表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/33

第十五話 聖女は知る

 私がデリエに来てから、もうすぐ半年になります。

 聖女の結界も限界が近付いています。

 けれども、一向に私にはお呼びがかかりません。

 カールさんに相談しても、グランツランド王国に関する話題ははぐらかされてしまいます。

 そもそも国に関わることを隣国の王子であるカールハインツ殿下にお願いするのも迷惑でしょう。

 私は国外追放された身です。

 グランツランド王国に戻ることは許されていません。

 それでも私は戻るつもりですが、その手伝いを人に頼むと、その人を犯罪者にしてしまうことになります。

 けれども、私一人では帰り着ける自信が全くありません。

 馬車で何日もかかる道程を、歩いたらどれほどかかるでしょう?

 そもそも、道を憶えていません。

 私はいったいどうすればよいのでしょうか?


 私はデリエに来てから、どうにか自立しようと考えていました。

 私には常識がありません。

 私には生活能力がありません。

 聖女の仕事に専念するために、それ以外のことは全て人任せにしてきたからです。

 私が人任せにしてきた諸々を、他の人ができて当然のことを今から身に付けるためには、人の何倍も努力しなければならないでしょう。

 どんな努力でも、するつもりでした。

 残りの命を全てかける、そのつもりでした。

 何処で何を間違えたのでしょうか?

 私は未だにカールさんやお屋敷の皆さんのお世話になっています。

 頑張れば頑張るほど、何もできないことに気が付いて、ちょっと泣いてしまいそうです。


 そうそう、私、少しですが体力が付いてきたんです。

 何をするにしても、とにかく体力は必要だって言われて頑張りました。

 頑張って、食事をたくさん食べるようにしました。

 聖女の仕事が無くなって、たくさん食べても戻す心配がなくなったのでどうにかできました。

 今ではお屋敷で出された食事をあまり残すことが無くなりました。

 それから、少し体を動かすと良いと言われて、毎日夏至祭の踊りを踊っています。

 以前、私が夢で見た踊りなのですが、お屋敷の皆さんに気に入られたようで、夏至祭が終わった後も毎朝踊っています。

 朝に踊るとその日の体調がよくなると言う話なので、私も一緒に踊ることにしました。

 心なしか最近は体調が良いです。

 少しだけ体力も付いて、顔色も改善されたからと、屋敷を出て街を出歩く許可もいただきました。

 以前はカールさんに連れられて見て回るだけでしたが、今では自分の行きたいところへ好きに行けるようになりました。

 迷子にならないように、屋敷の誰かに付いて来てもらうことが条件ですが。

 それから、お小遣いをいただきました。

 自分で買い物をしてみて金銭感覚を養う練習なのでしょう。

 ただ、私は買いたい物が無いので少し困ってしまいます。

 必要な物はお屋敷の方で用意していただいていますし、買い食い? と言うものは毎食のお食事でお腹いっぱいになってしまうので、あまりできそうもありません。

 結局、色々なお店の商品を見て回るだけで終わってしまうことが多いです。

 それにしても、品物によって必要なお金がずいぶん違っているんですね。憶えきれません。

 ただ、一つ分かったことがあります。

 馬車を買うにはいただいたお小遣いでは全然足りないということです。

 カールさんのお屋敷でお世話になっている私では、馬車を手に入れることはできそうにありません。

 けれども、多少体力が付いてきたとはいえ、歩いて王都まで戻る自信はありません。

 何か良い方法はないでしょうか?


 今日はアンナさんと一緒に街に出ています。

 デリエの街は賑やかで活気に満ちています。

 デリエは比較的最近できた新しい都市なのだそうです。

 住民はアウセム王国の各地から移住してきた人で、都市は今でも作られ続けています。

 いつの間にか新しいお店ができていたりするから油断できません。

 私はあまり買い物はしませんが、これから何をすべきか? のヒントが何処かに転がっているかもしれません。


「ああ、新しい甘味処です! 行きましょう、ソフィア様!」

「ええ!? お夕食が食べられなくなってしまいます。」


 なかなか都合よくは行きませんが、とにかく自分のできることを色々とやってみるしかありません。

 そんな感じで街を散策していた時のことです。


「おお、聖女様ではないですか!」


 突然呼びかけられました。

 私も最近は街に出歩くようになって顔見知りの方も何人かできました。

 けれども、この街に私のことを「聖女」と呼ぶ人はいません。

 驚いて振り向くと、そこには見知った人がいました。


「シャルルさん!? お久しぶりです。どうしてこちらへ?」


 驚きました。

 シャルルさんは王都で私がお世話になった商人さんです。

 王都にいた頃は、私が必要とする物のほとんどはシャルルさんが持ってきてくださいました。

 グランツランド王国の大きな商店の方だと聞いていたので、どうしてアウセム王国に来ているのか不思議です。


「実は最近、このデリエにも店を出すことになりましてな。その関係で私もこちらに来たのですが、聖女様に合えるとは何たる僥倖!」


 私はもう聖女ではないのですが……

 それにしても、シャルルさんは相変わらず大袈裟です。アンナさんがちょっと引いています。

 大丈夫ですよ、アンナさん。変わった人ですけれど、悪い人ではありません。


「そうそう、グランツランド王国から来た者は他にもいるのです。よろしければ顔を出してやってはいただけないでしょうか。聖女様の姿を見れば、皆の励みになります。」


 考えてみれば、デリエと言う都市はグランツランド王国から近い場所にあります。グランツランド王国から来た人がいても不思議はありませんでした。

 シャルルさんや他の皆さんに聞けば、今のグランツランド王国の状況が分かるかもしれません。

 私は二つ返事でシャルルさんについて行くことにしました。


◇◇◇


 シャルルさんに付いて歩くことしばし、途中で停めてあった馬車に乗ってさらに移動しました。

 馬車が都市を囲む大きな壁を越えた時には、このままデリエの外に出るのかとアンナさんが慌てましたが、さすがにそのようなことはありませんでした。

 馬車が向かった先は、都市を囲む壁の外に作られた建物でした。

 私が来た時にも見ましたが、その時よりも大きな建物が増えている気がします。

 デリエが発展している真っ最中の都市だということは、こんなところにも表れています。


 馬車が止まった先で目にした光景は、私の想像とは違うものでした。


「聖女様!」

「ああ、聖女様。」

「聖女様、よかった……」


 私のことを「聖女」と呼ぶのは、グランツランド王国の人なのでしょう。

 聖女の正装をしていないのに私のことが分かるということは、王都の人なのかもしれません。

 けれども、人数が多すぎます。全員がお店の人とは思えません。

 それに、何でしょう? みんな疲れたような感じがします。

 少なくともデリエの街の人々のような活気が感じられません。

 これはいったい……


「彼らは王都から逃げてきた避難民です。グランツランド王国は、全国民の避難を決定しました。」


 ああ、そうだったのですか。

 ちゃんと理解してくださったのですね。聖女が祈らなければ国が滅びてしまうことを。

 そしてやはり、私の代わりに祈ることのできる聖女は現れなかったのですね。

 ミシェルさんが無事だと良いのですが。

 こうして避難して来た人がいるということは、最悪の事態は避けられたのでしょう。

 けれども、なぜでしょう、何か違和感があります。

 順番が間違っているような……

 私の国外追放を最後にすれば、この人たちはこんなに急いでここまで逃げてくる必要はなかったのです。


「皆さんすみませんでした。私が聖女の務めを果たせなかったばかりに、大変なことになってしまって。」


 全ては私の責任です。私が不甲斐無いばかりに国が滅び、民が危険にさらされているのです。

 私がカールさんに拾われて何不自由なく暮らしている間にも、この人たちは苦労してここまで逃げてきたのです。

 実際に避難してきた人たちを見て、あらためて思い知りました。

 あの時、死ぬ覚悟で国外追放に抵抗すべきだったでしょうか?


「そんな、聖女様のせいではありません!」

「そうです、聖女様に守っていただかなければ、私たち今まで生きていなかったんです。」

「聖女様が体を張って国を守っていてくれたのに、俺達はなんにも知らなくて……」

「体の弱い聖女様が何度も倒れたというつらいお役目なのに、俺達には何もできなくて……」


 ここまで大変苦労したでしょうに、皆さん私を気遣ってくれます。

 そんな皆さんに私はどうやって応えれば良いのか……

 あれ?

 私もうっかり口を滑らせてしまいましたが、これって絶対に話してはいけない国家機密だったはずです。

 聖女が国を守っていることを知られると良からぬことを考える者も出るからと、秘密にしていたはずです。

 避難が必要なことを納得してもらうために知らせたのでしょうか?

 それから、どうして私が何度も倒れたことを知っているのですか!?

 絶対に秘密って言ったじゃないですかー!!


「それに、悪いのはアベール王子だ!」

「浮気して邪魔になった聖女様を追い出したんだってな。」

「浮気を繰り返す王子に聖女様が愛想をつかして出て行ったって聞きましたわ。」

「それで罰として廃嫡になったらしい。」


 あれれ?

 何だかまた違和感が……

 何かがおかしいのです。

 私は確か「聖女ではない」と言われて国外追放になったはずです。

 どうしてアベール殿下が浮気したことになっているのでしょう?

 確かにミシェルさんとは親しげでしたが、私と殿下の婚約は形式的なもので、浮気も何も関係ありません。

 私が国を出た後の話を聞いてみると、私が出国した経緯については正式な発表はなく、噂だけが流れていたそうです。

 それにしても、アベール殿下が間違っていたと判断されたのなら、即座に私が呼び戻されると思うのですが、何故未だに放置されているのでしょう?

 そもそもの話、今回の件はアベール殿下()()では実現しません。

 私の国外追放は国王陛下が認めたからこそ実現したはずなのです。

 私を国外まで連れだした騎士様は、近衛騎士でした。国王陛下直轄の騎士団で、アベール殿下でも勝手に動かすことはできません。

 国王陛下の協力が無ければ、聖女の追放は実現しません。

 けれども、国王陛下は聖女の重要性を御存じです。

 セシリア姉さまが病に倒れた時に、まだ幼く聖女の祈りに耐えられる保証のなかった私は無理を押して聖女の役目を引き継ぎました。

 その際に立ち会ったのが国王陛下です。

 国を守るため、聖女の祈りを欠かしてはいけないことを理解していないはずがありません。

 その陛下が、聖女の国外追放を認めたということは……


 次代の聖女が登場する――姪のレティシアが聖女を継げるようになるまで私の命が持たないと判断した。


 きっとそうです。最早聖女の力では国を守り切れない。そう判断されたのでしょう。

 私も薄々気付いていました。レティシアが聖女になるまで、私の命が持たないのではないかと。

 私も頑張ってきましたが、頑張って寿命が延びる保証はありません。

 いつまで続くか分からない聖女の守りを頼るよりも、確実に国民を生き延びさせることを優先したのでしょう。

 けれどもそれは、グランツランド王国の消滅を意味します。

 陛下にとっても、さぞや苦渋に満ちた決断だったことでしょう。


 でも、そうすると、私を追放した意味は……聖女の存在が邪魔だったから?

 ありそうな話です。

 私が頑張って聖女の祈りを捧げているうちは、逃げろと言っても逃げそうにない人たちがいます。

 今、目の前に、こんなにたくさん!

 それに、セシリア姉さまが亡くなった時には大々的に国葬が行われて、王都の外からも大勢の人が押しかけたそうです。

 私の時にそんなことをやっていたら、逃げられる人も逃げられなくなってしまいます。

 何だか色々なことが繋がった、気がします。

 アベール殿下の「偽聖女」発言も、私を追い出すためのその場限りの嘘だったのです。

「偽聖女を追い出したから国が危うくなった」などと言ったら混乱するだけです。

 だから一般には、アベール殿下が浮気をして私を追い出したことにしたのでしょう。

 あ、あれ?

 アベール殿下が一人で罪をかぶっていませんか?

 何だかアベール殿下だけが悪者扱いされていますが、アベール殿下以外にも関係者はたくさんいたはずなのです。

 国王陛下、ミシェルさん、騎士の皆さん。

 あの手際の良さからすると、宰相様も手を回していたのではないでしょうか。

 それに、カールさん。

 そうです。日頃お忙しそうなカールハインツ殿下が、あんな場所に一人でいたこと自体不自然だったのです。

 きっと事前にアベール殿下から連絡を受けていたのでしょう。私を保護するために。

 そう、保護です。

 あそこでカールさんに会わなければ、私はこのデリエの街に着くことなく行倒れていたことでしょう。


 ああ、そうだったのですね。

 ようやく理解しました。


 私は、国を追放されたのではなく、一足先に避難させられていたのですね。

 それが国民を逃がすために必要なことだったとしても。

 私は多くの人に助けられて、今ここにいます。

 私は今まで、聖女として国を、人々を守ってきたつもりでした。

 そして、この命の尽きるまで守り続けようと思ってきました。

 けれど、守られていたのは私の方だったのです。

 私は、……


「皆さん、聞いて下さい。」


 私が今ここですべきことが分かった気がします。

 みんな、みんな、嘘つきです。

 アベール殿下も、国王陛下も、ミシェルさんも、そして私も。

 王族も貴族も歴代の聖女も、みんな嘘を吐き続けてきました。

 歴史を偽り、罪を隠し、足下の危機を見せないようにしてきました。

 今を生きるため。誰かを守るため。

 都合の悪い真実を嘘で覆い隠して今日まで生きてきました。

 私も優しい嘘に守られて、今ここにいます。

 けれども。

 本当にそれで良いのでしょうか?

 ただ守られているばかりで良いのでしょうか?

 守られて、生き延びた私達は、そろそろ知るべきだと思うのです。

 辛い真実に向き合うべきだと思うのです。


 だから、私は語ります。

 本当のことを。


短編ではほぼ蚊帳の外でしたが、この作品の主人公はソフィアです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ