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追放された聖女は亡国の夢を見る  作者: 水無月 黒


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第三十二話 そして、光へ

・2024年6月30日 誤字修正

 誤字報告ありがとうございました。

「それでは先に進みましょう……あら?」


 自分の使命を思い出したソフィアが、再び怨霊を目指して進もうとしたが、そこで一つ問題に気が付いた。


「どちらへ進めばよいのでしょう?」


 周囲は相変わらず真っ暗闇。

 既に王宮の中に入っているはずだが、怨霊が何か細工でもしているのか、ここまでまったく物理的な障害物に出くわしていない。

 それは門や通路を手探りで探しながら進む必要が無いのだが、逆に言えば手探りでも現在地や方向を確かめる術がなかった。

 怨霊は中心にいるだろうからと闇の中に入ってからは真直ぐに進んでいたのだが、亡者への対応を行ううちにすっかり方向を見失っていた。


「困りました。魔力の流れを見れば怨霊のいる場所が分かるかと思ったのですが……」


 黒いドームの内部は怨霊が支配しているためか、特定の方向に向かう魔力の流れは見つからなかった。


「仕方ありません。適当に歩いてみましょう。外に出てしまったら、また入り直せば良いのですし。」


 先ほど別れたアベール達の前に出てしまったらちょっと格好悪い、などと思いながら歩き出そうとしたとき、ソフィアは視界の端に何かを捕らえた。

 闇に浮かぶ白い指先。

 その指が繋がる掌。

 まっすぐに伸ばされた細い腕。

 腕を伸ばした人の姿。

 先ほどの亡者と同じく、死した人なのだろう。

 しかし、その姿を見たソフィアは瞠目した。


「セシリア、姉様?」


 それは、先代の聖女セシリアだった。

 セシリアはソフィアに微笑みかけると、指さす方向へ向き直った。


――お行きなさい。


「はい、姉様。行ってまいります。」


 ソフィアは迷うことなく歩み出した。

 しばらく進むと、再び人影が現れた。


「……スーザン叔母さま。」


 それは、先々代の聖女だった。

 同じように一方向を指さす聖女スーザンに一礼して、ソフィアは先を急いだ。


 その後もしばらく進む度に、聖堂の肖像画でしか見たことの無い歴代聖女が現れ、一方向を指さした。


(私は独りではありません。)


 ソフィアは確信していた。


(アベール殿下、ミシェルさん、カールさん、シャルルさん。たくさんの人に支えられてここまで来ました。)


 次々に現れる聖女の指示す方へ、真直ぐに進んで行く。


(そして今、歴代の聖女に導かれています。)


 それは三百年の思いを連ねた道標。


(私はもう迷いません。この先に怨霊がいます。)


 そして最後に現れたのは、初代聖女。


「アメリア様!」


 彼女もまたソフィアの微笑みかけ、進むべき先を指し示す。


――あの方々を、お願いします。


「はい。任せてください!」


 そして、ソフィアは歩み出す。

 闇の最奥。

 怨霊の下へ。


◇◇◇


 闇の最奥。

 おそらく聖堂のあった場所にそれはいた。


 怨霊。


 それは、仮の名称である。

 虐殺されたドラクレイル族の怨念の集合体。

 おそらく既に個人としての意識はなく、共通の思いが重なり合って強化された状態になっていると考えられていた。

 共通の思い、それはすなわち、自分たちを滅ぼした者への恨みと復讐であろう。

 怨霊の誕生した経緯と、死霊を生み出して人を襲う行為からそう考えられた。

 多くの思いが重なって強化され、三百年かけて研ぎ澄まされてきた意志は強固だろう。

 対話に応じるとは限らない。

 対話が可能でも譲歩する余地があるとは思えない。

 それでもソフィアは臆することなく向かって行く。


「さあ、お話ししましょう。」


 それが聖女三百年の悲願だから。

 祖先の罪を受け継ぐ者の義務だから。

 何よりも、ソフィア自身が望んだことだから。


「どうか、あなた方の思いを聞かせてください。」


 闇の中に浮かぶのは、闇よりもさらに黒く深い闇。

 怨霊は人の姿をしていなかった。

 三百年の間に削ぎ落とされてしまったのか、手も足も頭も無く、ただ縦長の丸い物体にしか見えなかった。

 およそ人とは思えない姿の物体、しかしそこには強い意志が感じられた。

 手も足も無く、目も耳も無いが、確かにこの漆黒の空間を支配する意思だった。

 近付いてきたソフィアに、その物体――怨霊からの思念が伝わって来る。


――すまなかった。


「……え?」


 それは、あまりに予想外の言葉。ソフィアは一瞬反応できなかった。

 怨霊から伝わってきた思いは、怨みでも怒りでも復讐でもなく、強い後悔だった。


――我々は間違えてしまった。光神教を憎むあまり、味方となる者さえも頑なに拒んでしまった。


「そんな! 間違ってしまったとしても殺されて良いことにはなりません。やはりあなた方は被害者なのです。」


――いや、他者を拒み続けていればいずれは滅びるしかなかった。我々は光神教とも向き合わなければならなかったのだ。


 それこそが、ドラクレイル族の後悔。

 皮肉なことに、三百年前の時点で光神教の異教徒に対する迫害はピークを過ぎていた。

 グランツランド王国が建国された後、各国は力を持ち過ぎた光神教を抑え、少数派になった宗教を保護するようになった。

 少し時代がずれて、軟化した光神教を見ていれば、悲劇は起こらなかったかもしれない。


――しかし、生への執着と一時の復讐心から死霊を生み出してしまった。死霊の暴走はもはや我々にも止められない。


「そんなことって……」


 全ては不幸なすれ違いだった。

 ドラクレイル族は光神教と折り合いをつける機会を頑なに拒んでしまった。

 グランツランド王国は過激な行動に走るドラクレイル族の一部の者に手を焼いた結果、説得を諦めて虐殺するという短絡的な手段に出てしまった。

 ほんの少し先を見通すことができれば、そんなことをする必要はないと理解できたはずだ。

 グランツランド王国では光神教会は強い権力を持たなかった。異教徒の弾圧を始めれば国に裁かれるので、無理に排斥する必要はなかったのだ。

 ドラクレイル族の抵抗にしても、感情的に反発していただけで他に道が無いことは多くの者が理解していた。時間をかければ説得できたはずだった。

 本当なら不要であったはずの虐殺が行われ、怨霊が誕生した。

 しかし、怨霊と名付けられた原因である死霊の大量発生は、彼らの本意ではなかった。

 もちろん、虐殺が行われた当初は、非道な行為に対する怒りも憎しみも復讐心もあっただろう。

 しかし、それらの思いは三百年の間に消えてしまった。ドラクレイル族の未練の本質ではなかったのだ。

 後に残ったのはやり場のない後悔と、人々を脅かす死霊の発生。

 誰にとっても望まない結果だけだった。


――どうか、我々を終わらせて欲しい。


 それは、無謀な願いだった。

 地脈と一体化した怨霊は、普通の浄化魔法でも対死霊用の様々な術でも強制的に祓うことは不可能だ。

 どれほど強力な魔法でも、地脈の膨大な魔力には力負けしてしまう。

 同じ地脈の魔力を利用した聖女の魔法であっても、肉体にかかる負荷と言う制限がある以上怨霊に負ける。

 聖女の手法である対話と交渉はある意味成功しているが、怨霊自身にもどうにもならないのでは意味がない。

 もはや打つ手はないと思われるのだが……


「分かりました。私に任せてください。」


 しかし、ソフィアは躊躇うことなく答えた。

 彼女には勝算があった。

 怨霊は既に死霊を生み出して人を殺したいとは思っていない。

 それは怒りと憎しみと復讐心に満ちていた時に得た能力なのだろう。

 だが、その怒りや憎しみや復讐心が抜け落ちた後、自らのありようを変えるだけの意思の力も失ってしまった。

 膨大な魔力が流れる地脈を制することは困難なのだ。その地脈と一体化している怨霊とて例外ではない。


(ですが、彼らにその気があるのなら、足りない部分を外から補えばよいのです。)


 怨霊に影響を与えることは地脈に干渉することに等しい。普通ならば不可能なのだが……


(幸い結界を維持するための魔法装置があります。聖女の結界が無くなった今、直接地脈に干渉できます。後は聖女の祈りと同じです。)


 ソフィアは膝を付き、祈り始めた。


(くっ……。久し振りの聖女の祈りはやはりきついです。ですが、私もこの日のために健康な体を取り戻したのです!)


 同じ地脈の魔力とは言え、聖女の結界の調整用に作られた魔法装置で地脈と一体化した怨霊に干渉するのは勝手が違う。

 体にかかる負担はそれだけ大きくなる。

 それでも、命を賭しても成し遂げると、ソフィアは気合を入れた。


 人の手で合理的に設計された結界と異なり、怨霊を構成する魔力は荒々しく複雑怪奇だ。

 目に見える姿はあんなにもシンプルなのに、魔力の流れを追うと複雑に絡み合い縺れ合い何が何だか分からない。

 怨霊の全容を把握するだけでも骨が折れるが、そうこうする間にも膨大な魔力の奔流にソフィアの魔力が削られて行く。

 自身の魔力が尽きれば、次に削られるのは生命力だ。そうなってしまうと、残り時間はわずかしかない。

 予想外の難作業に焦りながらも、ソフィアは何としてでもやり遂げようと急ぐ。


 その時、ソフィアはふと体にかかる負担が和らいだことを感じた。


――大丈夫。

――あなたなら出来るわ。


「セシリア姉様! それに……」


 気が付けば、ソフィアに寄り添うように気配があった。

 姿は見えない。けれどもそれは、ソフィアをここまで導いた歴代の聖女たちに間違いなかった。


(そうでした。これは歴代聖女全ての願いであり望み。私一人だけで行っているのではありません。)


「さあ、あなた方の望む姿を思い描いて下さい。私達が形にして見せます!」


 次の瞬間、膨大な魔力の奔流が吹き荒れた。

 そして、明確な意思と方向性を持って収束して行く。


――ミシリ


 漆黒の空間が軋んだ。

 怨霊の支配する空間だけに、影響を免れないのだ。

 そんな荒れ狂う嵐のような中、ソフィアは真摯に祈り続けた。

 ただ死霊の発生を止めればよいと言うものではない。

 聖女の役割は、生者と死者双方の最良の落としどころを見つけることだ。

 怨霊――殺されたドラクレイル族の集合意識の意を酌みながら、より良き方向に導く。

 そこにソフィアよりも昔から彼らを見守ってきた歴代聖女のアドバイスも加わり、次第に形を成して行く。

 短い時間、ただ祈っているだけに見えるが、膨大な量の処理をこなしていた。


――ピシリ!


 そして、空間に亀裂が走った。

 漆黒の空間に走る白い罅割れ。そこから光が侵入してきた。

 怨霊本体にも変化が現れる。

 縦長の丸い物体から、薄皮を剥ぐように黒い何かが次々と剥がれて行く。

 それは集合意識の中に統合されていた人々の魂だったのかもしれない。

 光に当たると、溶けるように天に向かって行った。


 やがて、黒い空間は粉々に砕け、周囲は光に満たされた。

 怨霊もどんどん小さくなり、闇よりも深い黒から白っぽい色へと変化して行った。


――ありがとう。


 怨霊――いや、かつて怨霊と呼ばれた集合意識を構成する者達にとっても満足できるものだったのだろう。

 感謝の言葉を残しながら天へと召されて行った。


――最後に、我々の悲願を託したい。


 そうして、怨霊は完全に消滅した。


歴代聖女は、昔は同じ時期に複数の聖女がいたこともあり、30~40名くらい存在します。全員並べるとすごい光景になるでしょう。

今回の話は、作中で劇的な死を遂げた者がいれば、敵も味方もまとめて顔を出す場面です。

本作では直接的な死の描写を避けていたので、代わりに歴代聖女大集合にしました。

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