第一話 聖女追放
・2023年11月22日 誤字修正
誤字報告ありがとうございました。
短編掲載時に「続きを読みたい」と思ってくださった方、お待たせしました。
物語の続きから結末まで、何とか書き上げたのでお楽しみください。
「ソフィア・フローレンス。お前は聖女と偽り国民を誑かした。よって、お前との婚約をこの場で破棄し、国外追放を言い渡す!」
え?
一瞬何を言われているのか分からなくてまじまじと見返してしまいました。
目の前にいるお方の名前は、アベール・ラグバウト。この国の王太子で私の婚約者……でした。
婚約破棄は別に構いません。元々単なる政略結婚であり私が望んで婚約したわけではありませんから。
けれども、国外に追放されてしまうと困ったことになります――主にこの国の人々が。
「アベール殿下、それでは聖女の職務が続けられません。」
この国は聖女の祈りによって作られた結界によって守られています。
私も聖女を継いでから毎日欠かさず祈りを捧げています。
聖女の祈りが途絶えれば、半年ほどで結界は綻び、国中に災いが訪れるでしょう。
今聖女の仕事を行えるのは私だけです。私の姪に聖女の素質がありますがまだ幼く、聖女の任に就けるには後数年はかかります。
このままでは国が滅びかねません。
アベール殿下は聡明な方なのに、そのことが分からないのでしょうか?
「心配ない。真の聖女はここにいる。偽物の聖女はさっさと国を出て行くがいい。」
アベール殿下の向けた視線の先にいるのは、殿下に寄り添うように佇む女性でした。
彼女は確か、ミシェル・バートレット。バートレット侯爵家の御令嬢です。
けれども、それはあり得ません。
聖女は代々フローレンス家にしか現れない特殊な能力なのです。単に治癒魔法が得意と言った程度でなれるものではありません。
最近殿下はバートレット家の御令嬢と仲睦まじいという噂でしたが、色恋に迷われたのでしょうか?
ですが、これだけは言っておかなければなりません。
聖女は才能の無い者に務まるほど楽な仕事ではありません。場合によっては命に関わります。
「ですが――」
「くどいぞ、フローレンス嬢! これは決定だ! 既に父上の了承も得ている。」
そんな!?
国王陛下の許可が下りたということは、もうこの決定は覆りません。
失意のうちに、私はこの場を後にしました。
もう、この国はおしまいです。
◇◇◇
「着いたぞ。お嬢ちゃん、降りな。」
気が付くと、馬車が止まっていました。
国外追放を言い渡された私は、呆然としているうちに馬車に乗せられ王都を出立しました。
何度か小休止を挟みながら一日中馬車に揺られて、夕方暗くなり始めたころに宿に到着して一拍。
翌朝は早朝に宿を出発して、再び馬車に揺られることになりました。
同じことをもう二回――内一回は野宿でした――繰り返して今日は四日目になります。
既に聖女の任を解かれ、国外追放を言い渡された私に聖女の務めを果たすことはできません。
せめて気持ちだけでもと、馬車の中で祈っておりましたところ、いつの間にか到着していたようです。
到着――つまりここはもう国外です。
王都から三泊四日で国外に出てしまうなんて、随分と小さな国だったんですね。私、知りませんでした。
私は、ここまで送ってくださった騎士様に促されて馬車を降りました。
「後ろの検問所の向こうがグランツランド王国だ。お嬢ちゃんは国外追放だから、もう門の向こうには戻れない。このまま街道沿いに進めばアウセム王国に着く。そちらに向かうと良いだろう。」
騎士様は、言葉はぶっきらぼうですが優しい方でした。ですが、職務を放棄して私を助けて下さることはないでしょう。
大きな門の向こうへと引き返して行く馬車を、私は一礼して見送りました。
私もできたら聖女の務めを最後まで全うしたかったです。けれども、それももう叶いません。
結界を維持するためには、王宮にある聖堂で聖女の祈りを捧げなければなりません。
私が馬車の中で祈っていたのは私の気持ちの問題で、結界の維持には何の貢献もしないのです。
さて、これからどうしましょう?
私はもう戻れない祖国に背を向けて、街道の先を見据えます。
まあ、悩むまでもなく今の私にできることなんて限られているのですけどね。
国から追放されたのだから、別の国へ行くしかありません。
この道を進めば隣国に行けるということですから、とりあえず進んで行きましょう。
けれども、隣国に着いたら、その後どうすればいいのでしょう?
正直言って、私は世間知らずです。
私の生活は、聖女の務めを中心に回っていました。
庶民の暮らしどころか、普通の貴族の暮らしもよく知りません。
国外どころか、王都の外に出たこともほとんどありません。
そう言えば、これが私にとっての初めての旅行だったのです。せっかく馬車には大きな窓がついていたのですから、外の光景をよく見ておくべきでした。
初日は呆然としていて、それ以降はお祈りに集中していて、あまり外を眺めていませんでした。惜しいことをしました。
いえいえ、今は現実逃避をしている場合ではありません。
話を元に戻しましょう。
問題は、このまま隣国――アウセム王国に到着しても、何をすればよいのか全く分からないことです。
私は聖女以外の生き方を知りません。
物心ついたころから聖女になるための修行をしていて、聖女を受け継いだあとはひたすら聖女の務めを果たしてきました。
死ぬまで聖女を続ける覚悟でこれまで生きてきました。
それが、突然聖女を辞めさせられても何をしていいのか分かりません。
そもそも、聖女を辞めた私に何ができるのでしょうか?
それ以前に、私は生きていけるのでしょうか?
私は身の回りのことなど何一つできません。聖女の務めに差障りが出るといけないからと、何もさせてもらえませんでした。
私、生活能力低すぎます。
まあ、それはおいおい憶えるとして。
生きていくためにはお金が必要です。世間知らずな私でも、そのくらいは知っています。
働いてお金を稼ぎ、得たお金で生活する。それが正しい生き方です。
私も今までは聖女のお仕事をしてきました。直接お金をもらっていたわけではないのでよく分かりませんが、たぶん報酬として国から何らかの形でお金が出ていたのだと思います。
その聖女の任を解かれたということは、今の私は無職です。
お隣の国で、新しい仕事は見つかるでしょうか?
「こんにちは、お嬢さん。随分と軽装ですが、旅人ですか?」
びっくりしました。
まさか声をかけられるとは思いませんでした。
そう言えばここは街道でした。人も馬車も全然通らないから無人だとばかり思っていましたが、私の他にも人が歩いていてもおかしくありません。
声のした方を見ると、男の人が道端に座っていました。
「こ、こんにちは。私はソフィアです。これからアウセム王国に向かうところです。」
考えてみれば、私は面識のない人と一対一で話しをしたことはあまりありません。 おかしなことを口走っていないでしょうか?
「これはどうもご丁寧に。僕のことはカールと呼んでください。僕もアウセム王国の都市、デリエに向かうところだったんだけど、足を怪我してしまってね。今、供の者に助けを呼んで来てもらっているところだよ。」
見ると、カールさんのズボンの裾が血で染まっています。
大変です!
「見せてください!」
私は慌てて駆け寄ります。
……出血はしていますが、傷はそれほど深くないようです。傷口は清められ、応急手当もしてあります。
これならば――
――聖女の祈りは、魔力が足りなければ生命力を奪っていきます。聖女になった貴女は決して治癒魔法を使ってはいけませんよ。
私はもう聖女ではありません。目の前の傷ついた人の怪我を治すのに躊躇う必要はありません!
「ヒール!」
「……すごい。痛みが引いて行く。」
カールさんが立ち上がりました。
どうやら傷は骨まで達していなかったようです。良かったです。
「ありがとう。こんなによく利く治癒魔法は初めてだよ。そうだ! アウセム王国に行くのだろう? お礼に送るよ。」
その時、馬車が一台やって来て、私達、いえカールさんの側で停まりました。
中から男の人が飛び出してきました。
「カール様、お待たせしました! 大丈夫でしたか?」
どうやらカールさんの言っていたお供の人だったようです。
足を怪我したカールさんのために、馬車を用意したのでしょう。
「ああ、こちらのソフィアさんに治してもらったから、もう大丈夫だ。」
「そうだったんですか。私共の主人がお世話になりました。ありがとうございます。」
お供の人がカールさんと一緒に頭を下げます。
私はこんなに面と向かって感謝されたことがないので、どうしたらいいのか分かりません。
「それで、ソフィアさんもアウセム王国に向かうところだそうだから、馬車で送ろうと思うんだ。」
「それがよろしいでしょう。旅慣れていない女性の足では少々きつい距離でしょうから。」
カールさんと従者の方にも勧められて、私は馬車に同乗することになりました。
送ってもらって正解でした。
旅慣れた人の足で数日かかる距離だそうです。不慣れな私では何時になったら到着するか分かりません。
そもそも、私はこんなに長い距離を歩いたことはありません。
王都でも、家から王宮まで馬車で通っていたくらいです。
自分の足で歩いていたら、途中で力尽きていたと思います。
そもそも、王都から着の身着のままでここまでやって来て、旅に必要な物を一切持っていませんでした。
馬車に乗せてくださったカールさんには感謝です。
馬車に揺られて三日目の昼過ぎ、ようやく街が見えてきました。
随分と大きな街のようです。
獣避けでしょうか? 街を囲むように白い壁らしきものが見えます。
馬車はかなりの速さで進んでいます。
カールさんと他愛のない雑談に興じているうちにどんどんと街の姿が大きく……見えてきません?
あれ? もしかして、予想以上に距離があるのでしょうか。
それから一刻ほど過ぎた頃でしょうか、ようやく近付いてきました。
……大きいです。近くで見ると壁は見上げるほどに高く、どこまで続いているのかと思うほど左右に長く伸びています。
これは町や村ではなく、都市ですね。大都市と言ってもいいかもしれません。
しかも、さらに都市を広げようとしているのでしょうか、壁の外にも建築中の建物らしきものが見えます。
そんな光景を横目に見ながら、馬車は大きな壁に作られた大きな門をくぐって行きました。
「ソフィアさんは恩人なのですから、是非とも僕の屋敷に寄って行ってください。歓迎しますよ。」
カールさんに押し切られて、そのままカールさんの家に向かうことになりました。
「そうそう、ソフィアさんはデリエで行く当てなどありますか?」
「いえ、私はこちらに来るのは初めてなので。」
「だっだら、今日は僕の屋敷に泊まっていくといい。今から宿が見つかるとは限らないからね。」
「え、あの、……はい。」
いつの間にか今日の私の予定が決まってしまいました。
ですが、これはとても助かりました。
考えてみると今の私は一文無しなのです。仕事を探す以前に今日の宿代もありませんでした。
国内で移動していた時は、騎士様が宿代を払っていました。
何処でどうやって仕事を探していいのかも知らない私には、カールさんの厚意を受けるほかありませんでした。
国外追放って、思った以上に過酷な刑罰だったのですね。
馬車はしばらく進むと大きなお屋敷の前で停まりました。
何でしょう? このお屋敷、明らかに周囲の建物と一線を画して立派です。
馬車を降りたカールさんを執事らしき人物が出迎えました。
「おかえりなさいませ、殿下。」
え? 殿下?
驚く私に、カールさんは振り向いて言います。
「改めて自己紹介するね。僕の名前は、カールハインツ・デリエ・アウセム。ようこそアウセム王国へ、ソフィアさん。」
え? えええ!?
カールさん、いえカールハインツ殿下はアウセム王国の王族、王子様です。政治や他国に疎い私でもそれくらいは知っています。
一方、聖女の地位を失った私は、一般人のようなものでしょう。国外追放の処分を受けた罪人でもあります。王族の方にお世話になってよい立場ではありません。
どうしましょう?