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追放された聖女は亡国の夢を見る  作者: 水無月 黒


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第二十一話 亡国の夢3

 大陸北部、不毛の大地と呼ばれていた一帯は、十年余りですっかり様相が変わっていました。

 この地に定住する者も一万人を超えました。

 そのうち八割が元グランツ王国の人々です。

 残りの大部分がドラクレイル族、その他はドラクレイル族以外のドラゴン信仰やその他マイナーな宗教を信じる民、そして極少数ですが信頼できる光神教徒もいました。

 人が増えるにつれ、しっかりとした家が建ち、道が整備され、畑が作られて行きました。

 最初から国作りを目指していたため、王都予定地と定めた場所には都市計画に基いて道が作られ、公的施設が建設されて行きました。

 また、畑に向いた土地を慎重に見極め、土壌改良がおこなわれるとともに川から水を引いて農業用数の確保も行われました。

 農作物が育たない原因もだいぶ判明してきました。

 土壌の問題だけでなく、地脈――大地を走る魔力の流れが影響していました。

 大地の魔力は一部の植物の生育を助けますが、魔力が多すぎると逆に育ちが悪くなる植物もあります。

 農作物の多くは過剰な魔力を好まないため、雑草ばかりが生い茂る不毛の大地になっていたのでした。

 そこで、今は住居や畑が作られていない場所についても、広い範囲に亘って地脈の分布が詳しく調べられました。

 地脈の通る魔力の強い土地には住宅にしたり商工業を行う都市を作り、地脈から離れた場所では土壌改良を行って畑を作る。

 そうして、百年かけて開拓していく計画を立てていたのです。


 建国を宣言する準備は着々と進んでいました。


 新しく作ろうとしている国は、表向きはグランツ王国の難民が集まって作った新国家になります。

 住民の大半が元グランツ王国の人々ということもありますが、ドラクレイル族を初めとするドラゴン信仰の民を隠す意味もありました。

 信仰の自由を公言して、光神教に迫害されている人々を公式に保護するのは、国力を付けて他国の干渉を排せるようになってからと決めていました。

 当面、ドラゴン信仰の民は国外の者の出入りを制限した自治領を作り、そこで暮らすことを考えていました。


 国境が決められました。領土を接する他国もないため、暫定的なものです。

 国法の草案が作られました。信仰の自由は明記されませんでしたが、国教を規定することもありませんでした。

 行政機関が作られ、政府組織の骨格が出来上がりました。

 国を代表する国王には、大陸を放浪したグランツ王国の難民を率いたフレディ・ラグバウトが就任することに決まりました。

 グランツ王国の王族は、大半が船に乗りこんで海へ乗り出していて、大陸に残った王族も長い放浪生活で全員既に亡くなってしまいました。

 グランツ王国の王族がいないことと、海に出て行った者達がグランツ王国を再建してくれるだろうという期待から、新国家の名称として「グランツ王国」は使用しないことにしました。

 それでいて、失われた故郷を忍ばせる名称として、「グランツランド王国」が正式に決まりました。


 そして、いよいよグランツランド王国の建国を宣言しようというその手前で、一つの大きな問題が持ち上がりました。


 光神教の教会をどのように扱うか?


 グランツランド王国の国是は、信仰の自由です。

 大陸で迫害されてきたドラゴン信仰も、グランツ王国で主流だった海神信仰も等しく尊重されなければなりません。

 それはつまり、光神教であっても信仰そのものは認めないわけにはいきません。

 グランツランド王国は、他国から孤立した閉鎖的な国を目指しているわけではありません。

 光神教の信者にとっては、教会が無いと何かと不便で不安なのです。

 グランツランド王国にやって来る他国の人間のために、教会は必要でした。

 また、大陸を彷徨っていた間に光神教に入信した元グランツ王国の者もいます。

 さらに言えば、ドラゴン信仰から本気で光神教に改宗したのだけれど、元異教徒と言うことで差別されている人もいます。

 そうした人達もみんな安心して自分の信仰を続けられる、そんな国を目指していました。

 光神教を特別扱いにしたり、他の宗教を弾圧するような真似を許すつもりはありませんが、光神教だけを排除するわけにもいきません。

 必要とする者がいる限り、光神教の教会を国内から排除することはできません。


 一方、ドラゴン信仰の信者にとっては光神教は迫害を続けてきた怨敵であり、恐怖の対象でした。

 光神教の信者でも、その多くは善良な一般の民衆です。頭では理解していても、感情が受け入れられません。

 一般の信者は善良でも、組織としての光神教会は悪意を持ってドラゴン信仰を弾圧してきました。

 その教会の指示によって、善良な一般信者による迫害を受けた者もいます。

 長年迫害を受けてきた恐怖は根深いものがありました。

 ドラゴン信仰の民が暮らす自治領に光神教の関係者を立ち入らせないことにしても、それだけでは安心できません。

 ドラゴン信仰にも寛容だった国が、光神教会の影響力が増すうちに、ドラゴン信仰を迫害する国に変わって行く。そんな光景を見てきたのです。

 光神教会を受け入れることはどうしてもできませんでした。


 この対立は、本当は最初から存在していたものです。

 ただ、どちらも「最終的には相手が妥協するだろう」と考え、見過ごしてきました。

 けれども、いよいよ建国が目前に迫り、避けては通れない問題として大きく立ちはだかったのでした。

 ドラゴン信仰を守り続けた人からすれば、光神教に関して妥協することはあり得ませんでした。

 光神教に対して少しでも妥協をすればそれだけ苦しくなる。それがこれまでの歴史と経験から学んだことでした。

 光神教会だけは国に入れてはいけない。それはドラクレイル族にとってどうしても譲れない一線でした。

 ですが、元グランツ王国の人々、特に新政府の要職に就く者にとっても許容できないことがありました。

 大陸の各地を旅して回った彼らは、光神教の影響力をよく知っていました。

 ほとんどの国は光神教を国教としており、他国と関わる上で光神教を無視することはできません。

 また、ドラゴン信仰の民からは憎き怨敵である教会も、信者にとっては生活の様々な場面で便宜を図ってくれる公的機関のようなものです。

 特に旅先で何かあった時に光神教の信者が頼るのが教会です。教会の存在しない国には仕事であっても行きたくないという人も多かったのです。

 交易を行って国力を高め、国際社会な発言力を得るためには、国内に教会は必要になります。

 他国や光神教の圧力を撥ね除け、ドラゴン信仰やその他の宗教を守るためには、その発言力が必要でした。

 それに、あからさまに光神教の教会を排除すると、教会にそそのかされたどこかの国が「異教徒の国から民を開放する」などと言って攻めてくる恐れすらありました。


 双方の主張は一歩も引くことなく、妥協点も見つかりませんでした。


 それでも粘り強く交渉し、国を強くして光神教から他の宗教保護する道筋を説明し、教会を交易を行う限定された都市以外には作らせないことを約束してどうにかドラクレイル族の族長を説得することに成功しました。

 これでようやく建国に踏み出せる。

 そう思った矢先に、事件が起こりました。

 ドラクレイル族の反乱です。


 長いこと散り散りになって隠れるように暮らしていたドラクレイル族にとって、族長の権威はとても低いものになっていました。

 それでも一族の代表者として元グランツ王国勢や他の部族との交渉事などを行っていましたが、族長に一族を無条件に従わせるだけの強い権力はありませんでした。

 族長は、ドラクレイル族の皆を説得することに失敗しました。

 その結果、ドラクレイル族は光神教を引き入れようとするグランツランド王国政府に対する反対運動を開始したのです。

 新国家が成立する前に反政府活動が始まるという奇妙な状況になってしまいましたが、正式に国が発足してから内輪もめを起こすと他国や光神教会に付け込まれる恐れがありました。

 国の大きな方針に口を挟めるのは今の内だけと、ドラクレイル族の人々も焦っていたのかもしれません。

 最初は抗議活動だけだったものが、次第に過激になって行きました。

 そして、教会の建築予定地を占拠して破壊活動を行い、そこで作業していた人達に暴行を加えて殺害してしまったのです。

 このドラクレイル族の暴走に対して、最初は言葉で説得しようとしていたグランツランド王国新政府も、次第に強硬な手段を取るようになりました。

 建国に向けて編成の終わっていた衛兵や、国軍も動員して騒ぎを治めようとしました。

 政府側としても、建国までに騒動を終わらせなければならないという焦りがあったのでしょう。

 取り締まりは次第に過酷なものになり、それに反発してドラクレイル族の活動はより過激になって行きました。

 そして、ついに最悪の悲劇が起こりました。


 ドラクレイル族の大量虐殺。


 過激な破壊活動を行っていた者も、平和的な抗議活動をしていた者も。

 抗議行動をする人を何らかの形で支援していた者も、過激な行動を止めるように説得していた者も。

 老若男女問わず全てのドラクレイル族と、過激なドラクレイル族と親密な一部の者が集められ、全員殺されてしまいました。


 誰がどういった意図を持ってこれほどの非道を命じたのか、一切の記録が残っていなくて不明です。

 少なくとも初代国王就任予定だったフレディ・ラグバウトやドラクレイル族の反乱を鎮めようとしていた治安の責任者の下した命令でないことは分かっています。

 ただ、これから新しく生まれる国に分断と諍いを残さないために、何者かが徹底して冷徹に対処したのではないかと考えられています。

 この凄惨な事件により、グランツランド王国の国民になる予定だったドラクレイル族はいなくなりました。


 非道であり歴史上の大きな汚点となる出来事でしたが、確実かつ手っ取り早く問題を解決する方法でした。

 どれほど深い怨恨であっても、本人も遺族も関係者もいなくなってしまえば、さらなる反乱も復讐の連鎖は起こりません。

 大きな罪を背負いながらも、不安要素を排除したことで、安定した国家として出発できるはずでした。

 けれども、事件はそれで終わりませんでした。

 あり得ないはずの、ドラクレイル族の復讐が始まったのです。



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