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ただ一人を愛するということ

 このままでは、抱っこされたまま王宮内を縦断してしまう。

 明確な恐怖にさらされたミュリエルは、回廊から見えた庭に一縷の望みを託す。


「お、王宮の庭を見たいです。夜の庭園を見る機会もないので!」


 別にお願いすれば入れてもらえるような気はするけれど、今はそういう問題ではない。

 とにかく抱っこで縦断を阻止し、あわよくばロイに目を覚ましてもらって抱っこを終了していただきたい。

 というか、頼むからもうおろしてほしい。


 必死の願いが通じたのか、ロイは回廊から庭に出るとそのまま奥へと足を進め、ガゼボを見つけると中の椅子にようやくミュリエルをおろしてくれた。



「ロイ様、腕は痺れていませんか? お疲れでしたら、迎えを呼んできましょうか」

 早速立ち上がろうとするミュリエルの腕をつかんで着席させると、ロイもその隣に腰を下ろした。


「お迎えが不要なら、マッサージはどうでしょう? 遠い異国の伝統の揉み解し術を、今こそ!」

 ミュリエルが両手をわしゃわしゃと動かすと、ロイは苦笑いしながらその手に自身の手を重ねて下げさせた。


「俺はそんなに貧弱じゃないから心配いらない。ミュリエルこそ、横にならなくて平気か?」

「大丈夫です! 神殿生活と瘴気対応で鍛えられましたから、徹夜二日くらいまでならいけます!」

 気合いの証に指を二本立てて微笑むが、ロイはそれにため息を返した。


「いかなくていい。今後は朝日が昇る前に起きるのは禁止だ。ゆっくりと体を休めるのが仕事だと思ってくれ」


 朝日が昇った後に起きるなんて久しぶり過ぎてちょっと怖いが、ロイがそう言うのならば頑張ろう。

 起き上がらなければいいのだから、ベッドの中で繕い物でもしていればいいか。



「はい。……それにしても、綺麗なお庭ですね」


 硝子張りのガゼボの天井からは月光が輝きを増して降り注ぎ、夜露を纏って光を弾く花々はまるで宝石のように美しい。

 きっと、もう二度と見ることはできないのだから、この光景をしっかりと目に焼き付けておかなければ。


「ロイ様は、いつから私が小さい頃に約束した相手だとわかっていたのですか?」

「剣を向けられて殺されそうになっているミュリエルを見つけた時、かな」

 かなり物騒な思い出し方だが、何故かロイの表情は穏やかだ。


「盗賊に襲われて一家全員殺されたと聞いたから、死んだものと思っていた。トーマス殿下に押し付けられた縁談相手の名前は把握していたけれど、ミュリエルの名前は憶えていなかったし」


「では、何故私だとわかったのですか?」

 名前も憶えていない死んだはずの存在なんて、正面から顔を見ても判別できなさそうだが。


「そのペンダント」

 ロイはそう言って、ミュリエルの胸元を飾る花の形のペンダントを指差す。


「月の光を反射して光るペンダントとミュリエルの顔を見たら、思い出した。髪は白いし死んだはずだけれど、それでも間違うはずがない。……初恋の相手だからな」



「え?」


 最後の言葉にどきりと鼓動が跳ねる。

 ロイは驚くミュリエルを見て口元を綻ばせると、手を伸ばして白い髪を一筋すくい取った。


「髪、更に白くなったな」


 引退した時点で毛先に灰色が残る程度だったミュリエルの髪は、既に白くないところを探すのが難しい有様だ。


「この髪が真っ白になれば、私は死ぬ。……本当にあと少しですね」


 余命いくばくもないというのは承知していたけれど、こうして目に見える形で終わりが迫ると何だか複雑な気持ちだ。


「もう聖女を引退したのだから、無理せず逃げても良かったのに」


 確かに、そうかもしれない。

 あの瘴気はかなり大きかったので、場合によっては王宮が半壊したかもしれないけれど、ミュリエルがその責を負う必要はなかった。


「心配してくださるのは嬉しいです。でもまた同じことがあれば、きっとロイ様を守るために聖女の力を使います。私は何も後悔していません」


「死んでも構わないということか」

 ロイの声が少し震え、絞り出すようなその言葉に、聞いているミュリエルの方が胸を締め付けられる。


「そう思っていましたが。気持ちが変わりました」

 ミュリエルの言葉に引き寄せられるように、ロイがその眼差しを向ける。



「もう少しだけ、ロイ様と一緒にいたい。……わがままだとは思いますし、ロイ様にはご迷惑をおかけしてしまいますが」


 聖女として務めを果たし、その役目と共に命の終わりを迎える。

 それが当然だと思って生きてきたけれど、今になって自分の命が惜しいと感じる。


 あと少し、もう少しだけ、ロイのそばに。

 それは願いであり、執着であり……生きる力だ。


「わがままでも迷惑でもない。ミュリエルの願いは俺が叶える、絶対に助ける。だから、共に生きよう」


 ロイはゆっくりとミュリエルを腕の中に収め、逃さないとばかりに抱きしめる。

 今はそのぬくもりが心地良い。


 家族を失って、聖女として他人のために働いて、人生の終わりが迫って。

 それでもミュリエルがまっすぐに前を見ていられるのは、幼い頃のロイとの約束のおかげ。

 ずっと、ロイがミュリエルを支えてくれていたのだ。


「あっ!」

「どうした?」


「ロイ様。私の初恋、たぶん――あなたです!」

「そうか。じゃあ、両想いだな。俺の大切な奥さん」


 腕を緩めてミュリエルの顔を覗き込むロイの表情は、声音以上に甘く優しい。

 その緑色の瞳に見つめられるだけで、心の奥の何かが満たされて温かい。


「……ああ。ただ一人を愛するというのは、こういうことなのかもしれませんね」


 ぽつりとこぼれたその言葉を肯定するように、ロイの手がミュリエルの頬を滑り、額に頬に口づける。

 そのたびに周囲に光の粒が生まれていくけれど、互いしか見えていない二人は気が付かない。


「愛しているよ、ミュリエル」


 熱い吐息と共に届けられた言葉に封をするように、ロイの唇がミュリエルのそれに重なる。

 月の光を弾く真っ白な髪が、一筋だけ漆黒の色を纏っていた。



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詳しくは活動報告またはHPをご覧ください。




「引退聖女」完結です!

ここまでお付き合いいただきありがとうございます。


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============


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― 新着の感想 ―
番外編として。髪が元に戻って子供も生まれて幸せになっているミュリエルが読みたいです。
ミュリエルの髪の毛がロイと愛し愛される事で真っ黒ツヤツヤに戻って幸せに長生きしますよーに! ヘレナの髪の毛が1〜2年で白髪になりますよーに! トーマスの髪の毛が1〜2年の内に限界まで後退しますよーに!…
[一言] 悲恋ものの登場人物でも無いのにたやすく死ねると思うなよ、とメタいコメントを残してみる
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