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6/11

ふざけるな

 王都の中心部から外れた空き地に、夕暮れのオレンジ色の日が差し込む。

 もともとミュリエルの家があったそこには、今は建物の痕跡と草木が残るだけ。

 周囲に人影もなく、吹き抜ける風が葉を揺らす音だけが耳に届く。


 ミュリエルは瓦礫のそばにひざまずくと、手にしていたムスカリの花束を供える。

 青紫の葡萄を思わせる可愛らしい花は、家の周囲を彩っていた思い出の花だ。


 今はこの空き地に一つも残らぬその花が、ミュリエルの家族はもういないのだと現実を突き付けてくる。

 こみ上げる思い出をグッと噛みしめると、ミュリエルは手を合わせて祈りを捧げた。


 一人でいいと言ったのに、ロイはミュリエルをここに送り届けてくれた上に、今も傍らに立って待ってくれている。

 ミュリエルのおねだりは「ムスカリの花を供えたい」というだけだったのに、何とも律儀な人だ。



「ここは私の家があった場所です。裕福ではないけれど、両親と一緒に幸せに暮らしていました。でも八歳の時に盗賊に襲われて……両親を失った私は神殿に引き取られ、聖女になりました」

 ミュリエルは立ち上がると、スカートについた土を手で払い落す。


「ずっと、ここに花を供えたいと思っていました。かつて家の周囲を彩っていたムスカリを。……一番やりたいことを叶えていただき、ありがとうございます」


 ああ、これで思い残すことはない。

 満足と喜びと、そしてまた一歩近付いた死の気配に、ミュリエルはただ口元を綻ばせる。


「大変だったろうに、今までよく頑張ったな」

「ありがとうございます。『自分ができることを頑張る』と、小さい頃に約束したのです!」


 たとえ社交辞令だとしても、こうして労われれば嬉しい。

 幼い頃に見知らぬ少年と交わした約束。

 胸元を飾る母の形見、花の形のペンダント。

 これだけが、ミュリエルの人生を今まで支えてくれたのだ。


 ロイは何をか言いかけて口を開くが、そのまま目を伏せて黙ってしまう。

 もうすぐ死ぬとわかっている人間に、かける言葉が見つからないのかもしれない。

 ミュリエルとしてはありがたいし楽しい結婚だけれど、ロイには本当に申し訳ないと思う。



「……ミュリエルの余命はわずかだと聞いているが、本当なのか?」

「はい、そうですが」


 既にそのあたりの話は知っているはずなのに、何故今更そんなことを確認するのだろう。

 不思議に思ったミュリエルは、ふとある可能性に気が付く。


 これはもしかして、ちゃんと死ぬのか心配しているのかもしれない。

 余命詐欺で長々居座られても迷惑、ということか!


 失念していた。

 ロイにとってこの結婚はただの貧乏くじ。

 だがそれでも公爵が完全に不利なものを一方的に押し付けられるとは思えない。


 ミュリエルの余命を知らされた上で得られるもの……つまり、早々に死ぬことこそが利点なのではないだろうか。

 厄介者を一時的に受け入れる見返りとして報酬があるのかもしれないし、あるいは単純に既婚という肩書が欲しかった可能性もある。


 何にしてもロイにとって、ミュリエルが死ぬことが前提の話。

 想定外の長生きをされては困ると心配しているのだ。


 これはいけない。

 ここまで良くしてもらった恩義に報いるためにも、きちんと説明をしておかなければ。

 ミュリエルは姿勢を正し、ロイをまっすぐに見つめた。



「私の余命はもって一年。きちんと死ぬので、どうぞご安心ください!」


 声高に宣言しながら、任せろとばかりに拳で自身の胸を叩く。

 だが喜んでくれるかと思ったのに、ロイは何故か少し焦っているようだ。


「だが、死は確定というわけではないだろう?」


 ミュリエルは自分の髪をつまむと、それをロイに向けて見せる。

「魔力に恵まれた者は黒髪なのはご存知ですよね? 聖女の髪の色は残った魔力と命の目安。真っ白になれば底が尽きた証。この髪色からして、私の残りの命は一年もないでしょう」


 ミュリエルの長い髪はもともと真っ黒だった。

 それが今ではほぼ白髪の状態で、毛先のあたりに灰色が残る程度。

 誰がどう見ても、風前の灯火である。


「ですから、余命詐欺の心配には及びません。ロイ様ならすぐに素敵な伴侶が見つかるでしょうし、私も安心です!」


 残りわずかな命、互いに気持ちよく過ごせるようにと、ミュリエルはにこりと微笑んだ。

 だが、ロイの表情はどんどんと曇っていく。


「……ふざけるな」



「え?」

 低く静かな、怒りさえ滲んだその声に、思わず声が漏れる。

 するとロイはミュリエルの手を取って自身に引き寄せた。


「勝手に死ぬなんて……諦めるなんて許さない」


 声自体はそれほど大きくないのに、そこに込められた思いの強さがミュリエルの肩をびくりと震わせる。


 ――怒っている。

 そして同時に……悲しんでいる。


 何故そう感じたのかはわからないけれど、ロイの眼差しに宿る炎は揺らがない。

 困惑するミュリエルの手の甲に、ロイの唇がそっと触れた。


「絶対に『生きたい』と言わせてみせるからな」




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― 新着の感想 ―
[一言] ミュリエルの心残りがなくなって、お迎えを待つには良い心構えなんですが。 窓から見える色が白くなったら替え時って防虫剤か何かで見たきがします。
[一言] ああ、教会は黒髪の娘の家族を襲って孤児にして引き取ってるのか
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