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追放された聖女は亡国の夢を見る  作者: 水無月 黒


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第二十話 元悪徳領主は眠らない

 ハウエル領の領主、ダニー・ハウエルは悪徳領主である。

 いや、悪徳領主だったと言うべきか。

 今のハウエル伯爵はそれまでの不正行為を全て止め、領主としての仕事に邁進していた。

 ハウエル領はガザム帝国に向かう街道が通る交通の要所であり、避難計画の成否を決める重要な地点の一つだった。

 本来ならば、早くに計画に引き込んで準備を進めておくべきだったのだが、悪徳領主を追い詰めるために時間がかかってしまった。

 結果として、通過する避難民の対応、自領民の避難対応と、短い期間で多くの作業を行う必要に迫られたのだ。

 国が滅びるという一大事、全ての国民の避難と言う前例のない大事業。

 前例が無いということは、正規の手順も、そのための手続きも、役割分担も決まっていないということだ。

 いかに優秀な家臣団が存在していても、それだけでは進まない。

 陣頭指揮を執る者が必要だった。

 ダニー・ハウエルは見事な采配でその大役を務めて見せた。

 的確で細部まで行き届いた指示により、非常事態にもかかわらず、スムーズに物事が進んで行った。

 家臣や領民からの評価はうなぎのぼりであった。


(最初からこうなら、悪徳領主とか呼ばれなかったのに!)


 皆考えることは同じだった。

 ただし、息子であるデビッドの意見は少し違っていた。


(親父、仕事中毒者(ワーカホリック)だったのか。)


 数々の不正が明らかになり、国が滅ぶと聞き、せっかく溜め込んだ不正蓄財も全て放出することになり、一時呆然としていたハウエル伯爵であったが、やることが決まると猛然と働きだした。

 全力で事に当たらなければならない状況であることは間違いない。

 王都からの避難計画は何年もかけて念入りに作られたものだが、それ以外の地方都市に関してはそこまで細かい計画は立てられていなかった。

 各領地の実情に合わせたガイドラインの提供と、それでどうにかなる程度の民衆に対する情報操作は行われているが、それでも大きな領の領主になると負担は大きいものがある。

 特にハウエル領には避難先に持ち込む物資の確保という任務まであった。

 領主として忙しくないはずがない。

 だが、猛然と働く父親の姿が、デビッドから見て通常運転のように思えたのだ。

 口では文句を言いつつも、どこか楽しそうに働いている、デビッドにはそう見えた。


(もしかして、仕事が少なかったらか不正に手を出していた?)


 ハウエル領は代々の領主と家臣が頑張ってきた結果、領を運営するための組織や制度が充実していた。

 よほどのことが起こらない限り、領主が何もしなくても領の運営には問題の無い体制が出来上がっていたのだ。

 そして、ダニー・ハウエルが領主になってから、領主が頑張らなければならないほどの大きな事件が起こったことはなかった。

 つまり、ダニー・ハウエルは領主としてすごく暇だったのだ。

 その暇な時間を利用して行ったことが、数々のせせこましい不正だった。


(今後、親父が要職に就くことがあったとしても、暇ができないように仕事を与え続けないといけないな。)


 領主とし初めての本格的な仕事が滅びる国からの国民の脱出、と言うは皮肉なものだが、悪徳領主であったことが嘘のような有能さを見せていた。

 いや、数々の小さな不正行為を破綻することなく回していた有能さを、ようやく本業で発揮できたというべきか。


「領主様! 王都よりの使者が来てこの書状を渡して欲しいと。」

「それで、その使者殿は?」

「先を急ぐとのことで、既に出発されました。」

「そうか……」


 本来、使者が顔も出さずに書状だけ渡すということはあり得ない。

 だが、この使者の対応はあらかじめ決められたものであった。

 この使者は、ハウエル領に対するものではない。他国――ガザム帝国に向かう途中で通る領地に情報を伝えただけなのである。

 事情を知る者の間に緊張が走った。

 ダニー・ハウエルは書状を確認し、おもむろに口を開いた。


「王都で死霊の発生が確認され、陛下はグランツランド王国の滅亡を宣言された。」


(ついに来たか!)


 こうなると知ってはいても、実際に国が滅びたと聞けば動揺もする。


「聖女様の結界は予想よりも長く持ったようですが、この先何時死霊がやって来てもおかしくありません。ここからは時間の勝負です。最後まで気を抜かないで行きましょう!」


 すっかりまともで優秀な領主となったハウエル伯爵の言葉に、家臣たちは気を引き締める。


「このハウエル領から、一人たりとも死者は出しません!」


 力強く言い切るハウエル伯爵。

 なお、その死なせない範囲にはダニー・ハウエル本人も含まれている。

 指揮を執る立場上、脱出は最後になるが、ちゃんと足の速い馬車を用意してあった。

 護衛の兵士も最低限にする代わりに、難民の避難ルートとは別の道を全速で駆け抜ける予定だった。

 小心者の元悪徳領主として、保身に手を抜かないのであった。


◇◇◇


 諜報部のシープドックスは解散したが、所属していた諜報員は各所に配置されて新たな仕事を行っていた。

 俺の仕事は集団避難する一団に潜り込んで、滞りなく避難が行われるように内部から誘導することだった。

 やっていることは相変わらず牧羊犬(シープドック)だった。

 難民に随伴する兵士もある程度面倒は見るが、本来彼らの専門は戦闘。こんな時にも現れるかもしれない盗賊や、死霊に追いつかれた時に対応するのが彼らの役目だ。

 避難誘導くらいはできるが、避難民の心情に配慮したり、心のケアをしたりといったことを兵士に求めるのは酷だ。

 その辺りを補うために、避難民の集団に俺達諜報員が紛れ込んでいた。

 簡単に言えば、避難民集団のムードメーカーと兵士との折衝役だ。

 さすがに全ての避難民の集団に割り振れるほど諜報員はいないから、必要な集団に絞って送り込まれていた。

 まずは最初に出発した避難民の集団。

 彼らは到着した異国の地で最初に避難所生活を始めるグループだ。

 避難所が険悪な雰囲気では後から来た避難民が困ってしまう。

 避難民を取りまとめるために人心掌握術に長けた諜報員が送り込まれた。

 次に、最後に近い避難民の集団。

 避難が遅れると死霊に追いつかれる恐れのあるグループだ。

 多少の余裕は持たせてあるし、護衛に兵士だっているが、避けられる遅延は避けるべきだろう。

 旅の足が止まらないように避難民を鼓舞するために諜報員が動員された。

 後は、問題を起こしそうな避難民の集団。

 同じ都市に住む住民同士でも仲の悪い者達はいる。

 近隣の地域同士で住民がいがみ合っていたり、商売敵として対立していたり。近所から嫌われているトラブルメーカーな人物だって存在する。

 予め分かっていたり、当人たちの要望があって調整が付く場合は別の避難グループに分けることもするが、全てを最適に行えるほどの労力と時間はなかった。

 避難民同士でトラブルが発生しそうなグループには、調停役として諜報員が入り込んでいた。

 俺が配置されたのは、最後に近い避難民の集団だった。

 まあ、最後に近いだけで最後ではない。

 本当の最後の避難集団は、避難を指揮した貴族や実作業を行った役人たち、ある種覚悟を決めた者達だ。

 幸い俺の受け持った集団は避難民がトラブルを起こすこともなく、泣き言を言うこともなく、実に順調だった。

 たまに避難民の皆が落ち込まないように明るい話題を提供するくらいで、後は何もすることの無い楽な仕事だった。

 これならば、よほどのことが起こらない限り問題なく目的地――ガザム王国まで予定通り到着することができるだろう。

 そう、思っていた。


 よほどのこと、起っちまったよ!


 道が塞がれていた。

 前日に降った雨で土砂崩れが起きたらしい。

 場所も悪かった。道が細くて、馬車が方向転換できなかったのだ。

 半日ほど前に通り過ぎた分かれ道から別のルートで行けるのだが、馬車がそこまで引き返せなかった。

 馬車を捨てて行くことは考えられなかった。食糧や水が積み込まれているからだ。

 兵士だけならばともかく、訓練を受けていない一般の避難民が数日分の食料や水を持って旅を続けることはかなり厳しい。

 平時ならば途中の村落で食糧の調達も可能だが、今はそれも難しい。

 結局、兵士が総出で道を塞いでいた土砂を取り除いたのだが、それだけで何日も時間をロスしてしまった。

 このような事態を避けたかったのだが、相手が自然災害では俺の出る幕はない。

 俺にできたのは足止めされた避難民の不満や不安が爆発しないようにメンタルケアすることと、体力の余っている者を集めて兵士の手伝いをすることくらいだった。

 街道が渋滞しないように避難ルートは分散させているし、兵士がひとっ走りして手前の分かれ道の所に道が塞がれたことを示す看板を置いてきたから後続の避難集団に追いつかれることはなかった。

 しかし、最後に近い避難民の集団から、最後尾の避難民集団になってしまっただろう。

 最悪、王都から溢れ出た死霊に追いつかれる可能性が出てきたのだ。

 予定では、既に聖女様の結界は破れ、王都に死霊が溢れているころだ。

 王都に残った兵力でギリギリまで死霊を抑えることになっているが、いつまで持つかは分からない。

 まあ、王都から死霊が出てきたとしても一直線にこちらを追って来るわけではないだろうし、よほど運が悪くない限りは逃げ切れるはずだ。

 それに、小さい国とは言えそれなりの広さはある。王都から出た死霊が均等に広がって行けばここまでやって来る数は少ないものになるだろう。

 数が少なければここにいる兵士だけでも十分に倒し切ることができる。後続が来る前に逃げ切ればよいのだ。

 楽観はできないが、絶望的な状況ではなかった。


 しかし、俺の予想は二つ外れていた。

 一つは、この集団が最後尾になったと思ったこと。

 背後からやって来る一台の馬車がいたのだ。

 もう一つは、ここまでやって来る死霊がいてもごく少数になるということ。

 後ろからやって来た馬車は、百近い大量の死霊に追いかけられていた。


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