから綺麗だよ」


 ボクは先輩の隣に座らせられる。

 街並みが夕日によってオレンジ色のフィルターがかかっている。まるで絵画から飛び出してきたようなその景色についうっとりしてしまう。


「ムードもそこそこにして早速本題に入りたいけど、生人君は今から言うことを絶対に誰にも言わないって約束できる?」

「いいよ。約束する。何でも相談して」


 きっと彼女が今から話す内容は彼女の心の繊細な部分に触れるものなのだろう。

 自然と心に緊張という身構えが生まれ、それでも彼女の精神的な不安をほんの少しでも解消してあげようと意気込む。


「実は私、性同一性障害なの」

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