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第十一話 二百年前の話

 聖堂は物々しい雰囲気に包まれていました。


 王宮の一角にある聖堂には、祈りを捧げる聖女とその補助を行う神官、そして聖堂の維持管理を行う一部の人間以外の者が立ち寄ることはまずありません。

 (まつりごと)を行うための施設はここにはありませんし、神聖な場所ということで不用意に近付く人もしません。

 そんな聖堂を、不似合いな人たちが取り囲んでいました。

 王宮を守る近衛騎士団です。

 完全武装で聖堂を取り囲み、緊張した様子で聖堂を睨みつけています。

 まるで聖堂内に敵がいるかのようですが、全ての扉が開け放たれた聖堂の中に人影はありません。

 しかし、しばらくすると聖堂の中で変化が起こりました。

 まるで床から滲み出すように現れた影が、のそりと身を起こします。

 それは、人の形をしていました。


「始まったか。総員、戦闘開始! 奴らをこの場から出すな!!」


 影はいつしかその数を増し、聖堂から出てきました。

 その姿は動く死体――ゾンビです。

 聖堂から次々と溢れ出るゾンビに対して、騎士の方々は臆することなく戦いました。

 聖堂から際限なく出て来るゾンビを一体も討ち洩らすことなく倒して行きます。

 戦いは順調に見えましたが、全体を指揮する騎士団長の顔は険しいものでした。


「まだ、怨霊の本体は現れないのか。」


 彼らの目的は、次々に湧き出るゾンビではなく、死霊を生み出し続ける怨霊でした。

 けれども、出て来るのはゾンビ、たまにスケルトンやゴーストといった死霊ばかりで、怨霊らしきものは見当たりません。

 戦いは長く続きました。

 近衛騎士団は国中から実力者を集めた精鋭部隊です。湧き出る死霊を次々と倒して一体たりとも漏らしません。

 それでも終わることのない戦いに、次第に疲労の色が現れてきました。

 一向に変化のない状況に、騎士団長の顔がますます険しくなってきたころ、予想外の変化が訪れました。


「南地区に死霊の群れが現れました! 現在、第三部隊が対応しています。」

「何だと!」


 それは、外から駈け込んで来た一人の騎士でした。

 驚愕した騎士団長は、思わず聖堂の方を見ます。

 そこでは騎士たちが必死に戦っていて、討ち洩らした様子はありません。


「怨霊の力が予想以上に強まっているようです。他の場所でも結界が綻びている可能性があります。」


 その時、騎士団長に声をかけた女性がいました。戦いの場にはそぐわないゆったりとした服装の華奢な女性が、背後に同じような女性二人を引き連れてやって来ました。

 いいえ、この場にそぐわないのは騎士たちの方です。彼女たち三人の方が本来この場所にいるべき者、聖女です。

 それは、怨霊と怨霊を封じた結界の専門家である聖女からの助言でした。

 怨霊を封じた結界は聖堂を中心にしていますが、王都の地下のかなり広範囲に作られています。

 本格的に結界が緩めば、王都のどこから死霊が現れるか分かりません。


「今再封印すれば、被害は最小にとどめることができます。」


 聖女は騎士団長に決断を迫っていました。

 騎士団長は、少し悩んだ後に指示を出しました。


「待機中の第五、第六部隊も出して死霊に当たれ! それから中央軍に協力を要請、出現する死霊の発見と、住民の避難を任せる。」


 騎士団長は、続行を選択しました。それは王都の一般の民衆をも巻き込みかねない危険な賭けです。

 慌ただしく伝令が行き交いました。

 そして、聖堂周辺の戦いも激しさを増して行きます。


 どれほどの時が過ぎたのでしょうか、聖堂に変化が現れました。

 聖堂の中に、黒い靄のようなものが現れたのです。

 その黒い靄は次第に量を増やし、密度を高め、やがて聖堂を覆い隠す黒いドームのような状態になりました。


「あれが、怨霊なのか?」

「はい、あの中に怨霊の本体がいます。」


 騎士団長の問いに、聖女が答えます。

 黒いドームの中心に、怨霊の本体がいるのでしょう。

 それを討ち取ることこそが騎士たちの目的です。


「よし、矢を射かけろ!」


 騎士団長の号令に従い、死霊と戦う騎士たちの後ろに控えていた弓を手にした騎士が、一斉に矢を放ちます。

 その矢には、神官によって死霊特効の聖なる魔法が掛けられていました。

 魔法の掛かった矢は強力です。たまたま黒いドームから出てこようとした死霊(ゾンビ)が矢を受けてただの一撃で崩れ落ちてしまいました。

 その強力無比な矢を大量に浴びせられてなお、黒いドームは揺るぎもしません。いえ、むしろ徐々に大きくなっているようです。


「駄目か? まるで手応えがないぞ。」


 弓を手にした騎士が、思わず弱音を漏らします。

 放たれた矢は、まるで闇に吸い込まれるように黒いドームの中へと入って行きます。

 そして、何かに当たる音もしなければ、反対側に抜け出たり跳ね返って出て来る矢もありません。


「矢が本体まで届いていないのか? 突入して直接本体を叩かべきか?」


 効果が薄いと感じた騎士団長も思案します。

 黒いドームの中には聖堂があります。

 扉という扉、窓という窓を開け放って見通しが良くなっていましたが、壁や柱に阻まれて矢の通らない死角があってもおかしくありません。

 けれども、全く見えない中に入って行くことは大変な危険を伴います。

 黒いドームを形成する黒い靄は、今や黒い霧と呼ぶほどに濃くなっています。ランプや松明を持って入っても、一寸先を見通せるかも怪しい感じです。


「う、うわあああああぁぁあ!」


 突然異変が起こりました。

 黒いドームの近くで出て来る死霊と戦っていた騎士の一人が、突然狂ったように暴れ出したのです。

 近くにいた騎士たちによってすぐに取り押さえられましたが、その顔は恐怖にひきつっていました。


「何が起こった!?」

「分かりません! あの黒い霧のようなものに触れたとたん、理性を失って暴れ出しました!」

「おそらく怨霊の怨嗟の声に当てられたのでしょう。怨霊は結界越しでも精神を削られる怨嗟を放っています。直接浴びたら精神が持たないかもしれません。」


 聖女の補足を聞いて、騎士団長かせ顔を顰めます。

 矢を射かける遠距離攻撃で効果がなく、黒いドームに入って行くこともできなければ打つ手がありません。


「ここまでなのか!? ここまで来て、建国以来百年の禍根を断つことができないのか! 今日までの努力は無駄だったのか!?」

「いいえ、無駄ではありません。私達はこれまで分からなかった怨霊について少しだけ知ることができました。これを後世に伝えれば、いずれ解決方法も見つかるでしょう。」

「……そうだな。今は伝えるべき後世を守らなければならないか。再封印をお願いします。」


 聖女に諭された騎士団長は、作戦の中止を決断しました。

 それを受けて、三人の聖女は頷き合い、黒いドームを囲むように三ヵ所に分かれて移動しました。


「これより、怨霊の再封印を行う。総員、聖女様を死守せよ!」


 三人の聖女が定位置に着き、黒いドームに向かって祈りを捧げます。

 その三人を守るように騎士たちが集まり、衰えることなく次々に現れる死霊たちを倒して行きます。

 死霊たちも聖女を危険とみなしたのか、三人の方に集中して向かって行きます。

 これに対して、弓を持っていた騎士たちも剣や槍に持ち替え、総力をもってこれに当たります。

 激しい戦いになりました。

 動けない三人の聖女に指一本たりとも触れさせはしないと、必死の覚悟で守る騎士たち。

 その聖女に群がるように押し寄せ、どれほどの攻撃を受けようと動ける限りは進み続ける死霊たち。

 どちらも一歩も引きません。

 しかし、少しずつ変化が現れてきました。

 聖女の祈りの効果か、黒いドームが少しずつ小さくなって行きます。

 それに伴い、死霊の現れる速度も次第に緩やかになって行きました。

 戦況は徐々に騎士たちの優位に傾いて行きます。

 やがて、黒いドームの中から聖堂が現れました。

 黒い霧は次第に薄くなり、黒い靄に戻りました。そして、その黒い靄も薄れて見えなくなります。

 死霊の現れる頻度はさらにまばらになり、いつしか途絶えました。

 そして、最後の一体の死霊を倒した後は、新たな死霊は現れなくなりました。

 騎士たちの勝利です。

 しかし、勝鬨より前に、悲鳴のような叫び声が上がりました。


「聖女様!!」


◇◇◇


 恐ろしい夢を見ました。

 見ている間は何の感慨もなく、ただ目の前に現れる光景を眺めているだけでした。

 けれど、目が覚めたとたんに心臓がバクバクいっています。

 あれはおそらく、二百年前の死者の大行進(アンデッドパレード)事件です。

 一般には王都に大量の死霊が発生した出来事として伝わっていますが、その実態は封印された怨霊を倒そうとして失敗した事件です。

 王都に溢れ出た大量の死霊はその余波に過ぎません。

 その余波だけでも多くの人が犠牲になりました。

 夢に見た場所は事件の中心部、聖堂の周囲で行われた戦闘でした。

 怨霊を引き出すために結界を歪め、聖堂のある部分だけ穴を開けたのだそうです。

 その結果聖堂の中から大量の死霊と怨霊が出てきたのですが、その際予想外の場所にまで結界の綻びができてしまいました。

 怨霊を封じた結界は、王宮の聖堂を中心としていますが、実は王都のかなり広範囲に渡って張られているものです。

 聖堂に開けた穴が広がらないようにその近辺を強化した結果、王宮から離れたところで結界が弱くなり、何ヵ所かで結界を破って死霊が溢れ出たのです。

 夢で見た聖堂周りの戦いでは騎士団の勝利に終わったかに見えましたが、同じころ王都の各所では一般市民を巻き込んだ凄絶な戦いが行われていました。

 最初から怨霊を倒すために精鋭の騎士達が対死霊用の装備を揃えていた聖堂前の戦いとは異なり、市街地で発生した予定外の戦闘は一般市民や一部貴族の方々を含めて多大な犠牲者を生みました。

 そして、聖堂前の戦いにおいても犠牲者が出ました。

 当時三人いた聖女。パトリシア様、モニカ様、マーガレット様。

 このうちパトリシア様とマーガレット様は、怨霊を封じた後そのまま力尽きてお亡くなりになりました。

 残ったモニカ様も衰弱が激しく、修行中だったシンシア様が修業を切り上げて聖女になりました。

 封印された怨霊の力が予想以上に強くなっていたためだと考えられています。


 計画的に結界の一部に穴を開けただけで多くの市民が亡くなり、聖女二名が犠牲になる惨事です。

 結界が完全に壊れてしまえば、私一人の命では再封印することも叶いません。

 今から私が国に戻っても、聖女の祈りを一回行うだけで倒れ、そのまま命を落とすことになるでしょう。

 グランツランド王国の滅亡は、もう避けようがありません。

 今の私にできることは、結界が綻び始めた頃に国に戻り、人々が避難するために僅かな時間を稼ぐくらいでしょう。

 それが、私の残る命の使い方です。

 そのためには、今は体力を付けなければなりません。

 一分一秒でも長く死霊を押しとどめ、一人でも多くの人を生き延びさせるために。


◇◇◇


「本日のソフィア様はいつもよりも沢山食事をお召し上がりました。」

「それは良かった。彼女は痩せすぎているから、沢山食べて滋養を付けてもらわないとね。」

「元々食が細かったので、それでも普通よりは小食なのですが。初めの頃は無理に食べようとすると戻していましたから、だいぶ改善されたことは間違いありません。」

「医師の話でも、危険なほど軽かった体重も増えているということだし、アベールには順調に回復していると伝えられそうだ。」

「一所懸命に食事を頬張る姿は、小動物のようで家愛らしかったですよ。」

「それは……ちょっと見たかったな。」


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