人間って、意外としぶとい
――人間って、意外としぶとい。
瘴気を祓うためにありったけの魔力を放出して、真っ白な光に包まれて、意識を失って。
目が覚めたら天国……ではなく、国王陛下が説教中だった。
しかもミュリエルは椅子に座ったロイに横抱きされていた。
もちろん膝からおりようとしたのだが、「駄目」の一言で完封される。
これは一体、何の罰ゲームなのだろうと首を傾げつつ、ミュリエルは目の前のお説教を見守っていた。
謁見の間に通されたのは舞踏会会場が荒れているからわかるけれど、だったらミュリエルも適当な部屋に転がしておけばいいものを。
誰の提案なのかあるいは命令なのかわからないが、ロイの体力とミュリエルの精神力を削る、誰も得をしない展開である。
「聖女が瘴気を前に逃亡を図るなど前代未聞! しかも死期が迫って引退した聖女にその尻ぬぐいをさせるとは……!」
いっそ大げさなほどに嘆く国王だが、まあ気持ちはわからないでもない。
唯一瘴気を消せる聖女がその役割を果たさないのなら、もはや存在価値はゼロである。
だがそれをわかっているのかいないのか、ヘレナに反省の色は見えない。
「本当は私一人で対応できました。それを勝手に横から出てきて、手柄を横取りするなんて。酷いですぅ」
震えて弱音を吐いていたのとはもはや別人だが、ここまで嘘を並べられると逆に清々しい。
その図太さは、是非とも今後の瘴気対応に活かしてもらいたいものだ。
「使えるものは使う、当然のことでしょう。聖女とはそういう役割です。その務めに準じて死ぬのなら本望のはず」
トーマスは堂々と訴えているが、その理屈で言うとヘレナをこき使って死んでも構わないということになるのだが。
ヘレナも少し引っかかったらしく、何とも言えない視線をトーマスに送っている。
だが当の本人はそれに気付くことなく、何故か眉間に皺を寄せていた。
「……ずっと気になっていたが……何故、ミュリエルはカルヴァート公爵に抱っこされているんだ?」
至極もっともなトーマスの疑問に、ヘレナがうなずく。
ついでに国王もうなずいている。
疑問に思うのならば、その最高権力を使って質問なり阻止なりしてくれればいいものを。
「私だって知りたいです! 不本意です!」
「俺の悪評払拭のために協力してくれるんだろう?」
「それはそうですが、一体抱っこと何の関係が?」
「仲睦まじい夫婦だと伝わるじゃないか」
確かにこんな公衆の面前で抱っこするからには、仲が悪いとは思えない。
だが悪評はトーマスが流したものなので、トーマスに抱っこを見せても意味はないはず。
それどころか国王の前では不敬だと思うのだが。
首を傾げるミュリエルの視線を避けるように、国王はトーマスを睨みつけた。
「とにかく、二人とも愚かだということはわかった! 聖女と王族の役割についてしっかりと学び直す必要があるようだ。神殿の下働きをしながら勉強するように」
吐き捨てるようにそう命じると、国王はそのまま玉座から立ち上がる。
「は? 俺は世継ぎの王子ですよ!?」
「私が下働きをしていたら、一体誰が瘴気を祓うのですか!?」
心外だとばかりに二人は声を上げるが、国王が返す眼差しは冷え切っている。
「瘴気が現れても逃亡を図るのだからしばらく聖女がいなくても同じこと。それから世継ぎでいられるかどうかは自分次第だと思え」
「聖女の私が、いなくても同じ……?」
「嘘ですよね、陛下!」
国王がじろりと睨みつけると二人は途端に黙るのが、ちょっと面白い。
「それから、王宮から公爵邸に移動中のミュリエルを襲った者がいるようだ。カルヴァート公爵が救助したから事なきを得たものの、長年尽力した聖女に刃を向けるなど論外。犯人は見つけ次第厳罰に処すつもりだ」
「そ、そんなことが……?」
明らかに動揺するトーマスの様子からして、やはり独断での暴挙だったようだ。
国王の表情からすると、そのあたりも既に把握済みなのかもしれない。
だから次期国王の座を失う可能性を示唆しているし、恐らくそれは単なる脅しではない。
さすがにトーマスも察したらしく、眉間に皺を寄せながらも口をつぐんでいる。
トーマスとヘレナは、そのまま騎士に引きずられるようにして部屋から連れ出された。
結局一切反省していないようだから、本当に聖女謹慎や世継ぎ交代の可能性もあるのかもしれないが、そのあたりは自分達で何とかしていただこう。
何にしてもお説教が終わったのなら、この謎の横抱きも終わるはず。
そう思って体に力を入れたのだが、がっちりと腕を回されていて微動だにしない。
「あの、ロイ様。終わったようなのですが」
「そうだな」
やっとおろしてもらえると思ったのに、ロイの腕は一切緩まない。
どうしたものかと悩んでいると、ミュリエル……というか椅子に座るロイの前に国王がやってきた。
これはある意味で幸運だ。
国王への挨拶は必須だし、そうなればこの横抱きからも解放される。
「あの、陛下……」
だが起き上がろうとじたばたもがくミュリエルを見た国王は、苦笑しながら手でそれを制した。
「まだ体がつらいだろうから、そのまま休んでいなさい」
衝撃の命令に、ミュリエルは固まる。
国王を前にして公爵に抱っこされたままだなんて、本格的な罰ゲームではないか。
それとも王族や公爵の中では「休む」というのは抱っこを指すのだろうか。
平民には理解できない世界である。
「それで、聖女の待遇のことだが……」
国王が言いにくそうに口を開く。
体よりも心がつらいので起きたいのだが、次の話に移られては訴えにくい。
「過去に驕り高ぶった聖女が怠惰と浪費の限りを尽くして神殿が腐敗しかけて以降、聖女の役目を果たすに値する清廉な人柄を育成するようになったが……さすがに夜明け前から掃除させるのはいきすぎだ。まさかそんなことになっていたとは」
怠惰と浪費という耳に馴染んだ言葉に、ミュリエルの肩がぴくりと揺れる。
これはもしやカルヴァート公爵邸での振る舞いを注意されているのだろうか。
気になってちらりとロイを見上げると、何故か微笑まれた。
「心配しなくても大丈夫。ミュリエルの怠惰と浪費はね、ただの清く正しい真面目な行動だから」
安心してと言わんばかりの口調だが、それはつまりミュリエルの怠惰と浪費は失敗しているということになる。
自分なりに頑張ったつもりなのだが、怠惰も浪費も一朝一夕では成し得ないようだ。
「すまない、ミュリエル。ここまで息子が愚かだとは……君のおかげで人的な被害は出なかった。心より感謝する。引退した君に無理をさせてしまったし、せめて何か礼をしたいのだが」
「いえ、元聖女として当然のことですし。ちょっとギュギュッとしてシューっと飛ばしてスパーンとしただけですから!」
「ギュギュ……? いや、その聖女を引退した理由を鑑みればトーマスとヘレナの仕打ちはあまりにも酷い」
この国の王である以上、ミュリエルに「命尽きるまで聖女として働け」と命じることも可能なのに、こうして労わってくれるのはありがたい。
国王がここまで言ってくれるのだから、何も要求しないのも失礼にあたるだろう。
「それならば、ロイ様が冷酷公爵と呼ばれているのを訂正していただけませんか。トーマス殿下が流した噂は嘘なのだと」
「……あの馬鹿は、そんなことまでしていたのか。わかった、尽力しよう」
呆れたとばかりにため息をつく様子からして、さすがに国王にまでは噂は届いていなかったようだ。
「それで、ミュリエル自身が欲しいものは?」
「何も。このままロイ様の妻でいられれば、それで十分です」
何を貰ったとしても、どうせじきにミュリエルの命は尽きる。
無駄になっても申し訳ないし、特に欲しい物もなかった。
「そうか。……カルヴァート公爵は、それで異存ないな?」
「たとえ陛下の命令でも、ミュリエルを手放すつもりはありません」
ロイが爽やかな笑顔で答えているが、そこは普通に「このままでいい」と言ってくれればいいのに。
何故ワンランク上の恥ずかしい言葉を選ぶのだ。
ずっと横抱きしていることといい、どうもロイの様子がおかしい気がする。
「お話は終わりですよね。申し訳ありませんが、ミュリエルの体調が心配なので失礼します」
「え⁉」
国王の話を勝手に終わらせるのも衝撃だが、それよりも驚いたことにロイはミュリエルを横抱きにしたまま立ち上がったのだ。
「お、おろし……」
「おろさないし離さないから、諦めて」
有無を言わせぬ返答に呆気に取られている間に、国王に一礼したロイはミュリエルを抱えたまま謁見の間を後にした。
完結投稿、毎日更新!
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