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第八話 夏至祭2

ブックマーク登録ありがとうございました。

 今日は夏至の日、夏至祭の当日だ。

 思えばソフィアは聖女になってから毎年欠かさず夏至祭には参加していた。

 今年は初めての不参加になる。

 いや、ソフィアはもう聖女を辞めたのだから、聖女としては皆勤だったことになる。

 とにかく、父上と母上と私、つまり国王と王妃、そして王太子の三人で王宮のバルコニーから国民に手を振っている。

 笑顔で手を振っているが、内心は冷や汗ものだ。

 諜報部が頑張って噂を流したおかげで、今年は例年以上に多くの国民が王宮前に集まっている。

 その中には王都以外からやって来た者も多い。

 彼らの多くは、聖女ソフィアをその目で見ることが目的だ。

 正直、我が国においては聖女の人気は王族をはるかに凌駕する。

 実際、父上は善政を敷いていると国民からの評判も良いのだが、それでも毎年父上よりもソフィアが登場した時の歓声の方が大きいのだ。

 今年はそのソフィアも、代わりとなる聖女もいないのだ。

 ここからでも国民の不満と不信が伝わってくるようだ。


――どうして聖女様がいないんだ?

――聖女様が追い出されたって本当だったんだ!

――やはり王子の浮気に愛想をつかして聖女様は出て行ったのか?

――ソフィアちゃ~ん、帰って来てくれ~!

――王子はいいから、聖女様を出せ~!


 もしも国民の不満が高まり過ぎて暴動にまで発展したら、この後の計画が狂ってしまう。

 この場には目立たないようにして普段よりも多くの警備の兵を配置しているし、民衆の中には諜報部の人間も入り込んでいてあまりヒートアップしないように誘導している。

 だが、一度感情が爆発してしまえば、収拾するのは困難だ。

 この場は武力で収めたとしても、その後の民衆の動きが読めなくなってくる。

 国民の避難計画はかなりギリギリなのだ。予定外のことが起こればそれだけ犠牲者が増える可能性が高くなる。

 しかし、この場さえ乗り切れば国民に聖女の不在が事実として浸透する。

 それは王都だけでなく、国内各地からやって来た者がそれぞれの地域に広めてくれるはずだ。

 ただ民衆の不安を抑えたいなら、代役を立てればよい。適当な女性に聖女の衣装を着せて立たせておけば、民衆はとりあえず安心するだろう。

 だが、それでは意味がない。

 聖女が不在である事実とこの国の将来の不安を広め、自暴自棄ではない行動を促さなければならない。

 私達の役割は、国民の不安が過剰にならないようにすることだ。王族自ら不安がっていたら、国民は余計に不安になり、国に対する不信が生じる。

 だから私たちは笑顔で手を振る。

 その裏側に色々なものを飲みこんで。


◇◇◇


 銀竜亭は賑わっていた。


 年に一度の夏至祭は各地で祝われるが、王都で行われる祭りは特別な意味を持つ。聖女が民衆の前に姿を現すからだ。

 聖女不在の噂が流れたとしても、ならばこそ、その真偽を確かめるためにも大勢の人が王都にやって来た。

 王都までやって来た者の中でも、さして裕福でない者は銀竜亭のような安宿に泊まる。

 また、旅人でなくてもお祭り気分で外食したり、酒を飲んだりする。

 つまり、この時期は銀竜亭が最も忙しくなる書き入れ時なのだ。

 この道三十年のベテラン女将は、だから夏至祭に参加したことはほとんどない。

 だが、そこは情報通の女将だ。夏至祭で起こった出来事はだいたい把握している。

 目立つこと、珍しいこと、重要なことほど多くの客から語られるものだ。


「結局、聖女様は姿を現さなかったのかい? どうなってるんだろうねぇ。」

「オレ、毎年聖女様を見るのが楽しみだったのに……」

「聖女様、どこ行っちまったんだろう?」

「たぶん、アウセム王国だろうね。聖女様を乗せた馬車がそっちに向かったらしいし、サンソン商会が店を出したって話だからね。」

「あそこの会長さん、聖女様大好きだからなぁ。」

「確かに、シャルル会長ならば聖女様を追っかけて行っても不思議はねぇな。」

「オレも追っかけて行きたいよ! ソフィアちゃ~ん!」

「それにしても、聖女様がいないなんて前代未聞じゃないのか? 王都は大丈夫なんだろうか?」

「王都だけで済むかねぇ。聖女様はこの国を守っているって話だよ。」

「…………」


 様々な噂や憶測が流れる中、夏至祭は過ぎていくのだった。


◇◇◇


 今頃アベール殿下は民衆の前で手を振っている頃でしょうか。

 ソフィアさんがいないことで問題が起きていないでしょうか?

 ですが、こちらはこちらで他を気にしている余裕はありません。


「皆さん、準備はよろしいですか?」


 ここは聖堂です。同じ王宮の敷地内でもアベール殿下たちのいるバルコニーとは反対側で、民衆の目は届かない場所です。

 そして、この場にいるのは国内から集められた優秀な治癒魔法の使い手です。

 その数十二名。機密保持の観点から、人数を絞って能力の高い者を厳選した少数精鋭です。


「まず、注意していただきたいのは、絶対に無理をしないことですわ。これから行うことは、失敗して当然なのですから。」


 私達がこれから行おうとしていることは、聖女の代役です。

 怨霊を封じ込めた結界を聖女に代わって維持する。そのために治癒魔法の使い手を人数集めました。

 この方法は過去に試して失敗しています。成功する可能性は低いでしょう。

 ですが、たとえ一日でも結界の維持できる期間を延ばせる可能性があれば、試す価値は十分にあります。

 今日は年に一度の夏至の日、歴代聖女様がたった一日だけ聖女の祈りを休むことのできる日です。

 昼の時間のもっとも長いこの日は怨霊も力を発揮できないのではないかとか、虐殺された先住民族にとっても夏至は重要な日なので活動を止めているのではないか等諸説あるようです。

 いずれにしても、怨霊の活動が低下しているこの日ならば、聖女でなくても通用する可能性はあります。

 それでも失敗する可能性は高いですし、無理をすれば命に関わる危険もあります。


「あなた方の力はこの先必ず必要になります。こんなところで失うことは許されません。それだけは肝に銘じてくださいませ。」


 結界を数日長く維持できたとしても国が滅びるのを数日延ばすだけです。その後に来る混乱を避けることはできません。

 その数日があれば、いえ、たとえ一分一秒だとしても、それで助かる命からあるのならば挑む理由としては十分でしょう。

 けれども、そのために今この場で命を落とすことはあってはなりません。

 特にここに集められた者達は優秀な治療師です。この先、国に残って死霊と戦う人にとっても、国を離れて避難する人にとっても、必要不可欠となる人材です。

 真の聖女を自称した私、ミシェル・バートレットもソフィアさんほどではありませんが治癒魔法が使えます。なのでこの試みに参加しますが、もちろん死ぬつもりはありません。

 そしてもう一人。


「シャーリー殿下、本当に参加成されるのですか?」

「当然よ! もしかしたら、フローレンスの血に覚醒して聖女になれるかもしれないでしょう?」


 王家や公爵家にはフローレンス家の血が入っています。血筋だけならば聖女になれる可能性のある一人です。

 ただし、フローレンス家以外から聖女が誕生したことも、一度聖女の素質が無いと判断された者が聖女になったこともありません。

 まあ、何事にも最初の一人というものはいますから、試す価値はあるのでしょう。

 こうして、国中から集めた治療師十二名に、私とシャーリー殿下を加えた十四名で挑むことになりました。

 聖女様を意識したわけではありませんが、全員が女性です。


「それでは、始めますわよ!」


 こうして、私達の挑戦が始まったのです。




 そして無残にも敗れ去りました。

 惨敗です。

 聖堂の中央にはうっすらと青白い光を放つ薄い膜のような結界があります。お皿を伏せたような形は、球形の結界の極一部が地上に出ているのだそうです。

 そこで私達は聖女の祈りをまねて、聖堂で祈りながら結界に手を触れ、魔力を注ぎ込みました。

 しかし、魔力を注ぐというよりも結界に魔力を吸い上げられるように吸収されて、私達は魔力切れを起こして次々にダウンして行きました。

 魔力が尽きると体力――というよりも生命力を吸い取られるらしいので、魔力切れを感じたら大慌てで結界から手を放します。

 タイミングを間違えて、魔力切れのまま意識が朦朧とし始めた者は、護衛を兼ねて私たちのサポートに来ていただいた近衛騎士の方々に引きはがしてもらいました。

 どうにか死者は出さずに済みましたが、結界の方は強化された気配がありません。

 予想はしていましたが、失敗です。


「あぁ~、もうちょっとで聖女に覚醒できると思ったのに。」


 魔力回復薬(マナポーション)を一気に飲み干して、シャーリー殿下が負け惜しみを言います。

 はい、負け惜しみです。ソフィアさんは魔力回復薬(マナポーション)を使ったことがないそうですから、魔力回復薬(マナポーション)を飲んでいる時点で負け惜しみに過ぎません。

 そもそも、魔力回復薬(マナポーション)と言っても魔力を回復する作用は気休め程度なのだそうです。

 体内に存在する使用されていない魔力を掻き集めて、一時的に使用可能な状態にする薬なのです。

 だから、魔力が枯渇した状態で魔力回復薬(マナポーション)を飲んで一時的に魔力が回復しても、本当に完全に魔力が回復するまでには余計に長い時間がかかってしまうのだそうです。

 毎日聖女の祈りを捧げなければならないソフィアさんが使うはずもありません。


「それにしても、ソフィアお義姉さまはこんなことを毎日行っていたのね。とんでもないわ。」


 シャーリー殿下は敬意と若干の畏怖を籠めて呟きました。

 全く持って同感です。

 私達は十四人がかりでこの有様です。全員魔力切れでへたり込み、魔力回復薬(マナポーション)を飲んでいます。

 魔力回復薬(マナポーション)は魔力切れに伴う頭痛や倦怠感といった症状を緩和するための薬で、飲んだ後に魔法を使ったり魔力を消費するようなことをしてはいけないと注意されています。これが正しい使い方になります。

 ソフィアさんの魔力は多いですが、私達十四名分の魔力よりも多いということはないはずです。

 聖女の魔力は特別なのでしょうか? それとも、魔力を効率よく結界の維持強化に利用できる能力があるのでしょうか?

 ですが、それは聖女の祈りを楽に行えるということではありません。

 学生時代にソフィアさんは朝から気分の悪そうな様子を見せていたことがよくありました。おそらく魔力が枯渇していたのでしょう。

 ソフィアさんは魔力回復薬(マナポーション)でその苦痛を和らげることなく日々生活していたのです。

 とても真似できそうにありません。

 それは、魔力の問題だけではありません。


「たとえ聖女になれたとしても、私はあんな恐ろしいことを毎日続ける自信がありませんわ。」


 私がため息をつきながら言うと、参加した皆さんが同意します。

 あれは恐ろしい体験でした。

 結界に魔力を流し始めると、地獄の底から響いてくるような恐ろしい声が聞こえてきたのです。

 近くにいた近衛騎士は誰も聞こえなかったという話なので、頭の中に直接響いてきた声だったようです。

 何を言っているのかは聞き取れませんでしたが、おそらく恨み言でしょう。それが複数、何十人もの声が重なって聞こえてくるのです。

 聞いているだけで精神がガリガリと削られるようでした。


「いずれにしても、この作戦は失敗ね。今日のところは休息を取って、次に備えるわよ。」


 シャーリー殿下の総括で、作戦は終了しました。本人はまだ座り込んだままでしたが。

 この後一刻ほど休んで、私達は解散しました。

 最後の夏至祭は、こうして過ぎて行ったのです。


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