第二十九話 王都の攻防4
「裏路地に大量の死霊が入り込んでいることを確認しました!」
「……ついに、来たか。」
恐れていた報告に、アベールは覚悟を決めた。
表通りからやって来る死霊に対してはまだまだ余裕がある。一月でも二月でも戦い続けられるだろう。
だが、裏路地の死霊はどこの封鎖を破って入って来るか分からない。
防衛線が無くなれば乱戦になる。
数を増やし続ける死霊に呑まれて、やがて力尽きるだろう。
「監視要員を引き上げさせろ。人の気配を感じて向かってきたら、この程度の封鎖はすぐに破られるぞ。」
アベールは指示を出す。これで終わりにしても、終わり方がある。
「シャーリー、バートレット嬢、治癒師を率いて攻撃に回ってくれ。魔力が尽きても良い、周囲の死霊を一掃してくれ。」
「分かったわ。」
「承りましたわ。」
虎の子の治癒師を攻撃に出した。
これ以降は回復を考えない最後の戦いになる。
ただ、強力な浄化魔法によって周囲の死霊を一掃すれば、最後の戦いまでに少しだけ時間を稼ぐことができる。
半刻とかからずに、治癒師の部隊は周囲の死霊を一掃して帰って来た。
やはり対死霊特化の魔法は強力だ。
その代り魔力をほとんど使い切ったから、少なくとも半日は簡単な治癒魔法も使えないだろう。
死霊はそれまで待ってくれない。
「皆、ここまでよく戦ってくれた。おかげで予定していた期間、死霊の足止めをすることができた。」
死霊のやってこないわずかな時間を利用して、アベールは拠点の全員を集めていた。
「だが、残念ながらこの拠点はもう持たない。まだまだ戦い足りない者もいるだろうが、これより最後の戦いを行う。」
アベールが作戦を説明し、最後の戦いが始まった。
「まず、近衛騎士全員で死霊を迎え撃つ。無理に倒す必要はないが、どこの封鎖を破って死霊が現れるか分からない。油断はするな!」
作戦そのものは単純だ。
最初は再びやって来る死霊を近衛騎士たちが迎撃する。
これまで最終防衛線では障害物に隠れながら偶然入ってきた死霊だけを倒していたが、今回は堂々と姿を見せて向かって来る死霊を引きつけて討つ。
また、細い路地の封鎖を破って現れる死霊については、近衛騎士全員が出ることで、数で対応する。
後先考えない全力出撃である。
戦闘が派手になる分、引き寄せられてやって来る死霊の数も増えるだろう。
「ある程度死霊が集まったら、退路を確保しつつゆっくりと後退せよ。」
行動の単純な死霊は、引けば追って来る。
全力で引き離せばまだしも、ゆっくりと後退すれば大量の死霊を引き連れることになる。
普通ならば味方を危険にさらす行為だが、罠を張っておけば死霊を一網打尽にすることも可能だ。
「ここまで連れてきたら、まとめてふっ飛ばしてやろう。」
そう言うアベールの背後には、大量の火薬が積み上げられていた。
火を付ければ、周辺一帯をまとめて吹き飛ばすだろう。
これが結末。
アベールは、自分たちごと死霊を吹き飛ばそうとしているのだ。
正真正銘、最後の戦いである。その先は無い。
「兄様、この火薬を使って攻撃すれば、もっと楽に戦えたんじゃないの?」
「いや、爆音が死霊を呼び寄せるし、周囲の建物を破壊するから死霊に侵入されやすくなってしまうのだ。」
シャーリーの疑問にアベールが答える。
この世界では火薬を戦いに使うという発想が無い。爆発させるタイミングをコントロールする方法が導火線の長さ以外ないからだ。
導火線が長くなるほど爆発する時間にばらつきが出るため、敵を攻撃するには向かいなのだ。
火薬を使って確実に攻撃できる手段が、自爆しかなかった。
「それに、父上を我々の姿をしたゾンビと戦わせるわけにはいかないだろう。」
自分たちがそのままの姿で死霊になることを防ぐためにも、最後は死体を残さずに散る必要がある。
そのための自爆だった。
――カタカタ、カタカタ、カタカタ
やがて響いてくる骨の音。
近衛騎士たちが戻ってきたのだ。大量の死霊を引き連れて。
やはり死霊はスケルトンばかりのようだ。
ゆっくりと後退する近衛騎士を追って、骸骨の軍団が進んで来る。
アベールが待つのは仮司令部を置いた銀竜亭の前、大通りの真ん中だ。
この辺りの区画は商店が密集していて、一定距離細い路地から死霊が入り込んでくる恐れが無い。
その大通りの左右から、近衛騎士に先導されるようにして、死霊の群れがやって来る。
――カタカタ、カタカタ、カタカタ
――カタカタ、カタカタ、カタカタ
近衛騎士たちは、戦いながらゆっくりとこちらに向かって来る。
障害物に頼らずに、死霊を後ろに通さないのは精鋭ならではだ。
集中力が持たないだろうから長時間は無理だが、この場所まで連れて来るだけならば完璧に死霊を制して見せるだろう。
――カタカタ、カタカタ、カタカタ
――カタカタ、カタカタ、カタカタ
――カタカタ、カタカタ、カタカタ
途中で時々止まるのは、脇道から合流する別の部隊を待つためだ。
近衛騎士が近付くにつれ、向かって来る死霊の数も増えて行く。
合流する手順を間違えると死霊の只中で孤立する部隊が出て来るのだが、そこはうまくやっているようだ。
近衛騎士を追う死霊の数が増えても、道幅が限られているから直接戦う死霊の数は変わらない。
一方で、合流する度に近衛騎士の数は増えるから、次第に守りは楽になる。
――カタカタ、カタカタ、カタカタ
――カタカタ、カタカタ、カタカタ
――カタカタ、カタカタ、カタカタ
――カタカタ、カタカタ、カタカタ
そして、ついに最後の十字路を通り過ぎる。
ここから先は脇道はない。
この通りには、道の端に一定間隔で火薬を詰め込んだ樽を並べてある。
真ん中でアベールが自爆用の火薬に火を付ければ、連鎖的に誘爆して通りに入った死霊をまとめて吹き飛ばすだろう。
後はなるべく多くの死霊を引き付けるだけだ。
近衛騎士たちはゆっくりと下がり続ける。追ってきた死霊が密集状態を維持するように。より密集するように。
後は最も多くの死霊を巻き込むようにタイミングを見計らって火薬に火を付けるだけ。
アベールは、火種として手にした松明を握りしめた。
――カタカタ、カタカタ、カタカタ
――カタカタ、カタカタ、カタカタ
――カタカタ、カタカタ、カタカタ
――カタカタ、カタ
「……は?」
アベールは一瞬、呆然とした。
死霊たちが、唐突に動きを止めたのだ。
見える範囲全ての、大通りを埋め尽くす死霊が、微動だにしない。
今まで戦っていた近衛騎士も、アベール達も無視して、別の何かを眺めていた。
「待って、何か聞こえるわ!」
死霊たちが動きを止め、戦いの喧騒も、スケルトンの骨の鳴る音も消えたことでようやく聞こえて来た微かな音。
いや、それは声だった。
――天の恵み降り来たり。
――地の息吹満ち溢る。
――季節は廻りて時を刻み。
――命は廻りて世界を駆ける。
――生ける者に祝福を。
――死せる者に安寧を。
――廻る世界に幸多かれ。
歌うような言葉が遠くから静かに響いた。
そして、何か暖かいものが通り抜けた。
「おお、力が湧いてくる!」
すると、死霊との戦いで傷付き疲れ気力で戦っていた近衛騎士たちが、次々に元気を取り戻して行った。
それだけではない。
「死霊が、崩れていく……」
動きを止めていた死霊が静かに崩れ、砂のように細かく砕けて消えて行った。
もう、見える範囲に死霊の姿は存在しなかった。
「これって、もしかして広域浄化魔法?」
「嘘!? こんな広範囲の浄化は人間技ではないわ! いったい誰が?」
数名の治癒師が手分けをして倒した死霊よりも数多い死霊を、一瞬で土に還したのだ。
そんなことができる人間が存在するとは信じられなかった。
その人外の行為をやってのけた人物が、死霊の消えた大通りにひょっこりと現れた。
「ソフィア!」
「ソフィアさん!」
「ソフィアお義姉様!?」
それはこの場にはいないはずの人物、ソフィアであった。
「まあ、アベール殿下にミシェルさん、それにシャーリー殿下まで。御無沙汰しております。」
場違いにのんきな声で返すソフィア。
「ソフィア・フローレンス、ただいま帰還いたしました。」
聖女が王都に帰還した。




