第二十七話 牧羊犬は戦えない
ジミーこと元シープドックスの諜報員、コードネームコーギーも、ダニー・ハウエルを見直した一人だった。
直接かかわったことはなかったが、ハウエル領領主、ダニー・ハウエルのことは諜報部員の一般常識として知っていた。
捕まることの無い悪徳領主として有名だったのだ。
貴族の犯罪を調査する部署でも、あまりの不正の多さと内容のせせこましさに匙を投げたくらいだ。
その有名な小悪党が、避難民を助けるために手際よくその場をまとめた手腕は非常に優秀に見えた。
元の評価が低かった分、ひときわ有能さが目立った形だ。
しかし、現状はあまり思わしくない。
迎撃態勢を整えることができたから何とか押し止めているが、次第に抑えきれなくなってきている。
数の差も大きいが、避難民を守らなければならないという制約も厳しいものがある。
おそらく兵士だけならばこの数の死霊に対してもやりようはある。
円陣を組んで死角を作らないようにしたうえで、全方位から襲ってくる死霊を順に倒して行けばよい。
完全な乱戦にならなければ、戦いようはあるのだ。
だが、円陣の中に避難民全員を入れて守るには兵士の人数が足りなかった。
それに、全方位から死霊が襲ってくる真ん中に置かれたら、一般人ならパニックを起こしかねない。
だから、避難民より手前で死霊の足止めをして少しずつ倒そうとしていたのだ。
死霊は人間を見つけると真直ぐに向かって来る性質がある。
二台並べた馬車の中央に兵士が纏まっていれば、その兵士を狙って死霊は中央付近に集まって来る。
兵士達は、自分を囮にして死霊の動きをコントロールしていた。
二台の馬車の間に作った死霊が一体ギリギリ通り抜けられる隙間から入って来る死霊を一体ずつ倒して行けば、時間はかかるが犠牲を出すことなく全ての死霊を倒すことも不可能ではない。
一度に相手をする死霊の数を絞った分、直接戦っている兵士の数も減る。
ただし、戦っていない者が暇かと言うとそんなことはない。
「左側、ずれてきている。押し返せ!」
障害物にした二台の馬車は間に合わせのものだ。地面にしっかりと固定しているわけではない。
死霊は障害物を排除して状況を有利にしようと考える頭はないが、逆に馬車に遠慮することも障害物を避けようとすることもない。
馬車にガンガンぶつかって来るから倒れないように押さえたり、時々位置を直したりする必要がある。
その作業に兵士の半数が手を取られている。
しかし、それだけ頑張っても百体近い死霊を馬車二台では止めきれなかった。
死霊は奇麗に整列しているわけではないから、前が止まったからと言っておとなしくその場で待機するとは限らない。
障害物に阻まれて横に広がった死霊の群れが二台の馬車の外側にまではみ出ると、人を見つけた死霊が回り込んでやって来る。
しかし、馬車の左右から回り込んで来る死霊を倒しに兵士がそちらに向かうと、その兵士を狙ってさらに多くの死霊が回り込んで来るのだ。
兵士が中央付近から動かず、死霊が向かって来るのを待てば良いのだが、兵士ではなく避難民の方へ向かわれては元も子もない。
この悪循環により、死霊を止めきれなくなってきていた。
(ここは、俺も動くべきか。)
などと思いはしたが、彼自身にこの局面をひっくり返せるような戦闘力はない。
表の顔のジミーはただの一般人であり、裏の顔のコーギーとしても戦闘は専門外で一般人よりましな程度だ。
自分の正体を明かして戦闘に参加してもさほど役には立たない。
彼の専門は民衆の意識調査と誘導である。
そこで、避難民を戦力にすべく誘導することにした。
まず、避難民の中から若くて体力のありそうな男を数名選んで声をかけた。
ただ、多少体力はあっても戦闘に関しては素人だ。そのまま死霊と戦うのは危険すぎる。
そこで、武器を用意することにした。
男達と連れ立って、障害物にしたのとは別のもう一台の馬車に向かった。
武器と言っても、素人にいきなり剣を渡しても怪我をするだろだろう。
狙いは、角材だ。
馬車が故障した時の修理や避難所での建築資材として馬車に積まれていたものだ。
スケルトンの骨は脆いから、これでも直撃すれば倒すことができる。
それなりに長さがあるから、死霊に攻撃される前にこちらから攻撃することができる。
横に並んで一斉に振り下ろせば、単なる角材でも死霊の一体や二体は楽に倒せるだろう。
兵士と並んで戦うことはできないが、兵士の取りこぼした死霊を叩くくらいの役には立つ。
まさか、ハウエル伯爵が同じことを考えているとは思わなかった。
だが、彼らが率先して剣を取ってくれたことで士気も上がった。
これで兵士の負担が減って戦線を立て直せれば、希望も見えてくる。
ハウエル伯爵と避難民の有志の参戦で、どうにか最悪の事態は回避できた。
しかし、残る死霊を倒し切るにはまだまだ時間がかかる。
長時間の戦闘になると、死霊よりも生身の人間の方が不利だ。
特に訓練も受けていない一般人では、体力も集中力も長く持たない。
まだまだ楽観はできなかった。
(もう少し戦力があれば、一気に殲滅できるのだが。)
兵士の数が十分に多ければ、死霊を包囲して一気に殲滅することができる。
あるいは、騎兵がいれば馬車の向こうへ攻め込んで、機動力で一方的に死霊の数を減らすことも可能だろう。
だが、まだまだ兵士よりも死霊の方が数が多い。一騎当千の精鋭でもない兵士達が攻勢に出るのはまだ先のことだ。
また、騎兵は特殊技能だ。一般の兵士は馬に乗ることはできても、馬に乗ったまま戦う技術までは持ち合わせていない。
死霊は足が遅いから馬に乗って走り回るだけでも攪乱することができるが、数を減らせなければいずれ馬が疲れて捕まってしまう。
結局は今の戦力で地道にやるしかなかった。
そんなことを考えている時だった。遠くから響いてくる異音に気付いたのは。
(何だ、この音は? 蹄の音? 背後からだと!)
その音の意味に気付いたジミーは、大慌てで振り返った。
後方とは避難先であるガザム帝国に向かう道。現状、避難先から危険なグランツランド王国の中心部へまともな人間が向かうはずはなかった。
だが、実際にこちらに向かって来る姿が見えた。
単騎ではない。
馬に乗った人の集団だった。
向うからもこちらを確認したらしく、速度を上げて走って来る。
死霊との戦いに集中していたため、気付くのが遅れたのだ。
(盗賊か? まずい、今襲われたら抵抗できない!)
兵士は死霊にかかりきりで手が離せない。
とりあえず避難民が馬にはねられないように街道の端に退避させる以外に何もできなかった。
その間にも騎馬の一団は見る見る近付いてくる。
その顔まで見えるようになって、ジミーは驚いた。
(あれは、犯罪組織『闇烏』の首領、ケイリー!)
ジミー、いや諜報部のコーギーだから気が付いた。
それはずっと以前に王都を脱出した犯罪組織の人間だ。
他にも名の通ったアウトローの姿が何人も確認できる。
(まずい、あの面々に襲われたら、護衛の兵士全員で掛かっても危ないかも知れない。)
貧民街に潜むアウトローには様々な経歴の持ち主がいる。
軍のエリートだったり、壊滅した山賊団の生き残りだったり。
そうした武闘派が集団になると、一般の兵士では敵わない強敵になることもあった。
その強面の一団が土煙を上げながら迫って来る。
そして、避難民の横を通り過ぎた。
「我等はガザム帝国、ザクセン辺境伯領軍所属の外人部隊だ! 義によって助太刀する!」
ケイリーは、高々と言い放った。




