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第三話 始まりの話

◇◇◇ 七年前 ◇◇◇


「聖女様が倒れました!」


 その知らせは王宮を震撼させた。

 普段は泰然とした態度を崩さない国王アレックス・ラグバウトでさえ、この時ばかりは驚愕を隠せなかったという。

 だが呆然としていたのは一瞬だけ、国王は矢継ぎ早に指示を出した。


「急ぎ詳しい容体を確認せよ! フローレンス家と連絡を取り合い、必要な支援を全て行え! 聖女セシリア殿の回復を最優先とする!」


 王宮は慌ただしく動き出した。

 しかし、国家権力を総動員しても解決できない問題は存在する。


「しかし、困りましたな。現在セシリア様の代わりに聖女様の職務を行える者はおりません。」


 一通り指示を出し終えると、結果が帰って来るまでしばし間があく。

 そのタイミングを見計らって宰相が国王に話しかけた。


「うむ。我が国の弱点が露呈してしまったな。今はセシリア殿の治療に全力を注ぐが、もしもの時は……」

「陛下! フローレンス神聖伯がお見えになりました。」

「何!? すぐに通せ!」


 国王が最悪の事態を考えて口籠ったところで、新たな来客があった。

 聖女の実家であるフローレンス家の当主である。

 代々聖女を輩出してきたフローレンス家には、フローレンス家専用に作られた「神聖伯」と呼ばれる爵位が与えられていた。

 すぐに通されたフローレンス神聖伯を見て国王は一瞬怪訝な表情を浮かべたが、今はそれどころではないとすぐに切り替える。


「フローレンス神聖伯、セシリア殿のお加減はいかがかな? 必要なことがあれば言ってくれ。国としても全面的に支援することを約束しよう。」

「セシリアは最善を尽くして治療を行っております。しかし、今日伺ったのは最悪の事態を考えてのことです。」

「それはいったい……まさか!」


 国王は思わずフローレンス神聖伯を、いや、その横に連れてこられた少女を凝視した。


「この娘、ソフィアを聖女にします。」


 そう宣言するフローレンス神聖伯に、国王は戸惑った。


「ソフィア嬢は、まだ子供ではないか?」

「既に聖女になるための修行は終えております。」

「だが、体力的に耐えられるのか?」


 一般には知られていないが、聖女の仕事は体への負担が大きい。これまで能力はあっても未成熟な子供のうちや虚弱な者は聖女に任ぜられないのが通例だった。

 耐えきれなければ、死ぬことすらあり得る。


「分かりません。これは賭けです。」


 だが、フローレンス神聖伯は危険を承知で賭けに出るつもりだった。


「聖女の祈りが一度でも途切れれば、再開した時に祈りの負荷はその分強まります。セシリアが順調に回復しても病み上がりの体に数日分の負担を一度に受けるのはつらいものがあるでしょう。」


 病に倒れたセシリアのため。


「そして万一にもセシリアが聖女を続けられなくなった場合、幼いソフィアには通常より大きな負担に体が耐えられないでしょう。」


 まだ幼いソフィアのため。


「やるしかないのです。今聖女の祈りを途絶えさせれば、この国は終わります。」


 そして、祖国のため。

 全てを失わない可能性に賭けたのだ。


「……分かった。ソフィア・フローレンスを聖女として認めよう。ソフィア嬢、お願いできるかな?」

「はい! セシリアお姉さまのような立派な聖女になって見せます!」


 迷いないソフィアの答えに、国王も一つ覚悟を決めた。


「ソフィア嬢をアベールの婚約者とする!」

「陛下!? 何を……」


 突然の国王の発言に、フローレンス神聖伯も当惑気味だ。


「今後ソフィア嬢、いや聖女ソフィアは王家も全力で守る。そのくらいのことはさせよ。」

「……御意に。」


◇◇◇


 懐かしい夢を見ました。

 あれは私が十二歳の頃、聖女になった日の出来事です。

 当時は流行り病が蔓延していたそうです。

 症状は発熱と咳、人によっては頭痛や下痢、喉や関節の痛みを訴えますが、軽症の人は数日で自然に治ります。

 けれども、子供やお年寄り、栄養状態が悪くて体力のない人などでは悪化することがあります。稀に若くて体力のある人でも重症化することもあるそうです。

 この流行り病で多くの人が亡くなりました。

 先代の聖女だったセシリア姉さまもこの病に罹り、運悪く重症化してしまいました。

 治癒魔法も万能ではありません。

 治療を受ける側も体力を使いますので、既に弱っている患者さんに不用意に治癒魔法をかけると却って寿命を縮めることになりかねません。

 流行り病は治癒魔法と相性の悪い病気の一つです。

 例えば発熱は体が病気を治そうとする働きの表れだと考えられています。

 だから治癒魔法をかけるにしても慎重に行わないと、発熱がより酷いことになってしまいます。

 体を治すための反応であっても、症状があまりに酷くなるとそれが体を傷付け、死に至ることすらあります。

 カールさん……カールハインツ殿下の場合も、傷口が汚れたまま治療魔法をかけると化膿して腫れ上がる恐れがありました。

 流行り病の類はそうした症状が悪化する危険な反応も多いので、治癒魔法で一気に治すよりも症状を抑えながら慎重に治療することが多いです。

 セシリア姉さまも慎重に治療が行われましたが、その甲斐なくお亡くなりになりました。

 それ以来、私が聖女を務めてまいりました。……先日までは。


 それにしても不思議です。当時の夢を見て、忘れていたと思っていたことをはっきりと思い出しました。

 あの頃の私は何も知りませんでした。

 聖女の仕事がこんなにも辛く、苦しく、そして悲しいものだということを。

 聖女の修行中にもセシリア姉さまから色々と話は聞いていました。


――聖女のお仕事はね、大昔に生きていた人達の未練や後悔を聞いてあげることなの。辛い思いを誰かが聞いてくれると、少しだけ心が軽くなるでしょう?


 その言葉の意味を本当に理解したのは、初めて聖女の祈りを捧げた時でした。

 苦しみ、悲しみ、憎しみ、怒り。何十人、何百人もの渦巻く感情に耳を傾け、慰撫すること。それが聖女の務めでした。

 気力も体力も消耗します。セシリア姉さまは、病に打ち勝つ体力が残っていなかったのでしょう。

 それから――

 アベール殿下との婚約はただの政略結婚ではなく、王家が聖女を守るという意味があったのですね。

 婚約を破棄された私は、もう守る価値もないということなのでしょうか?


 帰れない祖国のことも気になりますが、それよりも今は自分のことです。

 カールハインツ殿下に連れられてアウセム王国の都市、デリエに到着して今日で五日目になります。

 私は未だにカールハインツ殿下のお世話になっています。

 いつまでもお世話になっているわけにはいきませんから、どうにか自立したいのですが、なかなかに難しいのです。

 私にもできる仕事は何かないか? 頑張って考えてみました。

 私は治癒魔法が使えます。カールハインツ殿下によれば私の治癒魔法はよく効くそうです。

 だから、治癒魔法を使って怪我人を治す仕事をすれば、と思ったのですが……


「無理無理、病人よりも顔色の悪い治療師にかかりたいと思う患者はいないよ。まずは自分の体の心配をしないと。」


 などと言って、カールハインツ殿下に止められてしまいました。

 私って、そんなに顔色が悪いのでしょうか?

 そう言えば、殿下だけでなく屋敷の色々な人から「顔色が悪い」「痩せすぎ」「ちゃんと食べてるの?」等々と言われてしまいました。

 屋敷に来た当日は慣れない馬車旅で少し疲れていましたが、翌日には普段よりも元気だったくらいです。

 未だに顔色が悪いと言われるのは解せません。

 今よりも調子の悪い時にもちゃんと聖女の務めを果たして来たんですよ、私は。

 まあ、それで聖女の祈りの後で……倒れてしまったことも……ありました……けど……

 言われてみれば、国でも「もっとたくさん食べて体力をつけるように」とか「今日はもう他のことはいいから帰って安静にしているように」とか言われたことも何度もありました。

 あれ? 私って、自分で思っているよりも不健康だったのでしょうか?

 どうしましょう、反論できません。


「それに、治療費の相場とか、生活費がどれくらいするかとかもよく分かっていないんじゃないかい? もう少し元気になったら街に買い物にでも行こうか。僕が案内するよ。」


 うぅ、確かに私は世間知らずです。金銭感覚は皆無です。返す言葉もございません。

 仕方がありません。今はカールハインツ殿下の厚意に甘えることにします。

 屋敷においてもらえる間に、どうにかして体力と知識を身に着けましょう。

 とりあえず、放り出されても野垂れ死にしない程度の生活力は身に着ける必要があります。


 私はまだ死ねません。


 今は国外追放され、帰国できない私ですが、いずれ呼び戻されると思います。

 姪のレティシアはまだ聖女の修行を始たばかりで、それ以前に幼過ぎて聖女の祈りを行うだけの体力がありません。

 聖女の素質を持たない者では、体力魔力が人並み以上でも耐えきれるものではありません。

 無茶をして犠牲者が出ていなければよいのですが。

 いずれにしても、どこかで気付くはずです。聖女でなければ結界は維持できません。

 そうなれば、私を呼び戻すことになるでしょう。

 聖女の祈りが何日も、下手をすれば半年間も途絶えた後に行う聖女の祈りは通常の何倍、何十倍もの負荷がかるでしょう。

 おそらく私でも耐えきれません。

 それでも、ほんの数日でも結界の崩壊を延ばせたら、助かる命もあるでしょう。

 それが私の、聖女としての最後の務めになります。それまでは、死ねません。



 あれ?

 国王陛下は、聖女の仕事の重要性をきちんと理解していたはずです。

 そして、聖女不足が問題になっていることも。

 昔は聖女が二、三人いて、交代で聖女の祈りを捧げていたそうです。

 たとえ私よりも優秀な聖女が現れたとしても、私を手放す理由にはなりません。

 ミシェルさんが真の聖女だったとしても、ミシェルさんに何かあった時の予備として私は必要です。

 まあ、セシリア姉さまが十人もいれば私はお払い箱になるでしょうけれど。そんな夢のようなことは起こり得ません。

 国王陛下が私の国外追放を認めるのはおかしいのです。

 一体何が起こっているのでしょうか?


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