悪評払拭は胸がドキドキ苦しいです
「トーマス殿下とヘレナの婚約披露パーティ、ですか」
ミュリエルは半月ぶりにやってきた王宮の広間に立ち、小さく息をつく。
もともとシャンデリアが美しい豪華な部屋だけれど、更に花や装飾が追加されてこれでもかというくらいに華やかだ。
当然そこに招かれた人々の装いも、それに準じる。
つまり、絢爛豪華な舞踏会という言葉に負けないきらびやかな世界が広がっていた。
そこに招かれたミュリエルもまた、美しいドレスを身に纏っている。
瑠璃紺の生地に白と銀糸が映えるドレスは、さながら夜空に星が輝くよう。
胸元には母の形見のペンダント、そしてそれを彩るように銀糸で編まれたレースのチョーカー。
髪には青みがかった緑色の宝石をあしらった花飾り。
同じ花が手首を彩るブレスレットにもあしらわれていた。
決して派手ではないのに華やかで上品なこの装いは、すべてロイが見立てたものだ。
「妻を飾るのは夫の役目」と言っていたが、正直ミュリエルは何を着るのが正解かわからないのでお任せできてありがたい。
そのロイは瑠璃紺と白に銀糸が映える上着、そして胸元にはミュリエルと同じ宝石のついた花飾り。
更に袖にはミュリエルが浪費の一環で選んだカフリンクスが輝いている。
麗しい容姿を引き立てる装いは見事の一言だ。
それにしても、「夫婦はお揃いが基本」と言われたので納得していたが、こうして会場を見渡すとそれほどお揃いの人がいないのは気のせいだろうか。
慶事に招待されているので皆表情は明るいが、ミュリエルを見つけると何とも言えない曇り顔になっていく。
それを見たミュリエルもまた、眉間に皺が寄っていた。
「婚約破棄した上に引退した聖女なんて、縁起が悪いでしょうに」
何故ミュリエルが参加しなければいけないのかわからないが、王宮からの招待状を無視するわけにもいかない。
今のミュリエルは、カルヴァート公爵夫人だ。
いくら先が短いとはいえ、役割を放棄するのはよろしくないだろう。
だがしかし、やはり周囲の視線はあまり優しいものではない。
トーマスの主張を鵜呑みにすると、搾りかすの引退聖女な上に、新聖女にしてトーマスの新たな婚約者であるヘレナをいじめた極悪人だ。
どこまで真実が伝わっているのかわからないが、関わりたくないと思うのもわかる。
「俺やミュリエルを貶めて、自分達の正当性を誇示するのが目的だろう」
「搾りかすの私はともかく、ロイ様に貶める要素はないと思います!」
ロイの妻となって、はや半月。
死なせないという宣言の通り、ロイはありとあらゆる手を尽くしてミュリエルを生かそうとしてくれている。
健康に良いとされる食べ物、開運の植物、適度な運動、上質な音楽、美しい美術品や景色。
もはや至上の接待を受けている状態のミュリエルからすれば、ロイは『冷酷公爵』どころか『おもてなし公爵』である。
ありがたいやら、申し訳ないやら、不思議やら。
とにかく、褒め称える要素はあっても貶めるところなど見当たらなかった。
「ミュリエルは搾りかすなんかじゃない。聖女の役目をまっとうして引退しただけだ」
「……ロイ様は優しいですねえ」
こうしてフォローしてくれるし、それが上辺だけではなく本気なのだとわかるから困ってしまう。
嬉しくなって微笑むと、ロイはすっと視線を逸らす。
この仕草もどうやら照れているらしいとわかってからは、ただ可愛らしいばかりだ。
「ミュリエルは俺が冷酷公爵と呼ばれているのを知っているか? あれはトーマス殿下が広めた噂だ」
「ロイ様はちっとも冷酷じゃないのでおかしいとは思っていましたが……でも、どうしてそんなことを」
「一言で言うと、目障りらしい。自分より秀でたもの、目立つものは排除して、自分中心でいたいんだろうさ」
何と馬鹿なと思う反面、トーマスならやりかねないと納得してしまう。
一応は王子だし容姿も悪くないのだから、他人なんて気にしなければいいのに。
自分が上に行くのではなく、相手を引きずり落そうとするあたり、どうにも救えない愚かさだ。
「ロイ様はそれを知っていて、どうして反論や訂正をなさらないのですか! ロイ様は優しいのに、酷いです!」
「独身の公爵を狙う女性や、若造を利用しようとする貴族を遠ざけられるからな」
なるほど。
そう考えれば確かに遠巻きにされるのは悪い事ばかりではない。
公爵という身分の高さから直接危害を加えられることもないのだろうし、都合がいいというわけか。
「それでも……ロイ様が悪く言われるのは嫌です。できれば誤解を解いて、優しい方だと知ってほしい」
すると、ロイは困ったように優しく微笑んだ。
「それなら、協力してくれるか?」
「もちろんです、頑張ります! 何をすればいいですか?」
「とりあえず、笑顔で俺のそばにいて」
「はいっ!」
なんと、それだけでいいのか。
冷酷というイメージが根付いているのなら、その妻になったミュリエルが笑っているだけでも効果があるのだろう。
当のミュリエルの評判はこの際置いておいて、とにかくロイの悪評が弱まってくれることを祈るばかりだ。
すると、ロイに手を引かれ、自然とその体を寄せる形になった。
そばにいろとは言われたが、それにしてもちょっと近いような。
「ミュリエル、今日のドレスもとても似合っているよ。夜空に輝く星のように、君の髪も美しい」
「へっ?」
突然の社交辞令開始に、思わず変な声が漏れる。
「こうして触れると光を紡いだ糸のようだ。本当に綺麗だよ」
「はっ!?」
ロイの手がミュリエルの頭を撫で、その髪を一筋すくい取る。
ただそれだけの仕草が妙に色っぽくて、周囲の女性達から歓声に似た声が漏れた。
「君を自慢したいと思うけれど、同時に誰の目にも触れないように閉じ込めてしまいたいとも思う」
「ええっ!?」
いよいよわけのわからない言葉が続き混乱していると、ロイは手にしていたミュリエルの髪にそっと唇を落とした。
「ひゃあっ!」
ミュリエルと同時に周囲の女性達も悲鳴を上げる。
慌てて髪をひったくるが、気にする様子もなくロイはただ微笑んでいる。
「こ、これはロイ様の悪評払拭に必要ですか……?」
「ああ。ミュリエルが俺に合わせてくれれば、さらに効果的だ」
「そうなのですね! 頑張ります!」
よくはわからないが、協力を求められれば応えたくなるのが人間だ。
ましてお世話になっているロイのためなのだから、ここは頑張るしかない。
「じゃあ、手を出して」
「はい!」
勢いよく手を天に向けて上げると、ロイが苦笑いしながらその手を下げさせる。
「挙手はしなくていいから……」
そのまま手を取ると、ロイは流れるようにミュリエルの甲にキスをした。
周囲がざわめく一方だが、ミュリエルは困惑する一方である。
「私はもう聖女ではないので、忠誠を誓ったり、祈りを捧げられてもあまり意味がないかと……」
唯一瘴気を消し去れる神聖な存在として、ミュリエルは手にキスをされることも多かった。
儀礼的なものなのでロイのように実際に唇が触れることはなかったけれど、それでも経験数としてはそれなりだと思う。
以前にロイが手にキスした際にはミュリエルを死なせないと言っていたので、あれは誓いの証だったのだろう。
今回はロイの悪評払拭の一環なわけだが、既に聖女を引退したミュリエル相手では大した効果がなさそうだ。
「そうか。手の甲にキスは今までにもされたことがあるんだな。じゃあ、これは?」
そう言うなり、ミュリエルの手を裏返してその手のひらに唇を落とす。
「初めてだと思いますけれど……」
「これは?」
今度は手を握ると、その手首に唇が落とされる。
未経験の感触にミュリエルの肩が震え、それをかき消すような誰かの悲鳴が耳に届く。
「な、何だか恥ずかしいのですが!?」
手にキスされただけのはずなのに、妙に胸がドキドキして少し苦しいし、顔が熱い。
「それは良かった」
「良かった!?」
ミュリエルが息苦しいのが良いということは、もしかして積極的に余命を縮めることにしたのだろうか。
放っておいても死ぬので、苦しいのはちょっと勘弁していただきたいのだが。
「効果は出ているということ」
よくわからなくて様子を窺うと、確かに周囲の人々の表情が今までの曇ったものではなくなっている。
特に女性達の顔は赤かったり青かったりと忙しなく変化しているが、全体として嫌悪ではなくもっと別の……謎の興奮のようなものが溢れていた。
「なるほど、確かに何かが変わりました。 ……もっと私もお手伝いしたいです!」
できることならロイのためにもう一肌脱ぎたいが、そばにいるだけでは頑張りようがない。
「じゃあ俺の真似をしてみるとか」
「真似」
「――冷酷公爵に搾りかすの引退聖女か。よく来たな」
懐かしくも不愉快な声に振り返り、ヘレナを連れて現れたトーマスを見つけた瞬間。
ミュリエルは左腕を後ろに引き、右手を押し出すように前に向け、同時に右足を水鳥のようにすっと優雅に持ち上げる。
速やかに迎撃態勢に入って「はーっ」という気合の声を上げるミュリエルに、トーマスは顔を引きつらせながら一歩後退った。
本日、もう1話更新予定です。
☆次話「真似をしたら甘々です」
「……ミュリエル。おまえ、人前で恥ずかしくないのか」
呆れるトーマス、頑張るミュリエル、甘々のロイ。
そこに突然アレが登場!?
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