第十三話 王都脱出1
聖女ソフィアが国を出てから約四ヶ月。
ついにこの日がやって来た。
これまで隠し続けて来た事実の一部を国は認め、公開した。
――聖女ソフィアが国を離れ、現在聖女が不在であること。
――代々の聖女は、死霊を生み出し国を脅かす『怨霊』を封じ続けて来たこと。
――その封印が一部解けた事件が、二百年前の死者の大行進であること。
――聖女が不在のため、封印の維持が不可能になったこと。
――封印が完全に解かれたら、その影響はグランツランド王国のほぼ全土に及ぶこと。
――全国民の国外避難を決定したこと。
聖女の出国に関しては目撃者もおり、早くから知られていたが、公式に認めたのはこれが初めてだ。
聖女の人気の高いこの国では、聖女不在だけでも暴動が起こりかねない大問題だったが、それ以外の項目も生死にかかわる一大事だった。
国民の不満が爆発して、制御不能の暴動へと発展しないように、これまで諜報部を中心とした情報操作を行ってきた。
その成果が試される瞬間だった。
実を言えば、諜報部が最も恐れたのは、「聖女不在」の情報だった。
それほどまでに、聖女に対する信仰がこの国には根付いていた。
聖女が亡くなったために国が滅びると言えば、聖女に殉じようとする者が多数現れる。
聖女を追い出したと言えば、国民が怒って暴動が発生する。
聖女ソフィアを救うためと説明するには、聖女の仕事の危険性と重要性を説明せねばならず、やはり混乱が生じる。
そこで行われたのが、あの聖女の追放劇だった。
聖女不在の責任を国でも王家でもなくアベール王子に集中させ、また理由を痴情のもつれとすることで怒りよりも呆れられるように仕向けた。
シャーリー王女の流した「聖女ソフィアはアベール王子に愛想をつかして国を出て行った」と言う噂は、国民の間ではほぼ定説になっている。
こうして最大の難関と考えられていた夏至祭をどうにか無事に乗り切った。
夏至祭の一日が終わった後には、関係者一同胸をなでおろしたという。
そして、その後は少しずつ、噂の形で非公式に情報を流して行った。
まずは、国民の怒りを鎮めるために、聖女を追い出した罪でアベール王子は廃嫡され、幽閉されたと。
実際にはアベール王子は国内を飛び回って暗躍していたのだが、公式な場には顔を出さなくなったため噂は信じられた。
主犯であるアベール王子が罰を受けたことで、聖女の追放騒動は決着がついた形になった。
次に、聖女ソフィアは体が弱く、聖女の仕事を続けられなくなったため国外で静養している、と言う噂が流れた。
聖女ソフィアがしばしば体調を崩して倒れることは、厳重な情報管制にもかかわらず国民に知られていた。
だからこそ、アベール王子が処罰を受けた後にも聖女ソフィアが帰らないことに皆が納得した。
そして、聖女の仕事とはそんなにも大変なものなのか? と国民の興味を引いたところで、聖女の祈りの実体を公開して行ったのだ。
人々は知ることとなった。
聖女の祈りは命を削る過酷な作業であることを。
この国は、代々の聖女の犠牲によって守られてきたことを。
聖女不在の今、いずれ大きな災厄が訪れることを。
そして、今から聖女ソフィアが戻ってきたとしても、その災厄を防げないことを。
ただ無駄に聖女ソフィアが命を落とすだけであることを。
事前の情報操作によって、最悪の事態――制御不能の暴動が発生することは避けられた。
不安や不満があっても下手に異を唱えると「聖女様を殺したいのか!」と言うことになってしまう。
結果として国民感情は一方向に向かって爆発することなく、事実を事実として受け止めることができた。
情報操作と言っても、流した情報の大部分は真実だった。一部非公開のままの情報はあるにせよ、国民を騙しているわけではないのだ。
公式発表で認めたという最初の衝撃さえ乗り切れば、冷静になった後から再燃する恐れはなかった。
だが、暴動が起きなかっただけで、混乱が生じなかったわけではない。
聖女不在で何か良くないことが起こると思っても、避難が必要になるとまでは考えなかった者も多い。
避難するにしても、王都の外、ましてや国の外まで逃げる必要があるとはなかなか想像できるものではない。
即座に自主的に避難を始めた者は少数だった。
即座に動けた者は、公式発表前から国外脱出の準備をしていた者に限られるだろう。
それ以外の者は、見えていない危機に対して即座に行動することは難しい。
だから、避難開始までに余裕を持ったスケジュールが示されたのだが、それがまた別の混乱を引き起こした。
まず、王都の地価が下落した。
避難勧告と避難計画が発表されたが、帰還に関する説明は一切なかった。
楽観的な者でも、すぐに帰ってこれるとは思えないだろう。
国そのものが消滅して二度と戻れないとまでは思わずとも、避難生活が長期に及べば避難先に生活基盤を作り、戻ってこない者も出て来るだろう。
それに、全国民を避難させるほどの大事だ。戻ってきたところで家屋が無事だという保証はない。
それどころか、広範囲に延焼してしまえば何処が誰の土地かも分からなくなる恐れがあった。
だから土地を持った資産家は、少しでも財産を持ち出せる形にしようと売りに出したが、そんなものを買いたがるやつはいない。
避難からの帰還後の復興需要にかけた一部の投資家と、死霊と戦う近衛騎士の拠点用に国が買い上げた程度である。
同じ理由で、大型の家具が叩き売られた。
どれだけ高価な品であっても、ベッドを抱えて避難する阿呆はいない。
そして、土地以上に帰って来ても失われている可能性の高いものである。
王都に残って死霊と戦う予定の近衛騎士の一人が、最後の楽しみにと高級家具を捨て値で買ったらしいが、ほとんどが売れ残った。
一方で、値上がりしたものもある。
例えば、宝石や貴金属等の価格が上がった。
嵩張らない貴重品は持ち運べる財産として重宝する。
抱えきれないほどの金貨を所有する大金持ちだけでなく、多少余裕のある庶民でも旅をする場合などに身に付けられる財産としてよく用いられていた。
特に今回は何が起こるか分からない避難生活だ。少しでも財産を持ち出したいと考えるだろう。
換金しやすい宝石、貴金属、それらを使用したアクセサリー類が飛ぶように売れ、たちまち品薄になった。
さらに高額貨幣である金貨も流通量が減り始めた。高価な宝石類の代わりに、庶民は普段は使わない金貨を持ち出すことにしたのだ。
また、馬車の価格も高騰していた。
もちろん、国外脱出用の足としてである。
馬車があれば移動も格段に楽になるし、徒歩では持ち歩けない大きめの家財道具も持ち出すことができる。
特に、一部の美術品の蒐集家は必死になって馬車の手配に奔走した。
彼らにとって芸術作品は単なる私財ではなく、失ってはならない人類の至宝だからである。
だが、馬車の入手は容易なことではなかった。
馬車を求める人の数に対して、使用できる馬車の数が少なすぎたからだ。
なにしろ、国が事前に多くの馬車を確保してしまっていたのだ。国民の避難計画のためである。
正式な発表が行われるまでは強引に全ての馬車を徴収するような目立つまねはできなかったため、民間にも馬車は残っている。
しかし、民間に残っている馬車は小さくて積載量が少なかったり、長距離の移動には向いていなかったり、仕事で使用しているため避難の直前まで手放せなかったりと、制限のあるものも多い。
国外避難用に使える数少ない馬車を金持ち連中が奪い合っているのだ、価格も高騰しようと言うものだ。
最も深刻だったのが、食糧の高騰だった。
まず、保存の利く食糧の買い占めが始まった。
王都を出て国外に出るだけでも何日もかかる。
主要な街道沿いの町や村ならば宿の一つや二つはあるし、旅人向けに商売を行う者がいることも多い。
国外に行く場合でも、そこまで大量の食糧を確保する必要はないし、王都ですべて揃えなくても道中で補充できる。通常ならば。
だが今は非常時だ。避難の対象は国内のほぼ全域。途中の宿屋が営業しているか、旅人相手に物を売っているか、全て不明だった。
それに、避難先で確実に食糧が手に入るかと言う点だって不安があるだろう。
結果的に、必要以上に食糧を買い込む人が増え、価格が高騰した。
すると、次は値段の上がった保存食が増産されることになった。
多くの食材が保存食に加工され、また、加工前の小麦が買い占められた。
食料品全般の価格が高騰し、このままでは避難開始前に飢える者が出るのではないかと危惧された。
しかし、これは事前にある程度予想されていた事態である。
国は深刻な状況になる前に手を打った。
まず、集団避難の道中、および避難先で必要になる食糧は国が確保しており、各自で用意する必要はないことを広報し、民衆の不安を宥めた。
また、非常事態と言うことで普段以上に強引に民間に介入し、食糧の転売と買い占めを取り締まった。
そして、食糧を一旦国で買い上げて配給や配給や炊き出しなども行われた。
避難行動の基本は徒歩になる。
多くの馬車を確保したと言っても、全ての人を乗せて行くことは不可能だ。
馬車には病人怪我人老人子供を優先して乗せ、また道中の食糧や夜営道具なども積み込む必要がある。
あまり余裕はないのだ。
避難が始まるまで健康を維持し、体力を付けてもらわなければならなかった。
他の経済的混乱を放置してでも、食糧問題は解決せねばならなかったのだ。
半月ほど経つと、新たな発表があった。
それ以降、個人での避難の禁止と、集団避難において個人的な馬車の使用の禁止である。
各個人でのバラバラな避難行動でトラブルが発生して道を塞いでしまったりしたら、集団避難の邪魔になる恐れがある。
自力で避難できる能力と、避難先で受け入れてもらえる伝手のある者は既に避難済みだろうと判断して、未だに王都に残る者は集団避難に組み込まれることになった。
また、大人数で移動する集団避難の中に、先導する軍の管理下にない馬車が混じっていると思わぬ事故の原因になりかねない。
集団避難の当日に、個人的に馬車を持ち込んだら問答無用で軍が接収すると宣言されていた。
当然、この発表に慌てた者達がいた。
まず、ギリギリまで入念に準備をしてから王都を出発するつもりだった者は、その計画が大きく狂った。
ただし、この「個人による避難の禁止」には抜け道があった。
主要な街道を使用しないか、徒歩による少人数の移動ならばまだ認められていたからだ。
旅慣れた者ならば問題になることはないだろうという判断だ。
それでも何時禁止されるか分からないから、準備をしていた者は急いで出発して行った。
それよりも困ったのは、集団避難に自前の馬車で参加しようと考えていた者だちた。
それなりの資産は持っているが、国外に行ったことのない者、国外に受け入れてもらえる伝手を持たない者が集団避難に馬車で付いて行こうと考えていた。
一度も行ったことの無い場所への旅でも、道順を知っている者と一緒ならば道に迷う心配もないし、仲間が大勢いれれば安全も確保されやすい。
何の伝手の無い他国に行ったとしても、難民の一人として入り込めばとりあえずは留まることができるだろう。
後は持ち出した資産を活用して、その地に生活基盤を築いて行けばよい。
その算段がいきなり崩れてしまった。
馬車が使えないとなると、持ち出せる資産は自分で持って行ける範囲に限られてしまう。
だからこそ、宝石や貴金属のアクセサリー類が重宝されるのだが、今になってから買い集めるのは難しいし、価格が高騰しているから財産が目減りしてしまう。
対応は人それぞれだ。
早期に戻れることを期待して、財産を自宅に隠して行った者がいた。
目減りすることを承知で嵩張らない高価なものを買い集めた者がいた。
どうにか自分の馬車で避難できないかと掛け合った者もいた。
その結果、馬車を提供することを条件に、財産の一部を積み込むことを許された者もいた。
馬車の代わりに荷車を用意し、人力で引っ張って行くことにした者もいた。
許可を得た者に限り、先導する軍の指示に従うことを条件に荷車の使用が認められた。
様々な悲喜劇を生み出しながら時は過ぎて行った。
しかし、そうやって右往左往するのはある程度以上の資産を抱えた裕福な者に限られ、多くの庶民には縁のないことだった。
だからこそ混乱はあっても避難計画そのものが破綻することはなかった。
多くの民衆が気にしたことは、何時何処へ向かって避難を行うのか。
避難先での生活はどうなるのか。
家族が離れ離れになりはしないか。
そして、いつになったら帰ってこれるのか。
そうした大衆の不安を刺激しないように、計画は慎重に進められてきた。
何年もかけて。
王都に定住する住人は、ほぼ全て国が把握していた。
把握しきれなかった貧民街の住人は、既に大半が開拓地へと送り込まれて行った。
家族単位で避難先を振り分け、予め各家庭に通知を行った。
そして、各人の事情をある程度考慮しながら集団避難の順番を決めて行った。
集団避難と言っても、全ての住民を一度に避難させることはできない。
大国とは言えないグランツランド王国であっても、王都だけでも十万を超える人がいるのだ。
複数の街道を使って、異なる避難先に向かうにしても、何度かに分けて出発する必要があった。
まずは老人と子供、妊婦に病人怪我人等、足の遅いものを中心に第一陣を編成。
それから、王都でギリギリまで働く必要のある職業の者を後に回して、早目に手の空く者をどんどん避難集団に入れて行く。
何時避難するかが決まれば、その案内が通知される。
自主的に避難した者の把握や、個別の事情のあるものへの対応、割り振られた避難先の通知や避難開始の案内等で王都の役所は大忙しだ。
聖女ソフィアが国を出てから徐々に増えて行った真実を知る関係者は、国が正式に公表する少し前に、政府内に一気に増えた。
そこから役所がフル回転で事務作業を行っていたのである。
王都からの避難は、国全体の避難実施の試金石でもある。
王都での作業を経験した職員が順次地方に回って、作業の指導と手助けを行うことになっている。
また、聖女の結界の中心地である王都からは、全方向に避難が行われる。
グランツランド王国全体を見れば王都は南寄りなのであるが、北側に膨らんでいる北方三辺境領は避難の対象外、避難先である。
王都から各方向に進む避難民は、途中通る地方に人々に避難を促す呼び水になるはずだった。
そして、集団避難の第一陣が王都を出発した。




