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搾りかすの引退聖女は薔薇色の余生に思いを馳せる

「もう少し頑張ってみるよ。……君のために」


 ミュリエルの前に立つ少年は、そう言って微笑んだ。

 街の中心から外れた粗末な家の周りに咲くムスカリが、葡萄のように可愛らしいその花を揺らす。

 同時にミュリエルの漆黒の髪も揺れ、胸元の花の形のペンダントが陽光を弾いてきらめく。

 さわさわと風が奏でる心地良い音を聞きながら、ミュリエルは少年に手を差し出した。


「それじゃあ、私も自分ができることを頑張る。約束よ」


 ミュリエルの手に少年のそれが重なり、握手と共に笑みをかわす。

 もう少年の顔も思い出せないけれど、それはミュリエルにとって大切な思い出であり忘れられない約束だった。




 ……あれから、十年。


 すべての人に等しく恵みを与える聖女として瘴気を払い続け、約束通り自分なりに精一杯頑張った。


 その結果が――これか。



 ミュリエルがそっと瞼を開くと、目に飛び込んでくるのは自身の白い髪と華やかな室内。

 夜空の星をもぎ取ったかのようにきらめくシャンデリア、花畑にいるのかと錯覚するほど色とりどりのドレスを身に纏う貴婦人。

 王家主催の舞踏会会場の視線を一心に集めているのがミュリエル……いや、その目の前に立つ男女二人だ。


 男性の方はトーマス・モール。この国の王子であり、ミュリエルの婚約者。

 そしてもう一人はヘレナ・ブリントン。新しく聖女になった少女である。


 偉そう、という言葉を体現したようにふんぞり返ってミュリエルを指差すトーマスの腕に、ヘレナが縋りつくようにして体を寄せている。


 一応申し訳なさそうな顔をしているが、他人の婚約者に堂々と密着しているのだから何一つ悪いと思っていないのは明白だ。

 特に感慨もなくその様子を眺めていると、トーマスが声高に叫ぶ。



「聖女ミュリエル・ノークス。おまえとの婚約を破棄する!」

「はあ」

 ミュリエルの口から、返事というよりも吐息に近い声が漏れた。


「そして新しい聖女であるヘレナ・ブリントンとの婚約を発表する!」

「へえ」


 する、と言っているが、諸々の手順は踏んだのかはちょっと気になる。

 ミュリエルが初耳なのだから、当然まっとうな手続きは行われていないのだろうが。


「搾りかす程度の力しか残っていないおまえはもう用済みだ!」

「ほお」


 搾りかすとは、なかなか上手い表現だ。

 ちょうどいいので使わせてもらおう、と心に書き留める。


「新しい聖女に嫉妬して色々と嫌がらせをしたようだが、すべてバレているぞ!」

「ふうん」


 すべてどころか一つも身に覚えはないが、何だかとても偉そうに堂々と宣言されるとそんなことがあった気がしないでもなくなるのだから面白い。

 これが訴えた者勝ちというやつだろうか。


 ヘレナは勝ち誇ったような顔をしているが、そんなに嫌がらせをされたかったのなら言ってくれれば良かったのに。


 そしてトーマスが何か言うたびに周囲の貴族達がいちいち声を上げているが、練習でもしたのかというタイミングの合い方が面白い。



「さっきから何なんだ、その間の抜けた返事は!」


 トーマスは何故か怒っている様子だが、身に覚えも関心もない台詞に大げさな反応を求められても困る。

 ミュリエルはあくまでも聖女であって、話を聞く接待のプロではないのだ。

 大体、何を言えば正解なのかよくわからないし、トーマスを喜ばせる義理もない。


「本来ならば処刑でもいいが、今までの功績に免じて聖女の引退と権限の剥奪で許してやる。更に冷酷公爵との縁談もまとめてやった。感謝するんだな!」

 吐き捨てるようなその言葉に、周囲に貴族たちのざわめきが一層強まる。


「冷酷公爵と?」

「容姿は美しいけれど、人柄は冷酷そのものとか」

「恐ろしい」

 耳に届くそれらを聞き流しながら、ミュリエルは思わず呟く。


「聖女を引退して、結婚……?」

 衝撃の言葉に固まって目を見開くミュリエルに、トーマスがにやりと笑った。


「聖女の責務から解放される上に、博愛の聖女では果たせなかった『ただ一人を愛する』ことも夢じゃない――!?」



 突然届けられた吉報に、ミュリエルの淡い青緑色の瞳が宝石のようにキラキラと輝く。

 気のせいか胸元の花の形のペンダントも輝きを増して見えるし、興奮から頬はほのかに赤く染まった。


 口元が綻ぶという言葉があるが、今のミュリエルの口がまさにその状態だろう。

 何なら綻ぶ段階を超え、緩み切ってとろけたと言ってもいい。

 どうやら予想した反応と違ったらしく、トーマスが眉間に皺を寄せてこちらを見ている。


「一人を愛するのが夢、って。俺という婚約者がいただろうが!」

「トーマス殿下は私を愛していないでしょう? 私、愛し愛されてみたいのです!」


 トーマスとの婚約は、聖女と王子という絵に描いたような政略結婚。

 先ほど堂々と浮気報告されたものの、たいして気にもならない程度の間柄だ。


 ミュリエルの夢である相思相愛……いや、ただ一人を愛することからは、かけ離れていると言っていい。


「それは……大体、おまえにそんな時間はないだろう。魔力の減少と共に黒髪から色が抜け、今やほぼ白髪。聖女の能力は搾りかす程度な上に、余命はせいぜい一年だ!」


 びしっ、と音が聞こえてきそうな勢いで指差すトーマスに、ミュリエルは即座にうなずいた。


「そうなんですよ! だからこんなところで無駄話している暇はありません」



 まさに大正解。


 ミュリエルは元々漆黒の髪だったが、魔力が満ちた証であるその色は聖女として力をふるうごとに色が抜けていき、今や毛先に灰色が残る程度のほぼ白髪状態。

 実に見事な搾りかすである以上、のんきにトーマスと話をしている場合ではないのだ。


 ミュリエルは未だトーマスの腕にしがみつくヘレナの前に立つと、その手をぎゅっと握り締める。

 何だかヘレナの顔が少しひきつっているが、ミュリエルとしては感謝しかないので笑顔だ。


「夜が明ける前に起床して清掃、祈り、庭仕事を終えてから食事の支度。夜までずっと瘴気対応の日々ともお別れですね……。あとはお任せします!」


 ああ、懐かしき忙しない日々。

 しみじみと思い返せば、聖女とは名ばかりの重労働。


 日によっては食事を摂ることもままならなかったが、最近はだいぶ落ち着いてきたし新しく聖女になったからには魔力がピチピチで鮮度抜群のはず。

 その証拠にヘレナの髪はまだ真っ黒だし、多少の無理をしても何ら問題ないだろう。


「え、えっ?」

 ヘレナが聞いていないとばかりに挙動不審だが、慣れれば乗り越えられるだろうし、トーマスと恋仲なら是非ともその愛で支えてもらってほしい。


「早速、馬車の用意をお願いします! 残りの人生は悔いなく自由に過ごしますよ! やったあ!」

 舞踏会会場の出口に向かいながら、途中にいた使用人に馬車の手配を頼む。


 グズグズしている暇はない。

 今からでも大切な夫となる人に挨拶に向かわねば。

 一分一秒たりとも無駄にはできないのだ。



「さらば、うっとうしかった過去の人! おいでませ、短めの未来! 聖女を引退して薔薇色の余生ですね!」


 口笛を盛大に鳴らしたかったけれど、今まで吹いたことがないのでミュリエルの口から漏れたのは気の抜けた空気音だけだ。

 それでも興奮が勝っているのでウキウキが止まらず、足も止まらない。


「うっとうしいってなんだ! 待て、こら!」


 背後から汚い叫び声が聞こえなくもないが、今のミュリエルには余生を後押しする声援でしかない。

 鼻歌を歌いながらスキップして会場を出るミュリエルを、誰も止めることはできなかった。




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― 新着の感想 ―
[一言] 「はあ」 「へえ」 「ほお」 「ふうん」 ときて、「ひ」がない。つまり主人公に非がないと言う意味かな?
[一言] 聖女こき使って使い捨ててるこの国はいずれ聖女の反乱で滅びるんじゃ無いだろうか
[良い点] >さらば、うっとうしかった過去の人! おいでませ、短めの未来! このフレーズが好きです。なぜ短め歓迎?とは思いますが。 今の環境を喜んで投げ捨ててる! [一言] 新しい聖女に嫉妬して虐める…
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