浪費は奥が深いものです
赤、青、黄色、ピンクに紫。
色とりどりの生地は、透けているものや光沢のあるものと、どれ一つとして同じものはない。
それらを惜しげもなく使用したドレスは、華やかの一言に尽きる。
花畑を思わせるフリル、しゃらしゃらとゆれるビーズ、ふわりと翻るリボンと、装飾も細部までもが美しい。
更にそれらを引き立てるアクセサリーも素晴らしい。
宝石に詳しくないミュリエルが見ても圧巻の輝きは、恐らく平民の家など数件余裕で建つ価値なのだろうと確信できる。
靴もまた可愛らしく、色や艶に形までこれほどたくさんの種類の靴をミュリエルは見たことがない。
履ければそれでいいという今までの靴の概念を覆すそれは、宝石がちりばめられてさながら芸術品のようだった。
ロイに手を引かれてやってきたのは、王都の中心にある仕立屋だ。
平民出身で神殿育ちのミュリエルにとって、服というのは年に数回支給されるだけのもの。
サイズの微調整は自分でするものだし、色やデザインを考えたことすらない。
聖女として公の場に出る時には着飾ることもあったけれど、あれはあくまでも祭事であり、衣装は借りものだ。
こんな風にまじまじと服を見ることなんて、これまでの人生で皆無と言ってもいい。
あまりにも別世界で華やかすぎて、何だか目がチカチカしてきた。
ソファーに座って目の前に並ぶ品々を呆然と見つめていると、隣に座ってお茶を飲んでいたロイが小さくため息をついた。
「浪費と言うのなら、せめてこれくらい買ってくれ」
「えっ!? これ、全部私のものですか!?」
正確な数はわからないけれど、ドレスだけでも二十着以上はあるだろう。
衝撃の言葉に、思わず声が上擦る。
「俺がドレスを着るわけがないだろう。……あ、そのリボンも追加で」
ロイはさも当然とばかりにそう言うと、更に店員に追加注文している。
その慣れた様子に流されそうになるが、ここはきちんと伝えなければ。
「でも、こんなに着られません! 体は一つです!」
「平民から聖女になって、ずっと人生を他人のために捧げてきたんだ。少しくらい贅沢しても罰は当たらない」
いや、確かに贅沢と言い出したのはミュリエルなのだが、想定する贅沢のレベルが違い過ぎて慄くばかりだ。
「でも、お金がかかりますし。もったいないです」
「ミュリエルはカルヴァート公爵夫人だぞ。この程度の買い物で傾くような家じゃないから、安心して浪費するといい」
ロイはしれっとした様子で更に追加注文しているが、浪費とはこんなに精神的に負担のかかるものだったのか。
「全然安心できない……あれ? 私は平民出身だとお伝えしましたか?」
昨夜は浮かれていたり殺されかけたりで、しっかりと自己紹介もできていなかったような気がする。
それに聖女の出自は特に明かされていないはずだから、知る術もないような気がするのだけれど。
ミュリエルが首を傾げると、ロイは少し目を伏せた。
「……それは知っている」
ということは、国王かトーマスが伝えたのだろうか。
一時的とはいえ結婚するのだから、調べたということかもしれない。
あるいはミュリエルの言動に品がないからバレたという可能性もある。
そこでミュリエルはハッと気が付いた。
「たとえ一時とはいえ、曲りなりにも公爵夫人。せめて見た目だけでも取り繕えということですね! わかりました、頑張って浪費します!」
短い間とはいえお世話になる以上、迷惑をかけるわけにはいかない。
その場に合った振る舞いをするのは、当然の努力だろう。
意気込むミュリエルを見て暫し目を瞬かせていたロイは、次いで困ったように微笑んだ。
「その意気だ。さて、このドレスはどちらを買う?」
そう言うと、ロイは二つのドレスを指し示す。
一つは鮮やかな赤のドレス。艶のある生地で作られた薔薇の花が所狭しと並び、歩く花束と言っても過言ではない華やかさだ。
もう一つは象牙色のドレス。薄く透けるような生地が幾重にも重ねられたそれは、雲か綿菓子かというくらいふわふわして可愛らしい。
どちらもあちこちに宝石と思しききらめきが配置されているし、どう考えても高価。
正直に言えば、どちらも不要。
だがしかし、公爵夫人たるものドレスの一つも選べなくては到底務まらないはず。
ここは、より目に痛く心につらい華やかさに挑む気概が求められているはずだ。
ミュリエルは短い時間で弾き出した答えを胸に、勢いよく赤いドレスを指差した。
「こ、こちらです!」
さあ、この回答は合格か、否か。
ドキドキしながら見つめていると、ロイがにやりといたずらっぽい笑みを浮かべる。
「正解は『両方買う』だ。ミュリエルは浪費が下手だな」
「何ということでしょう。浪費は奥が深い……! まだまだ努力が足りませんね」
頑張ったつもりだったけれど、方向性から間違っていたようだ。
二択を迫られて一つを選ぶのは凡人。
公爵夫人たるもの、総取りするくらいの度量が求められるのだ。
かなり難しい方向性だが、これからはそれを目標に頑張るしかない。
ふと視線を下げると、テーブルの上に並ぶアクセサリーの中で少し異質なものが目に入る。
女性もののアクセサリーばかりかと思ったら、男性用のカフリンクスのようだ。
ミュリエルは思わずそれをつまんで掲げる。
「あ! これ、ロイ様に似合いそうです!」
青みがかった緑の宝石は、ロイの瞳の色にそっくりだ。
「ロイ様の瞳の色、綺麗ですねえ」
キラキラと輝く様が美しくて角度を変えてその色を楽しんでいると、何故かグッと何かが喉につかえたような音が耳に届いた。
何事かと目を向けると、ロイが手で口元を覆っている。
頬も少し赤いし、紅茶が変なところに入ったのだろう。
「お、俺のものを選ぶ必要はないぞ」
「でも、浪費は私のものじゃなくてもいいですよね?」
ミュリエルはこてん、と首を傾げる。
自分のものを選ぶというのはどうにも心苦しいが、ロイのものなら選びやすい。
二択が総取りになる公爵夫人ならば、夫のものに手を広げるのも問題ないと思ったのだが、違うのだろうか。
「その考えはなかった。……そうだな。せっかくミュリエルが選んでくれたから、これも買おう」
そう言って店員に指示を出すロイの表情は穏やかだ。
本来の正解ではなかった様子だし、恐らくミュリエルに合わせてくれたのだろう。
ロイは、きちんとミュリエルの言葉を受け止めてくれる。
話を聞かずに一方的に要求を押し付けてくるトーマスとは、全然違う。
一緒にいて疲れないし――楽しい。
新鮮なやり取りが心地良くて、何だか心がふわふわと浮き立つような不思議な感覚だ。
「まあ、浪費には少しずつ慣れてもらうとして。他に何かしたいことはないか?」
その言葉に、ミュリエルの瞳がパッと輝く。
「それなら、一つお願いがあります!」
本日、もう1話更新予定!
☆次話「ふざけるな」
「私の余命はもって一年。きちんと死ぬので、どうぞご安心ください!」
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