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第十八話 王都の攻防1

 死霊との戦いにおいては、王都に複数の防衛線を想定していた。

 王宮を中心に、行政機関や上級貴族の邸宅を囲む円形の第一防衛線。

 その外側の一般の貴族や裕福な平民が住む高級住宅街を囲む第二防衛線。

 同心円状に広がる複数の防衛線である。


 通常の防衛戦ならば、まず一番外側の防衛線で敵の侵入を食い止め、止めきれなくなったら内側の防衛線に後退する。

 守る範囲を縮小して、代わりに兵の密度を上げてしぶとく粘る。

 防衛戦とはそういうものだろう。

 だが、今行われているのは逆だった。

 死霊は王宮とその周辺から湧き出してくる。

 それを外に出さないように抑え込むことがこの戦の目的である。

 だから、一番内側の第一防衛線から始める。

 戦線を支えきれなくなったら後退して外側の防衛線に移る。

 当然、外側の方が守る範囲は広くなる。

 それは、一人当たりの守備範囲が増えることであり、あるいは交代要員が減って交戦時間が長くなる事でもある。

 戦い続けて消耗している状態で、兵士の負担は増えて行く。

 後退する毎に加速的に厳しくなって行く、そういう戦いなのだ。


「総員、戦闘準備! 間もなく死霊共がやって来るぞ!」


 第一防衛線の各所には近衛騎士が待機していた。

 聖堂で戦っていた者達が戦力の全てではない。

 さすがに、聖堂周辺では範囲が狭すぎて、全戦力を集結させることはできない。

 残る者は周辺の警備をしたり、戦場を整える作業をしていた。

 相手は死霊である。馬鹿正直に正面から正々堂々と戦う必要はない。

 防衛線にしても、円形にぐるっと一周隙なく兵を並べるような無駄なことをする必要もない。

 元々国の重要施設や上級貴族の邸宅が並ぶ場所である。多くの建物は高くて頑丈な壁に囲まれている。

 幾つかの道を塞いでしまえば、死霊の侵攻ルートは限られたものになる。

 そうして、死霊を何ヵ所かに誘導して、待ち構えていた騎士たちが倒していくのである。

 また、死霊と戦う戦場もただ騎士たちを配置しただけではない。

 事前に幾つも罠を設置し、バリケード設置して簡易的な砦を築いていた。

 バリケードと言ってもそこいらにある物を乱雑に積み上げただけの雑な物ではない。

 この日のために開発された、死霊との市街戦を想定した特注の品を丁寧に設置してある。

 迫りくる死霊に対して正面から受け止めるのではなく、通りの側面に壁のように設置して徐々に道幅を狭くする作りになっている。

 死霊を少数ずつ引き入れて、複数の騎士によって一方的に叩き伏せるための仕掛けだ。

 (バリケード)の後ろには騎士の入り込む隙間があり、所々に槍を突き出す小窓が開いていた。

 死霊を頭上から攻撃するための足場にもなっており、それなりの高さと、死霊の攻撃に耐えられる頑丈さを持っていた。

 全ては味方の消耗を避け、少しでも効率的に資料を倒すための工夫である。


「避難民が逃げ切るまで、最低一ヶ月は王都で死霊を足止めする必要がある。聖女様の結界がそのうち十日を稼いでくださった。後二十日、何としても防ぎきるぞ!」

「「「応!」」」


 第一防衛線における攻防は近衛騎士が始終優位に戦いを進め、九日間に亘って死霊を食い止めることに成功した。


◇◇◇


 防衛線は短いほど戦闘は有利になる。

 ならば、ずっと第一防衛線で頑張っているのが一番良い。

 それでも後退せざるを得ない状況が幾つか想定されていた。

 一つは、どこかの戦場で騎士が負けて死霊に防衛線を突破されてしまう場合。

 基本的に正面からやって来る敵を倒して食い止めることを想定しているため、背後に回られると困ったことになる。

 前後から挟撃を受ければ脱出することもままならずに個別に撃破されかねない。

 それに、戦っている騎士たちを無視して避難民を追いかけて行かれても困る。

 だから一度後退して防衛線で包囲し直さなければならない。

 一つは、封鎖したはずの道を突破して死霊が回り込んできた場合。

 死霊は基本的に頭が悪い。戦略を考えるようなことはせず、ただ近くにいる人間を襲ってくる。

 だから、壁やバリケードで塞がっていれば、その向こう側に人がいると分かっている場合でもなければ壊したり乗り越えたりしてくることはまずない。

 だが、何かのきっかけで封鎖された道や建物の壁が突破された場合、そこから背後に回られる恐れがあった。

 そして、一つは――


「国営共同墓地から、死霊の発生を確認しました!」


 防衛線の背後から死霊が湧き出した場合。

 聖女の結界の崩壊に伴って、王都の各所から死霊が湧き出す恐れがあった。

 それは聖堂に近いところから順番に。

 最終的には王都のどこから死霊が現れるか分からない。


「総員、撤退準備! この場を放棄して第二防衛線まで撤退する!」


 だから、背後からの奇襲を受ける前に後退して防衛線で包囲し直さなければならない。

 そのため、直接戦闘している者の他に、防衛線の外を巡回して死霊が漏れ出ていないかを確認する部隊もいた。

 早期に発見できれば背後から不意打ちを喰らう恐れは減る。

 それに、余裕があれば撤退時の安全も確保しやすい。


「撤退準備、完了しました!」

「よし、やれ!」


――ガラガラガラ、ズシャッーン!


 騎士たちが盾にしていたバリケードが死霊を巻き込んで崩れ、通りを塞いだ。

 一時しのぎだが、これで死霊が一気に出て来ることを防ぐことができるのだ。


「よし、今のうちに第二防衛線まで下がる!」


 こうして、大きな被害をほとんど出さないまま、第一防衛線から第二防衛線までの撤退を完了した。


 第二防衛線は第一防衛線の外側に広がっている高級住宅街を囲む形で構築されている。

 住んでいる人の身分と屋敷の豪華さはやや下がるが、不審者に入り込まれないように塀で囲まれていることに違いはない。

 範囲が広くなってはいるが、条件は第一防衛線とそれほど変わらなかった。

 つまり、同じ戦法が使えた。

 第一防衛線での消耗がほとんどなかったこともあり、第二防衛線も予定通りの戦力で死霊を待ち構えることができた。


 第二防衛線における戦いも、始終優位を保ったまま進み、大きな犠牲を出すこともなく五日間守り抜いた。


◇◇◇


 死霊との戦いはここまで予想以上に順調に進んでいる。

 しかし、アベールの表情は険しかった。


「まずいな。死霊の湧き出す範囲の広がり方が、予想よりも速い。」


 怨霊の生み出す死霊は、怨霊を封じた聖堂近辺以外からも出現し、結界が破れた後には時間と共にその範囲も広がる。

 そのこと自体はあらかじめ分かっていた。

 だが、どれほどの速度で、どこまで広がるのかは不明だった。

 建国当時、聖女の結界が作られる前の数少ない資料から王都の全域から死霊が湧き出す可能性があると考えられているくらいだ。

 聖女の結界が完全に解除されるのはこれが史上初めてなのだ。

 二百年前の事件の際も、聖堂近辺のみ結界に穴を開けて怨霊を引き摺り出すという変則的なことを行っていた。参考にはならない。

 だから、予測と言うよりは、目標から逆算してこのくらいの速度ならば作戦は成功するという目安に過ぎなかった。


「結界が予想より長く持ちこたえてくれたからここまでは余裕があったが、このままでは……ギリギリだな。」


 一ヶ月間死霊を足止めするというのは、全ての避難行動が予定通りに進んだ場合に、それだけ時間を稼げば逃げ切れるという計算である。

 少しでも遅れれば、途中で死霊に襲われる避難民が出て来ることになる。

 軍が護衛に付いているとはいえ、昼夜を問わず追いかけて来る死霊から逃げ切ることは難しい。

 護衛の軍が対応しきれないほどの大量の死霊に追いつかれたら、その一団はまず助からない。


「どうにかもう数日、時間を稼ぎたいところだが……」


 しかし、この戦いは後退するほどに条件が厳しくなる。

 第三防衛線が囲む範囲は、比較的裕福な平民の家屋、高級な品を扱う商店、一部の職人の工房などがある。

 第一、第二防衛線に比べると高くて丈夫な壁に囲まれた建物は少ない。

 封鎖した道と一緒に障害物を置いて塞いではいるが、あまり頑丈ではない。

 何かの拍子に破壊されかねない薄い壁だった。

 それに、各所に配置した戦力も薄くなっている。

 第一防衛線では三交代で戦えるだけの人員がいたのに、第三防衛線では二交代が精一杯だ。

 そして、防衛線が維持できたとしても、その背後から何時死霊が出て来るか分からないのは相変わらずだ。


 第三防衛線は三日間維持された。


◇◇◇


「東側の共同墓地から死霊の出現を確認しました!」

「西側の夕焼け通り付近で封鎖が破られました! 多数の死霊が溢れ出しています!」

「いかん、このままでは北側と分断される!」

「大変です! 南八番街の民家から死霊が溢れました!」

「まずい、確保した物資を置いた倉庫が近い! 死霊に囲まれる前に運び出せ!」

「無理です! もう倉庫近くまで死霊が来ています!」


 仮設司令部は、次々に入ってくる情報に大騒ぎになった。

 防衛線から少し下がった位置に置かれた仮設司令部は、防衛線全体の状況を判断して行動を決定するのが役目だ。

 偵察を出して死霊の湧き出しや封鎖の破れがないかを確認して後退するタイミングを決めたり、各所の戦況を見て増員を送ったりもする。

 偵察や伝令、増援を出すための予備兵力もここに確保されていた。

 しかし、防衛線の後退と供に移動してきたあくまで仮設の司令部である。

 幾つかの状況変化のパターンを想定し、事前に対応を考えていたのだが、一度に複数の事態が同時発生すると混乱は避けられなかった。

 この場で作戦の総指揮を任されていた(押し付けられたともいう)アベールは決断を迫られた。


「直ちに三番街に後退して最終防衛線を敷く。作戦はD。伝令は間に合わん、信号弾を上げろ!」


 即決即断。

 既に死霊が溢れている以上、迷っている暇は無い。

 作戦Dは、集合できる者だけが集まり、無理な者は各自の判断で近くの拠点に籠って防戦せよという非情の命令だ。

 東西二ヵ所で死霊が溢れてしまった以上、全員が集まることは困難だった。

 第三防衛線が破られた後に、第四防衛線は存在しない。

 第三防衛線の背後に広がるのは主に平民用の宅地だった。

 入り組んでいるが、高い塀も頑丈な建屋もほとんど無いため、死霊の侵攻を食い止めるには不向きな場所だった。

 最終防衛線とは、死霊を完全に封じ込めることを諦め、自らを囮として引き付けることで難民を追う死霊の数を減らそうと言うものだった。

 救援の見込みのない、絶望の籠城戦。

 それでも戦うしかない。

 予定通りに進んでいても、まだ国民の避難は終わっていない。

 少しでもトラブルがあれば、さらに多くの者が国内に残っている恐れがある。

 死霊たちの足は遅いが、昼夜を問わず行動する。ここで野放しにすれば、避難民に追いつくだろう。

 一分一秒でも長く生き延び、最後まで戦い続ける。

 それが彼等の使命だった。


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