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はじめまして、あなたの妻です!

 金色の月の下、黒髪帯剣以外の情報がない男性に抱きしめられることしばし。

 ついに困惑が混乱を上回り、ミュリエルの頭が事態を把握しようと動き始めた。


「あ、あの。助けていただき感謝しますが……どちら様でしょうか?」


 しっかりと抱きしめられて若干息苦しい中、どうにか男性に話しかける。

 すると男性はハッとした様子で、慌ててその腕を緩めた。


「ごめん。俺はロイ。ロイ・カルヴァートだ」

 まっすぐに見つめられ、予想外の名前に今度はミュリエルの方が慌てて姿勢を正す。


  「――ええ!?」

 まさかの冷酷公爵本人とは、驚きすぎて開いた口が塞がらない。

 舞踏会の会場でも容姿が美しいと聞いたが、噂は本当だったようだ。


 艶やかな髪は夜空よりもなお深い漆黒。

 青みがかった緑の瞳は澄んだ水底を思わせる透明感。

 文句なしに整ったその顔立ちは、美しいばかりか色香さえも漂わせている。


 綺麗なものを見れば、人は興奮する。

 ついでに死にかけたので違う意味でも興奮している。

 ミュリエルは逸る鼓動の赴くままに、勢い良く頭を下げた。



「はじめまして! あなたの妻、ミュリエル・ノークスです!」

 ミュリエルは元気いっぱいに宣言すると、にこりと微笑む。


「自分にできることを精一杯頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします!」


 あの男達から助けてくれたということは、ロイ自身はミュリエルを殺すつもりはないということになる。

 短い余命とはいえ、謳歌する前に奪われずに済みそうなのはありがたい。


 感謝の気持ちを込めて笑顔を浮かべたつもりなのだが、ロイの方は何かに驚いたかのように固まってしまった。


「……憶えていない、のか」

「はい?」

 唇が動いたから何か言ったとは思うのだが、声が小さすぎて聞き取れない。


「いや、何でもない。……よろしく、俺の奥さん」

「――はい!」


 奥さん!

 何といい響きだろう。

 皆のものという印象だった聖女に対して、ただ一人のものというイメージが素晴らしい。


 色々な意味で興奮しっ放しのミュリエルは、ロイの表情が少し曇っていることには気づかなかった。





 ロイと共に馬車に乗って到着したのは、カルヴァート公爵邸だ。

 夜なのではっきりとは見えないが、それでもとても大きくて立派な建物であることはわかる。


 馬車の扉が開くとロイが先に降り、続こうとするミュリエルの前にその手が差し出された。

 曲がりなりにも聖女としてこの十年を過ごしてきたので、いわゆるエスコートをされた経験はある。

 こうして乗り降りの際に女性に手を貸すのは、紳士の嗜みであることも理解している。


 だが、ロイの手に自身のそれを重ねるのには、何故か少しばかり緊張した。

 これは聖女でなくなった負い目なのか、はたまた夫婦になるという初体験のせいか。

 あるいは単純に美青年に慣れていないだけかもしれない。


 ……元婚約者のトーマスは一応美青年のくくりに入れてもいい容姿だったが、ろくに接する機会もなかったので除外しておく。


 美青年に緊張。


 まるで初心な乙女のようなその響きが新鮮で、ミュリエルは楽しくなってきた。

 こんな風に、余生は今までできなかったことを沢山経験しよう。

 そうして人生の最後を笑顔で迎えるのだ。


 ロイの後ろをついていくミュリエルは、大勢の使用人に頭を下げられながら玄関アプローチを経由して廊下を進む。


「邸の中では、自由にしてもらって構わない」


 ロイの説明に相槌を打ちながらも、周囲に目を奪われてきょろきょろしてしまう。

 真っ白で無機質な壁が続いていた神殿とは違って、淡い色で草花が描かれた壁紙が可愛らしい。

 ところどころに飾られた絵も、詳しくないミュリエルが見てもわかるほどの美しいものだ。

 しばらく廊下を歩いた先、一つの扉の前でロイが立ち止まり、少し遅れてミュリエルも足を止める。



「ミュリエルの部屋は用意したが、何か必要なものがあれば言ってくれ」

  そう言って開かれた扉の中に入り、ミュリエルは思わず感嘆の息を漏らした。


 白と淡い緑を基調にした壁紙に描かれているのは、蔓性の植物。

 ところどころについた赤い実がツヤツヤしているのは、どういう仕組みなのだろう。


 燭台は神殿のような蝋燭一本を立てるだけのものではなく、複数の蝋燭が樹木のように整列する形だ。

 その台座の部分もすべて繊細な細工が施されていて、灯りをともさなくてもそれ自体が芸術品のよう。


 椅子の脚はくびれたりねじれたりと美しい曲線を描き、金色に輝いている。

 材料は恐らく木材だろうから塗料が金色ということになるが、ムラなく美しい塗装に惚れ惚れしてしまう。


 その座面を彩る布は鮮やかな水色で花が織り込まれた上に、金色の糸で刺繍までされている。

 角材にクッションが載っただけの神殿の椅子とは、もはや別世界の物だ。

 どこを見ても華やかな室内に、ミュリエルの瞳はキラキラと輝いた。



「うわあ、豪華な燭台に可愛い椅子! 神殿とは全然違いますね。――こんなにフカフカのベッド、初めてです!」


 ベッドの四隅には柱のようなものが建っていて、それぞれが横の柱でつながり、まるで神殿の建物のように装飾が施されている。

 更に幾重にも布が重なり垂らされた姿は優美で、ここが小さな劇場だと言われても納得しかない。


 天蓋のついたベッドの存在は知っていたが、実際に見たのはこれが初めてだ。

 嬉しくなってベッドに腰を下ろすと、ミュリエルを弾き飛ばしそうなほどフカフカだ。

 硬く微動だにしない神殿のベッドとは正反対のそれが楽しくて、思わず何度も座ってはその弾力を確かめた。


「ぼよんぼよんします! 凄い!」


 夢中で跳ねていると、ふとロイがこちらを見て少し困ったように微笑んでいるのが目に入った。

 一応は瘴気を祓う神聖な聖女だった存在が、ベッドで大騒ぎしているのが物珍しい……いや、呆れているのかもしれない。


 それでも神殿の神官達のように「聖女らしくしなさい」と叱りつけてこないだけ、心が広いと思う。

 ありがたいのだがしかし、やはり何とも釈然としない。



 ロイ・カルヴァート公爵は、冷酷公爵と呼ばれていたはずだ。

 これが一介の貴族ならば偽りの悪評が流れることもあるかもしれないけれど、ロイは公爵。

 面白半分で噂を流すには、相手の身分が高すぎる。


 王子であるトーマスにまでその名が知られていたことを鑑みると、冷酷と呼ばれるだけの非情な何かがあったと考えておかしくない。


 だが実際はトーマスに抹殺されかけたミュリエルを助け、こうして立派な部屋まで用意して心を砕いてくれている。

 どう見てもただのいい人なのだが……これは一体どういうことなのだろう。


「今日は色々あって疲れただろう。ゆっくり休んで」

「は、はい。ありがとうございます」


 ベッドから勢いよく立ち上がり頭を下げるミュリエルを見て今度は優しく微笑むと、ロイはそのまま部屋から出て行った。


「……やっぱり、優しい人にしか見えませんよね」

 何か行き違いがあって誤解されているか、あるいは何らかの暴挙の後に悔い改めたのかもしれない。


「何にしてもここからが余生の始まりです。気合を入れませんと」


 今までミュリエルは聖女として清らかで慎ましく生活し、他者のために奔走した。

 聖女を引退したのだから、まずはその真逆の行いをしてみよう。

 ミュリエルは硬く拳を握り締めると、それを高々と掲げる。


「――目指せ、怠惰で浪費家な妻! さあ、全力で生きますよ!」








夜にも更新予定!


次話「怠惰で浪費家な妻の朝は早い」

ミュリエル、夜明け前から怠惰スタート!


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― 新着の感想 ―
[一言] なぜ冷酷などという噂が立ったのか
[一言] 最後の一言が、らしすぎる。
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