第二十八話 王都の攻防3
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――カタカタ、カタカタ、カタカタ
乾いた音が響き渡る。
――カタカタ、カタカタ、カタカタ
それは骨の打ち合う音。
――カタカタ、カタカタ、カタカタ
住民の消えた街を、代わりとでもいうかのように跋扈するのは無数の骨――スケルトンだ。
――カタカタ、カタカタ、カタカタ
今回は三百年前とも、二百年前とも違った。
現れた死霊のほとんどがスケルトンだったのだ。
一つは火葬を徹底した結果だった。死体が残っていなければゾンビにはならない。
また、ゴーストは時間と共に自我を失い、怨霊に吸収されて行った。
結果的に残ったのがスケルトンだった。
――カタカタ、カタカタ、カタカタ
現れた死霊は、人を見つければ襲ってくるが、そうでなければふらふらと無目的に歩き回る。
その結果、まるで王都の住人の様に死霊が街を歩き回っていた。
――カタカタ、カタカタ、カタカタ
死霊は何も考えずに歩き回っているが、それ故に時間と共に広範囲に広がって行く。
今はその大部分が王都内にいるが、やがては王都の外にも滲み出て、旧グランツランド王国の領土全体に広がって行くだろう。
――カタカタ、カタカタ、カタカタ
大部分の死霊が王都内にいる理由は、まだ王都に生きた人間がいるからだった。
死霊は大雑把に生者の存在する方向が分かるらしく、そちらに向かう傾向がある。
アベール達の努力は、間違いなく功を奏していた。
――カタカタ、カタカタ、カタカタ
その代り、彼らは逃げ場を失った。
王都には既に万を超える死霊が溢れていて、今なお増え続けている。
当てもなくふらふらと彷徨っているだけに見える骸骨だが、一度人間を見つけるとたちまち群がって来る。
この分厚い死霊の包囲網を突破して王都の外に出ることは非常に困難だ。
――カタカタ、カタカタ、カタカタ
たとえ王都の外に出られたとしても、大量の死霊を引き連れることになる。
足を止める度に囲まれ、襲われるだろう。
それを突破して国外に出たとしても、死霊が何処まで追いかけて来るか分からない。
他国まで死霊を引き連れてしまえば被害を拡大するし、せっかく受け入れてもらった避難民も追い出されてしまうかもしれない。
――カタカタ、カタカタ、カタカタ
だから、彼らは最初から脱出することは考えていなかった。
王都に留まり限界まで戦って討ち死にする。
それは最初から決定事項だった。
――カタカタ、カタカタ、カタカタ
なるべく長く死霊を引きつけ続けるために、時間をかけて準備をしてきた。
装備を整え、物資を用意し、作戦を考えた。
けれども、少しずつ確実に、現界は近付いてきている。
――カタカタ、カタカタ、カタカタ
死霊には限りが無い。
死霊を倒す速度よりも、湧き出す速度の方が速い。
屈強な近衛騎士でもいつまでも戦い続けることはできない。
交代で食事と休憩は取っているが、疲労は溜まるし怪我もする。
食糧が尽きるまでもなく、戦えなくなる時が来るだろう。
「戦況はどうだ?」
アベールは最終防衛線から交代で戻って来た近衛騎士に状況を聞く。
もっとも、急を要する状況の変化は伝令が来るから、確認するのは戦場の全体的な印象や戦っている近衛騎士の状況だ。
「三名負傷しました。命に別状はありませんが、しばらく戦力は落ちるでしょう。」
「そうか。負傷者は治療に専念させろ。」
治癒魔法を使えば多少の怪我は治せるが、怪我以前と同じように動けるようになるまでには多少時間がかかる。
戦闘能力の落ちた者を無理して戦わせるよりも、十分に回復してから戦線に復帰させた方が良いと判断したのだ。
怪我人を無理して戦わせるほど切羽詰まってはいない。今は。
「しかし、これで負傷者は十名を超えたか。これ以上怪我人が増えるようなら、防衛線を縮小することも考えるか。」
最終防衛線は文字通り最後の砦であり、ここを破られたらもう後はない。
ただ、防衛線の大きさについてはある程度調節できるようになっていた。
少人数で立て籠もる場合は小さく、大人数ならば余裕を持って広めに場所を確保する。
それができるように、考えられていた。
王都に残った約半分の人間が集まったこの拠点は、最大限に広く防衛線を敷いていた。
戦況の悪化に伴って何段階か縮小することは可能だった。
「私達が前に出ようか?」
そう言いだしたのはアベールの妹、シャーリーだった。
グランツランド王国の王族の一人としてこの戦いに参加した彼女は、治癒魔法の使い手だった。
聖女の代役こそ務まらなかったが、治癒魔法の使い手としては優秀だった。
そして、治癒魔法の使い手はだいたいがセットで浄化系の魔法を習う。これは死霊に特効の魔法だった。
つまり、戦場に治癒魔法の使い手が出れば、より楽に死霊を倒せるようになるのだ。怪我人も減るだろう。
「いや、今は怪我人の治療に集中してくれ。その方が最終的に長く戦えるだろう。ただ、いざとなったら戦闘に参加してもらう。魔力を使い切らないように注意してくれ。」
「わかったわ。」
この拠点には、シャーリー・ラグバウト、ミシェル・バートレットと他に三名の治癒魔法の使い手がいた。
彼女たちが攻撃に加われば、近寄ってきた死霊を片端から倒すことができるだろう。
だが、彼女たちの魔力には限りがある。
一時的には優位に立っても、魔力が尽きたらそこで終わる。その後は怪我人の治療も十分に行えなくなるのだ。
つまり、後先考えない最後の一撃としてしか使えない手だった。
最後とは、全滅する時に他ならない。
◇◇◇
「だいぶ厳しくなってきたな。」
拠点に立て籠もってから数日、状況は徐々に悪化して行った。
食糧問題は解決して士気も高いが、最終防衛線は既に三度縮小していた。
最終防衛線を敷いた初日は怪我人が多かった。
第一から第三防衛線では防衛線の外に死霊を出さないために、近衛騎士たちはあえて姿を見せ、自分たちの方へ死霊を誘導していた。
一方、最終防衛線は少しでも長く生き延びることを目的としている。
そのために用意した仕掛けも、そこで想定した戦術も異なっていた。
それは分かっていたのだが、第三防衛線までの戦い方から切り替えるのに手間取ってしまったのだ。
結果的に多数の負傷者を出して戦力が減ったため、アベールは無理をせず最終防衛線を縮小した。
これが一度目の防衛線の縮小。
元々王都に残った全員が集まっても問題ない広さを確保していたのだ。多少縮小しても問題はなかった。
最終防衛線を縮小し、死霊の迎撃ポイントを減らしたことで戦力不足を解消し、余裕を持って戦えるようにした。
その後、近衛騎士たちも最終防衛線での戦いに慣れ、負傷者が戻り始めるころには簡単には負傷しないようになって行った。
このまましばらく安定した戦いが続くと思われた時、トラブルが発生した。
死霊の侵入を阻むために封鎖していた細い路地が一ヵ所破られたのだ。
止む無く死霊の侵入した区画を放棄した。
これが二度目の防衛線の縮小。
しかし、この時は慌てて死霊の侵入した部分だけ防衛線を下げたので少々歪な形になってしまった。
死霊の迎撃ポイントの数も減っておらず、拠点内の行き来にも曲がり角が増える等の影響が出た。
そこで、守りやすいように最適化するために、三度目の防衛線の縮小が行われた。
これで迎撃ポイントを最低限に減らし、しばらくは安定して戦うことができる、はずだった。
だが、状況はそこまで甘くはなかった。
念のために調べて見たところ、破られる恐れのある路地の封鎖が何ヵ所か見つかったのだ。
死霊は基本的にものを考えない。生者を見つければ襲ってくるが、それ以外ではふらふらと彷徨い歩くだけだ。
その性質を利用して、民家と民家の間の細い路地などは薄い板を打ち付けて路地を隠すことで塞いでいた。
その気になれば簡単に壊せる壁でも、その先に向かう道が見えなければ死霊は素通りしてしまう。
偶然死霊がぶつかって壊れることもあり得るから絶対ではないが、通りを歩く死霊は何も無ければまっすぐ進むから、目隠し程度の封鎖でも十分効果はあるのだ。
高級住宅街と違い、平民向けの住宅街や商店街では細かな路地が多いから、全てを頑丈に封鎖することはできないという事情があった。
しかし、一度破られてこの方法の弱点が見つかった。
一度細い路地に死霊が入り込むと、突当りにぶつかってから方向転換することも多い。
柔な封鎖ではその際に壊されてしまう。
つまり、大きな通りから小さな路地に死霊が入り込むことは防げても、一度裏路地に入り込まれたら内側から封鎖を破られる恐れがあるのだ。
平民向けの繁華街は増改築や建て直しを繰り返していて、裏路地はかなり複雑に入り組んでいる。
完全に死霊の侵入を防ぎきるのは困難だった。
だが、いくら困難でも何もしないではいられない。放置しておけば予想外の場所から死霊に侵入されてあっという間に終わりかねない。
手の空いた者を総動員して死霊の侵入経路を再点検し、封鎖の強化を行った。
「封鎖の確認と強化、終わりました。ですが裏路地は予想以上に複雑です。全ての経路を確認するには手が足りません。」
「それは仕方ない。できる範囲で最善を行えばよい。」
戻ってきた近衛騎士の報告に、アベールは答える。
元々平民の暮らす市街地に対しては、住民の避難が終わるまでは本格的に手を入れることはできなかった。
さらに、今使っている拠点は本来予備の拠点だった。
時間と人手の関係から完璧を期すことは最初から無理だったのだ。
「それでは、全員に通達。最終防衛線を下げる。」
こうして四度目の防衛線の縮小が行われた。
そして、これが最後だった。
これ以上の防衛線の縮小はできない。
ここを破られればもう防ぎきる手段はなかった。




