100話 さようなら(峰山視点)
生人さんがその場に崩れ落ちてしまう。
「そうさ。私が君を助けたヒーローさ。この姿は実験に使った試作用でね。
いやーあの時は焦ったよ。何だって大事な被検体の君が自殺しようとするんだから」
心の拠り所にしていたものが、ヒーローが嘘偽りで塗り固められたものだった。
表情から手に取るように分かる。生人さんの心理的ダメージが計り知れないことが。
「じゃあ僕は……何で……生きて……?」
「君はずぅーっと私の手のひらの上で生きてきた。君自身の意思なんて、ヒーローなんてどこにもなかったんだよ!」
奴はランストを取り外し変身解除して今度はあの楕円形のランストに取り替える。
「折れたか……大丈夫。君は死ぬことはない。ただ今まで通り私の側で生きてくれるだけでいいからね」
人間として言ってはいけない倫理観を疑う発言。だがそこには嘘偽りのない真実の愛が確かにある。
だがしかしそれは醜く歪んでいるものだ。
「さぁここからは処刑の時間だ。寧々君。君はここで退場してもらうよ」
[open……キュリシティ レベル35]
背後に地球を催した球体が出現しそれに奴は吸い込まれていき、そこから田所さんを葬った形態で飛び出してくる。
「くっ……変身!!」
生人さんはとてもじゃないが動ける心理状態ではない。ならわたくしが戦うしかない。ここで彼を守れるのは自分だけなのだから。
[エンジェル レベル1 ready……アーマーカード デビルマンティス レベル20 start up……]
わたくしは真っ先に奴に飛びかかり鎌で切りかかる。時間をかけたとしてもこちらが劣勢になってしまうのは目に見えている。
捨て身で一気に決めきる以外勝機はない。
「捨て身か……想定済みだな」
奴は容易に鎌を手で受け止め、痛がる様子も全くない。
わたくしは蹴りを放ちながら後退してから翼を展開して空中から攻める作戦に転換させる。愛用の弓で奴の頭部を撃ち抜こうとする。
「ならこっちもこれを使ってあげようじゃないか」
奴が取り出したのはあろうことか田所さんのあの銃だ。不意を突かれたこともあり躱すのが間に合わず光弾が翼を貫通してしまう。
[必殺 マンティススペースシフト]
わたくしは落下しながらもこのアーマーの能力で創り出したワープゲートに飛び込む。
奴の周りに大量のゲートを発生させ、その間を高速で移動しながら奴の体を切り裂いていく。
[スキルカード 無敵!!]
しかし突如として奴の体が虹色に光出した途端奴が衝撃による硬直が一切なくなる。それに加えて手応えが全て消失する。
「掴んだぁ!!」
そしてわたくしは首根っこを掴まれてしまい上空へと放り投げられる。
[必殺 デスパイアエンド]
奴の両腕の試験管から放たれた氷柱がわたくしの左肩と右太ももを貫く。そしてとんでもない力で地面に叩きつける。
その反動で少し浮き上がったところで氷柱が縮む勢いを利用してこちらに迫ってきて鳩尾に蹴りを放つ。
「ガハッ……!!」
わたくしは後方に飛ばされながらこの一撃によって変身が解かれてしまう。
そう、地面に転がる前に変身が解けてズタボロになってしまったのだ。
「ぐえっ! あがっ!」
わたくしは汚い声を出しながら醜く地面を転がる。そして大木に激突してしまう。
あれ……何だが胸が温かい……
全身から力が抜けて視線が自然と下の方へ向く。
木の枝だ。私の左胸から尖った木の枝が飛び出ている。
この位置って……心臓……? これってもしかしてわたくしは……死ぬ?
明確に、突然に眼前に現れた死の恐怖。だがそれを前にしても鼓動が早くなることはない。もはや心臓はその機能を停止しているのだから。
「その傷じゃ私が手を下す必要もないね。じゃあ後は真太郎君と愛君だけか」
美咲さんはこちらへの一切の興味を失い立ち去っていく。もうその姿さえぼやけて見え始めている。
「峰山さん!!」
生人さんがこちらに駆け寄ってくる。何とか歩けるくらいには回復したのだろう。
だがそれでも彼はこのままでは心が壊れたままで健やかな人生は歩めないだろう。
わたくしはもう助からない……でもせめて生人さんだけは……
胸が苦しく締め付けられそうな想いだが、それでも彼のことを想い痛む体に鞭を打ち話し始める。
「生人……さん。聞いてください。
あなたにとってのヒーローがいなくても、全てが嘘偽りの……虚構だったとしても。あなたはわたくしのヒーローでした。それだけは……変わりません」
「待って……待ってよ。僕を置いていかないでよ!!」
彼は瞳に多量の涙を溜めそれらをこぼれ落ちさせる。
「泣かないで……ください」
最後の力を振り絞り、わたくしは彼の涙を拭き取る。彼にとってのヒーローになる。
「あなたは……生きてください。わたくしの希望として……それが最後の……お願いです」
伝えられる限りの全てを、言うべきことを全て吐き出そうとするが時間はそれを許してくれない。
吐血が言葉に混じりだし呂律が狂い出す。
「生人さん……わたくしはあなたのことが……す……」
そこで限界が来てしまいもう喋れなくなる。想いを伝えられなくなる。
「え……何? 峰山さん? 峰山さん!?」
あはは……最後の最後で、伝えたいことを、生人さんへのこの恋心を伝えられなかった。嫌だな……最後くらい、これくらい許してよ。
視界も聴覚もなくなっていき、やがては肌も何も感じられなくなる。
全部伝えられなかった。悔しい……それに寂しいよぉ……
死と別れの寒さにあてられ、わたくしは彼との恋を絶たれそのまま命すらも失ってしまうのだった。