第十九話 亡国の夢2
大陸北部、どの国にも属さないその場所に到着した一行は、そこで見た光景に驚きました。
農作物の育たない不毛の大地と呼ばれ、どの国も手を出そうとしなかったその地に、人が暮らしていたからです。
彼らは自分たちのことを、ドラクレイル族と名乗りました。
最初は互いに警戒していましたが、やがて打ち解け合うことに成功しました。
彼らもまた、故郷を失った民だったのです。
ドラクレイル族はドラゴンを信奉する民族でした。
ドラゴンを神または神の使いとして信奉するドラゴン信仰は、かつてはこの大陸の至る所で見られた一般的な宗教だったそうです。
そのドラゴン信仰が姿を消した理由は、光神教の台頭にありました。
光の神、光神を唯一絶対の存在として信奉する光神教は、昔は数ある小さな宗教の一つにすぎませんでした。
その光神教が力を持ち始めたのは、国家と結び付いたからだと言われています。
まず、ある国が光神教を国教に指定しました。
光神教は国の庇護を受けて順調に信者を増やし、国は光神教の教会を通じて国民の管理を行う。
この両者の関係はうまく働いて、国は栄え、大国へと成長しました。
その様子を見ていた他の国も、真似をして光神教を国教に指定しました。
そうして、どの国も光神教一色になってくると、他の宗教が肩身の狭い思いをするようになって行きました。
それが、いつしか異教徒の排斥へと変わりました。
教会を通じて国民を管理していた国は、その管理の対象外となる異教徒を嫌いました。
異端を嫌う教会は、光神教の教えに異教徒の思想が入り込むことを恐れました。
光神教の国に住む異教徒は、改宗するか国を出るかを迫られました。
古くからの伝統として守られてきたドラゴン信仰の行事は廃止され、光神教のものに置き換えられました。
時には「未開の蛮族の教化」をスローガンに、小国や国にもならない少数民族の居住地を大国が占拠し、光神教への改宗を強いたこともあったそうです。
四百年前の時点で光神教はほぼ大陸全土に行き渡っていました。
しかし、光神教の教会や、光神教を後押しする国の目を逃れ、独自の信仰を守っている者も少数ですが存在しました。
ドラクレイル族もその一つです。
彼らは光神教に改宗することを拒み、光神教に占拠された故郷を捨てて不毛の大地に隠れ住んでいたのです。
一方、グランツ王国の民は大陸とは少々距離を置いた島国の住民で、海洋民族として海神の信仰が盛んでした。
同じく故郷を失った者同士として、光神教に染まっていない異教徒同士として、彼らは意気投合しました。
けれども、先住民が居ると分かった以上、第二の故郷を作る候補地としては不適格です。
別の候補地を調べるため、この地を去ることにしました。
ですが、別れを告げようとしたその時、ドラクレイル族の族長から提案がありました。
「どうせなら、我々と共にこの地で暮らさないか? 土地は十分に余っている。国でも何でも作れば良い。」
それは、単なる善意だけではなく、打算もあったのでしょう。
不毛の大地は、そこに住むことに成功したドラクレイル族の人々にとっても厳しく、常に人手が不足していました。
そして、彼らは後ろ盾を求めていました。
光神教への改宗を強制しない国家の庇護があれば、散り散りになった仲間を呼び集めることもできるかもしれません。
ドラクレイル族からの提案は、双方にとって利のある話だと判断し、不毛の大地の本格的な調査を始めました。
最初に行ったことは、ドラクレイル族の方々の生活を知ることでした。
不毛の大地で自給自足しているドラクレイル族の生活を知れば、この地で生きていく参考になります。
そして、ドラクレイル族の苦難の一端を知ることになりました。
故郷を追われたドラクレイル族は、散り散りになって大陸中を彷徨いました。
このあたり、グランツ王国の人々と似ていますが、ドラクレイル族の場合はさらに厳しいものになりました。
大陸のほとんどの国は光神教の影響下にあって、ドラゴン信仰は迫害されていました。
同じ異教徒でも内陸部ではあまり知られていない上に、航海の無事を祈ることが中心で陸に上がるとほとんど出番の無い海神信仰とは状況が違いました。
ドラクレイル族以外でもドラゴン信仰を続ける者達は、人目を避けながら人のいない方、いない方へと追いやられて行ったのです。
そうして北の不毛の大地までやって来て、どうにかその地で生き延びることに成功した一団が彼らでした。
彼らも最初から不毛の大地に定住するつもりだったわけではなかったそうです。
ここまでやって来たのは偶然、けれども光神教の影響下にない土地であることは確かです。
どうにかこの場所に住めないか、調べてみることにしました。
不毛の大地と呼ばれていましたが、生き物の住めない死の大地ではありません。
草木は生えていますし野生の動物も住んでいます。
川も流れていて水もあります。
ただ、小麦や野菜といった農作物を植えても育たない、育っても出来が悪く農業として成り立たない。
いくら土地が余っていても農業ができないから「不毛の大地」と呼ばれたのです。
けれども、ただ住むだけならば農業にこだわる必要はありません。
土地さえあれば住居を作ることは、放浪生活をしてきたドラクレイル族の人々には難しくありません。
川の近くを選べば水にも困りません。
木も草も動物もいるのだから、生活に必要な道具類もある程度は作ることもできます。
後は、安定して食糧が手に入れられれば、住み続けることむ不可能ではありません。
ドラクレイル族の方々は、不毛の大地を詳しく調べました。
その結果、少量ですが食べられる野草が何種類か、それとガタ芋と呼ばれるお芋が自生していることが分かりました。
このガタ芋は他の場所にも生えていますが、毒があるために食用に栽培されてはいません。しかし、ドラクレイル族にはガタ芋の毒を抜いて食べられるようにする調理法が伝わっていました。
また、ドラクレイル族の方々は野生の山羊を捕まえて家畜にしました。
山羊は不毛の大地にも力強く生える雑草をもりもりと食べ、けれども毒のあるガタ芋は食べません。
そこで、山羊に雑草を食べつくさせた場所を畑にして、ガタ芋を植えたのだそうです。
不毛の大地と呼ばれる一因は、逞しすぎる雑草にもありました。たとえこの地で農作物が芽を出したとしても、たちまちに生い茂る雑草に養分を取られて大きく成長できません。
とても大変な雑草の駆除を山羊に任せることで、畑を作ることができたのです。
調理に時間のかかるガタ芋と少量の野草、山羊乳とたまに振舞われる山羊肉。それがドラクレイル族の食生活でした。
不毛の大地で生き延びる術を見事に見つけ出したのです。
ですが、そこで手詰まりとなりました。
何を行うにしても人手不足です。
ガタ芋の畑を作ることはできましたが、他の野草は無理でした。
畑を山羊に任せると野草まで食べられてしまいます。雑草を取らなければ野草の育ちも悪く、人手で雑草を抜くには手間がかかり過ぎます。
山羊の世話、野草の採取、ガタ芋の調理、それぞれに手間がかかり、新しいことに手を付ける余裕がありません。
けれども、散り散りになった仲間を呼び集めることも困難でした。
こんなところにドラゴン信仰の集落があると知られたら、光神教と光神教を後押しする国が何をしてくるか分かりません。
そんな時に、グランツ王国の人々がやって来たのです。
元グランツ王国の調査団はドラクレイル族の真似をして、まずガタ芋の畑を作りました。
ある程度の食糧は持ち込んでいましたが、現地調達できればそれだけ長く滞在できます。
また、不毛の大地の植生と土質を調べ、ガタ芋以外の畑もいくつか作りました。
ガタ芋以外の畑は、試験農場です。
ある畑では幾つもの手法で土壌改良を試み、またある畑ではこの地でも育つ農作物が無いか、いくつかの品種の種を植えました。
最初のうちは、育たずに枯れてしまったり、雑草に負けて貧弱に育ったり、そもそも芽が出なかったりと苦労を重ねましたが、少しずつガタ芋以外の作物も収穫できるようになって行きました。
元グランツ王国の人達がドラクレイル族の方々と異なっていたのは、大陸に散らばって行った同胞たちと連絡を取り合っていたことでした。
試験農場で試行錯誤しながらも時々他の仲間と連絡を取り合い、時には新しい肥料や農作物の種、必要な資材などを送ってもらっていました。
逆に、不毛の大地で行われた成果やそこで起こったことは各地の同胞に伝えられました。
その中には、ドラクレイル族のことも含まれました。
光神教会との確執があるため、ドラクレイル族の存在を公にはできません。
それでも各地に散った元グランツ王国の難民の主要な人にはドラクレイル族のことが伝えられました。
それには理由がありました。
元グランツ王国の民は、宗教的に中立でした。
光神教の信者とも普通に付き合いますし、ドラゴン信仰の民にも差別や偏見を持ちませんでした。
このため、ドラゴン信仰の隠れ里的な場所にも行って交易を行っていました。
その繋がりを利用して、各地に散らばったドラクレイル族を探し出し、連絡を取ったのです。
ドラクレイル族や他のドラゴン信仰の人々は、当時はとても苦しい生活をしていたそうです。
信仰を隠して息を潜めて生活している者。
形だけ光神教に改宗して秘かに信仰を続けている者。
一応信仰は黙認されているけれど、辺鄙な場所に隔離されて自由の無い者。
そして、人里離れた秘境を開拓してどうにか住めるように苦労している者。
真面目に改宗しても、元異教徒と言うことで差別を受けた者もいたそうです。
そんな中、不毛の大地に向かったドラクレイル族は成功した方でした。
その情報が伝えられた結果、不毛の大地へと向かうことを希望する者が多数現れました。
その動きを、元グランツ王国の人々は支援しました。
他国や教会の注意を引かないように、少人数に分けて少しずつ人を送り込ました。
また、それに合わせて元グランツ王国の人々も増員を送り込みました。
人数を増やしたドラクレイル族、元グランツ王国の人々、そして少数ですがドラクレイル族以外のドラゴン信仰の民が力を合わせて、小さな集落は本格的な開拓村として整備されて行きました。
そして、土壌の改善と農作物の品種改良の成果が表れて、ついに農作物の収穫が可能となりました。
それも、主食の麦を含む数種の作物が、他の地域に近い量を収穫できたのです。
この成果に皆喜びました。
これを機に、元グランツ王国の人々もさらに多くやって来て、本格的な開拓がはじまりました。
新しい国を打ち建てる作業が、一気に進むことになりました。