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第七話 夏至祭1

評価設定、ブックマーク登録および「いいね」ありがとうございました。

 早いもので、私がデリエに来てからそろそろ一ヶ月になります。

 もうすぐ夏至祭だというのに、グランツランド王国に呼び戻される気配がありません。

 今ならばまだ抑え込める可能性があるので、なるべく早く呼び戻して欲しいものです。

 そして、私はまだカールハインツ殿下のお屋敷でお世話になっています。

 何故でしょう?


 聖女の務めを行わなくなったためか、最近はとても食欲があります。

 そして、このお屋敷では美味しいお料理をたくさん作ってくださいます。

 時間と元気は余っているので、聖女の修行をやり直してみたり軽い運動をしてみたりしましたが、確実に体重は増えています。

 私、太ってしまいました。どうしましょう?

 けれども、皆さん私のことを「痩せすぎだ」って言うのです。

 まだまだ不健康だから独り暮らしは無理だと、口をそろえて言うのです。

 皆さん私をどこまで太らせる気なのでしょうか?


 色々ありましたが、屋敷の人達とはだいぶ親しくなりました。

 皆さん、居候の私に親切にしてくださいます。


「ソフィア様~、殿下が人気のお菓子を買ってきてくださいましたよ! お茶にしましょ~」


「ソフィア様~、新しいドレスが仕上がりましたよ! さっそく試着してみましょ~」


「ソフィア様~、エステしましょう! 元が良いのですから、殿下もメロメロになりますよ~」


 何でしょう……今気付いたのですが、私が一方的に構われていませんか?

 まあ、それでも屋敷の使用人の皆さんとは気安く話せるようになりました。


 カールハインツ殿下も、お忙しいでしょうに、色々と気を使っていただいています。

 先日も、カールハインツ殿下に連れられて――


「あ、一応お忍びだから、『殿下』は禁止ね。」


 え、あ、はい。カールさんに連れられて街に出かけました。

 金銭感覚を鍛えるためと言われて、色々なお店を回りました。

 お菓子屋さんでお菓子を買ったり、喫茶店でお茶と軽食をいただいたり、屋台で食べ歩きというのも初めて経験しました。

 あれ? 何だか食べてばかりだったような……

 いえいえ、ちゃんとほかの店も回りましたよ。服屋とか宝石店とかアクセサリー屋さんとか。

 でも、私はそう言うのはよく分からないのです。

 服は聖女の衣装が正装で、後は部屋着と修行着と学園に通っていた時に制服を着たくらいでしょうか。

 宝石やアクセサリー類もほぼ縁がありませんでした。

 聖女の衣装はデザインが決まっているので余計なアクセサリーを加える余地はありませんし、学園でも華美な装飾は禁止されていました。

 まあ、でも、色々なお店があることが分かって楽しかったです。

 これでも私は貴族の娘ですから、必要な買い物は屋敷にやって来た商人の方にお願いしていました。

 それに、必要な物はお父様や屋敷の皆さんが用意してくださるので、私自身が買い物をした経験はほとんどありません。

 あれ? この時も買い物はカールさんがやってしまっていて、金銭感覚の訓練になっていなかったような……

 まあ、私はお金を持っていないので買い物をすることもできないのですが。


 ここでの生活にもだいぶ慣れました。自立にはまだかかりそうですけど。

 多少余裕ができたためか、最近はよく夢を見ます。

 不思議な夢です。自分でもすっかり忘れたと思っていたことが、夢の中では鮮明に再現されます。

 これは、ホームシックというものでしょうか?

 昔のことを色々と思い出しました。


 ミシェルさんには助けていただいたことがあったのですね。

 あの時はぼんやりしていて誰が誰だかよく分かっていませんでした。

 聖女の務めと言えばたいがいの無理は通るので、ミシェルさんには失礼なことを言ってしまいました。

 そんな私を聖堂まで送ってくださったミシェルさんはとても優しい人です。

 今頃、アベール殿下と仲良く過ごしているのでしょうか?

 無理して聖女の務めに挑んでいなければよいのですが。


 聖女の務めのために聖堂に向かう途中で大怪我をしている人に出会ったこともありました。

 あれは本当に驚きました。

 王宮の周辺はとても治安の良いところです。事件も事故も滅多に起きません。

 この辺りを通るのは王族や貴族でだいたい供を連れていますし、警備の衛兵さんもこまめに巡回しているので大声を上げれば駆け付けてくれます。

 だから、軽い怪我くらいならばともかく、全身血だらけで今にも死にそうな人が倒れている何と思いもしませんでした。

 思わず全力で治癒魔法を使ってしまいました。

 私は治癒魔法は禁止されていたので、意識の戻った男の人に黙っているようにお願いしたのですが、その日の聖女の祈りの後で倒れてしまい、バレました。

 ふ、普段はもっとうまくやっているんですよ。最低限の止血と痛み止め程度なら倒れるところまで行きませんし。

 それから、屋敷を抜け出して治癒魔法の練習をしていたのは子供の頃、聖女になる前だったからノーカウントです!

……私は誰に向かって言い訳しているのでしょう?


 こんな感じで、私もすっかり忘れていた昔の出来事を何度か夢に見たのですが、昨晩見た夢はまたちょっと変わった不思議な夢でした。

 あれは夏至祭の光景でした。何故かそれははっきりと分かりました。

 けれども、私が見たことのある夏至祭ではありません。

 夢の中では、多くの人が歌い踊っていました。

 グランツランド王国の夏至祭とは明らかに違います。

 聖女の仕事は年に一日だけお休みがあります。それが夏至祭の日です。

 何故か夏至の日だけは聖女の祈りを捧げなくても、翌日の聖女の祈りの負担は増えません。

 だから、毎年夏至祭の日は王宮二階のバルコニーからアベール殿下や国王陛下と一緒に、この日だけは全国民に開放される王宮前の公園に集まった人々に手を振ったりしました。

 あれ? 結局休みになっていなかったような……

 王宮から見下ろした夏至祭の王都は屋台なども出てとても賑やかでした。けれどもみんなで歌ったり踊ったりはしません。

 大道芸の人が謳ったり踊ったりするくらいで、大勢で踊るようなことはありません。

 私はこれまでグランツランド王国、それどころか王都から出たこともありません。王都以外の夏至祭を見たこともありません。

 夏至祭以外でもあのような歌や踊りを見たことはありません。

 あの夢の光景は、どこから来たのでしょうか?

 ただの夢と言えばそれまでなのですが、ただの夢というには妙に鮮明で、現実味がありました。

 それに、夢の中に出てきた皆さんは、とても楽しそうでした。

 何だか遠い異国の言葉のようで、歌の意味はよく分かりませんでしたが、踊りの方ははっきりと憶えています。

 確か、こうして、こうやって……


「ソフィア様……? 一体何をなさっているのですか?」


 その時やって来たのが、メイドのメアリーさんでした。

 どうしましょう? メアリーさんが何だか私のことを残念な人を見るような目で見ています。


「えっと、夏至祭の踊りです……」

「……グランツランド王国では夏至祭でそのような踊りを踊るのですか?」


 ど、どうしましょう? メアリーさんの中で、グランツランド王国が残念な国になってしまいます!


「い、いえ、夢の中で見た踊りなのですけど、楽しそうだったので再現してみようと思いまして。」

「まあ、夢で見た踊りなのですか。こんな感じですか?」

「はい。あ、腕はもう少しこんな感じで……」


 なんだかんだ言って、付き合ってくれるメアリーさん。とっても優しいです。


………………。

………………。

………………。


「凄いです! メアリーさん、完璧です!!」


 しばらくメアリーさんと踊り方を確かめていると、夢で見た踊りとそっくりになりました。


「そうですか? 確かに面白い踊りですね。あ、ソフィア様、足が少し違っています。こうです。」

「え? こうですか?」


 あれれ? 私がメアリーさんに踊りを教えていたはずなのに、私の方が指導されています!?


「ソフィア様~、朝食の用意ができました……何をやっているんですか?」


 今度はメイドのアンナさんがやって来ました。朝食のお誘いのようです。

 今日は朝食前にひと運動してしまいました。


「ソフィア様が夢で見たという踊りを試していました。」

「へえ、面白いですね。こんな感じですか?」


 アンナさんも私達をまねて踊りました。あまり複雑な動作ではないので、すぐに覚えられるようです。


 しばらく三人で踊っていて、この日私は朝食に少し遅れました。


◇◇◇


「あれは……、何をやっているんだ?」


 屋敷の主であるカールハインツは、執務室から窓の外を眺めてぼそりと呟いた。

 窓の外、屋敷の中庭では、メイドたちが輪になって奇妙な踊りを踊っていた。


「あれは、ソフィア様が夢で見た『夏至祭の踊り』だそうです。」


 側で控えていた執事が説明する。

 どうやら、ソフィアと一緒に踊った二人から、他のメイドにも踊りが伝わったようである。


「へー、ソフィアさんが夢で見た踊りか……」


 しばらく窓の外を眺めていたカールハインツは、仕事を中断すると椅子から立ち上がった。


「こんな感じかな?」


 そして、見よう見まねで踊り出した。


「こうで、ございますな。」


 執事も一緒になって踊り出した。

 仕事の息抜きに軽く体を動かすことは良いことだと判断したのだろう。

 主従揃って奇妙な踊りを踊った。


 この後、デリエ領主の屋敷では、奇妙な踊りを踊る使用人たちの姿が度々見られるようになった。

 仕事の合間に軽く体を動かしてリフレッシュするにはちょうど良いらしい。


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