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怠惰で浪費家な妻の朝は早い

 まだ朝日の昇らぬ薄暗い空には、金の輝きを残した月が佇んでいる。

 静寂に包まれたカルヴァート公爵邸の一室、天蓋付きのベッドの中。

 淡い青緑色の瞳が見開かれ、ミュリエルは勢いよく起き上がった。


「――朝です! お寝坊です! 怠惰な生活!」


 顔を洗い、髪を梳かしてワンピースに袖を通すと、花の形のペンダントを身に着ける。

 最低限のミュリエルの荷物がカルヴァート邸に届けられているということは、やはりロイには普通に結婚の話を通してあったのだろう。


 その上で公爵邸に向かうミュリエルを消そうとしたのだから、トーマスのいやらしさがよくわかる。

 どうせ余命は短いのだから、大人しく死なせてくれたらいいのに。


 手早く身支度を整えると、そのまま部屋を飛び出して向かうのは厨房だ。

 ミュリエルが厨房に入るとパンを焼いていた使用人が驚くが、気にせずあれこれ拝借してスープを作り、ほどなくして焼きあがったパンを一つ受け取る。


 焼き立てパンの香りに頬を緩ませながら、早速厨房の片隅のテーブルでスープと共に頬張った。

 パンを焼いていた使用人に加えて途中でやってきた使用人も一緒に何故か慌てていたが、そのまま食事を終えると食器を洗う。


「朝ごはんです! お残しです! 何という贅沢者!」


 半分だけ残したパンはお昼に食べるので、その旨をきちんと伝えて保管してもらう。

 果物やら何やらもっと用意するので待ってほしいと言われたが、既にお腹はいっぱいだ。


 神殿ではもっと質素な食事だったので想定以上に胃袋の戦闘能力が低いとわかったし、今後は少し胃を鍛えねばなるまい。



 ミュリエルはそのまま建物の外に出ると、箒を持って掃き掃除を開始する。

 公爵邸の庭は広いが、長年神殿を掃き清めてきたミュリエルにとっては朝飯前だ。


「いえ、既に朝食はいただいたので朝飯後……ですかね?」

 何とも語感の悪い言葉に首を傾げつつも、箒を持つ手は止まらない。


 邸の顔ともいえる玄関ホール回りから掃き掃除を始めて、落ち葉を追いかけるように庭にまで進んでいく。

 さすが公爵邸の庭は手入れが行き届いているが、落ち葉は毎日生産される。

 これは庭師とミュリエルの落ち葉をめぐる争奪戦が繰り広げられる予感だ。


 とりあえず今日はミュリエルの勝利だと思うけれど、油断はできない。

 相手は植物の……つまり落ち葉のプロ。

 こちらも精進しなければ。



「ミュリエル、おはよう。……一体、何をしているんだ?」


 耳に心地良い美声に目を向ければ、そこには黒髪の美青年の姿がある。

 ついでにその背後には複数の使用人が困ったような表情でこちらを見ているが、どうしたのだろう。


 何にしてもここは妻として、夫に挨拶をするのが当然の流れ。

 新婚で迎える初めての朝。

 挨拶はコミュニケーションの基本だ。

 ミュリエルは箒を抱えたまま、元気よく頭を下げた。


「旦那様、おはようございます! 怠惰で浪費家な妻です!」

 ばっちり挨拶できたと思ったのだが、何故かロイは小さくため息をついた。


「夜明け前から掃除しておいて、どこが怠惰。……それよりも旦那様はよせ。ミュリエルは妻なのだから、名前でいい」


 なるほど、世の妻はそういうものなのか。

 ロイの要望は受け入れたいし、ミュリエルとしても親密な呼び方は願ったり叶ったりである。


「では、ロイ様!」


 一人を愛し愛されるというミュリエルの夢は、残り時間等で実現が難しい。

 だからこそ呼び名だけでも仲良し夫婦になれるのは嬉しかった。


 思わず笑みがこぼれると、ロイが口元を手で隠して視線を逸らす。

 これは名前を呼ばせてみたら意外と不愉快で、顔が引きつって困るということだろうか。

 それにしてはロイの顔は赤いし、名前を呼ぶなとは言ってこない。


 提案してきたのはロイの方だし、どうせそう長い期間ではないのだから、中止命令が出るまでは気にせず名前を呼ばせていただこう。



「ところで、その恰好は何だ? 使用人の服よりも地味だが」


 ロイの視線の先にあるのは、ミュリエルの服。

 灰色の生地に襟と袖は白、飾りは何もないシンプルなワンピースである。

 胸元に花の形のペンダントをつけているが、地味と言われても仕方ないのかもしれない。


「はい。贅沢にも新品のお洋服です!」

 ミュリエルが得意げに報告すると、何故かロイの表情が曇った。


「贅沢? その服が?」

「はい。まだ着られる服があるのに、神殿に支給された新しい服に袖を通しました!」


 今までは新年を迎えた時に新調していたのだが、聖女を引退したミュリエルの新しい生活を記念して着ることにした。

 どうせ来年まで生きていられないから無駄になってしまうし、罰は当たらないだろう。


「それが贅沢で、浪費家の妻……か」

 呆れたとばかりに深いため息をついたロイは、ミュリエルの手を引いて歩き出す。


「わかった。――行くぞ」

「え? でもまだ掃除が……それに、どこにいくのですか?」

 ロイはミュリエルの手から箒を取り上げると、通りすがりの使用人に渡してしまう。


「浪費とはどういうものか、教えてやろう」


 にやりと笑うロイに連れられ、ミュリエルはそのままカルヴァート邸を後にした。




完結投稿、毎日更新!


☆次話「浪費は奥が深いものです」

「浪費と言うのなら、せめてこれくらい買ってくれ」

「えっ!? これ、全部私のものですか!?」


============



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― 新着の感想 ―
[一言] そもそも聖女って国歌レベルで重要人物に見えるがこの扱いって
[一言] なんかここまででもう生活が偲ばれて涙出て来た…。 様子見ると使用人の方がもうちょっと優雅に生活してそうだなぁ。 ただでさえ寿命を比喩でなくすり減らす仕事なんだから、仕事以外の時間は贅沢させる…
[一言] これが怠惰の教会では 次代聖女の方は耐えられるのか疑問です。
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