9.邪神の化身
ある夜の事。夜のフィールドにも慣れ、虫以外の足の速い四足歩行の獣の魔物なんかも狩るようになった頃。
いつも黙ってそこらを警戒している小柄な女が、急に呼ぶので木陰に隠れると、顔を隠した二人組みの声と足音が近づいてくる。
こんな時間顔を隠し他二人組が狩もせずに潜伏したら、ほぼ確実に訳ありだろう。
こうなるとどちらが先に出るかの我慢比べ。
短い夜間の【訓練】時間を削られじりじりするが、相手がPKなら刈り取る。
まだ【訓練】ばかりで、PKを狩ったのは狩にもならないデバフ薬ぶっかけの時だけ。
しかし、勝負の時は割りとあっさり訪れる。それはそう、PKも何も考えなしでこんな所に潜伏してるわけじゃない。
獲物になる相手が近づいた所で、本格的に消えた。さっきまではちょっと目立たない様にしていただけで、お見通しだったのだが、
本気でスキルを使われて隠れられると、どこにいるか分らなくなってしまった。
「(大丈夫、動けばすぐに<隠蔽>の効果は薄れるから、こっちの方が有利)」
引き続き様子を伺っていると、一瞬キラッと何か光り、歩いてきた普通のプレイヤーの背中に何かが突き立つ。
そのまま膝をついてしまうプレイヤーだが、幾らなんでも奇襲一撃で死んでしまう事はないだろう?
このままどうしようか迷っていると、姿を現したPKが手に大型ナイフを構えて動けないプレイヤーに近づいていくので、デバフだと確信し、
妙に荒くなる呼吸を無理やり抑えながら、照準を合わせるように鞭剣の先端を相手の背中に向けて、
鞭剣術 貫殺
その大型ナイフのPKの背中を鞭剣が突き抜ける。剣を縮めるようにすぐに引き抜き、しなる鞭剣を振り回しながら足を斬り付け、更に喉に撒きつけ一気に引く。
ずっとイメージしていた通りの動きに一瞬気が抜けた所に、隠れていたもう一人からの攻撃。
脇腹に衝撃が走り、ハリボテの皮服はあっさり貫通して、何か刺さった。
片手に何かを掲げたまま、顔を隠した布越しからでも分る他人を見下した薄笑いを浮かべながら近づいてくるPK。
自分もいつの間にか膝をついているのはデバフだろう。
全く動けないわけでもないので、震える左手の甲を顔に近づけデバフを確認すると麻痺のマークだ。
ゆっくり後ろから近づいてきたPKが、
「何だお前?コスプレ野郎か?余計な手出ししやがって、そういう事してっから痛い目見るんだよ。これからはPKに襲われてる奴がいても無視するんだな『自分じゃなくて良かった』っつってな。お前みたいな根暗ボッチコスプレ野郎にはお似合いの生き方だからよ」
こっそり逆手に持ち替えた鞭剣で、クソくだらない説教をするPKの腹を串刺しに、
そのまま立ち上がり、止めをさそうと思ったが、手に持ってるあれ映像撮影用の道具だよな?と思い至り、初めて使う<強奪>スキル。
「<強奪>悪く思うなよ。余裕こいてそんな物撮りながら近寄ってくるやつが悪いんだ。PKする奴も悪いし、頭も悪い。ついでだから顔も見ておこうか<強奪>なるほどね顔も悪い」
流石にここまで言われれば切れたのか腹に鞭剣が刺さったまま手に持ったナイフで斬り付けてくるが、
鞭剣を引き抜き、
掃蹴術 火喰
蹴り飛ばして近くの木にぶち当てる。そしてそのまま鞭剣で滅多斬り。
光の粒子に変わった所で、先に喉を裂いてそこらに倒れてた方が逃亡をはかるが、伸ばした鞭剣で再び後ろから串刺し。
そのまま鞭剣を縮めて、近くまで引き寄せ、
「お前も顔を晒そうな。先にお前らが撮ってた動画に、お前らの素顔を上書きしてPK板で晒してやるからよ<強奪>お前も顔が悪いな。アバターなんだから現実と同じ顔にしなくてもいいのにな」
そう言って、道具を相手の顔に近づけてから、止めを刺す。
PKされた麻痺してる人は申し訳ないが、放置だ。別に自分は警察でも世界を守る救世主でも慈善家でもない。
秘密基地に戻って、今日の反省。
まずは大事な事だが、何しろ映像を撮る道具を触ったのが今日初めてなので、使い方が分らない。
さっき顔を撮った様に見せかけたのは完全にブラフ。
あと、調子こいて喋りすぎた。今後声でばれないように気をつけないと。
良かったのは最初から麻痺解除用の薬を咥えた状態で出て行った事。これは例の男に麻痺を使う奴が多いから慣れない内はそうしろって言われただけだが、効果覿面。
薬を飲み終わった瓶はそこらに吐き捨てた。別に環境汚染じゃない。この世界では不要になった空き容器はそこらに投げれば勝手に霊子に変わって世界に戻っていく。
最後にやはり今回も相手の刃物が全然怖くなかった。
復讐の為、黒い欲望に身を置いている時は恐怖がないのか?寧ろ刺して来いという気持ちだった。
つまり相手の攻撃を受け入れる覚悟でいれば、刺されても刃物を向けられても怖くないという事だろう。
やられるかもしれないなんて考える余裕も無い。ただやるという覚悟。
それが今の自分に一番大事なものだ。あとはいくつか手札が必要だ。攻撃だけじゃない隠れた相手を見つけたり、多対一でも立ち回れるようにする為の工夫。
まあまだ二度目のPKKまだまだやりようはある。今日の内容をもっと深く掘り下げてチェックし、計画を立て1個づつ実践していこうじゃないか
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【王国】クラン『Kingdom Knights』
「えっと……抽出用溶液の量は十分。置換装置は問題なし。分解装置も大丈夫だな……」
「おい!おいってば!」
「なんだよ!今日は流石に構ってやれないぞ!分ってるだろ?これから雷精の力を抽出するんだよ!成功すればまた一歩進められるんだぞ!」
「分ってるけどよ。こっちのテンションも少し気遣ってくれよ」
「なんだよ?テンション低いと精霊にも影響あるかもしれないから訓練場にでも行ってろよ」
「何でお前はいつもそう酷い事が平気で言えるんだよ。アレだけ大規模のPKの乱が一瞬で終わっちまったんだぞ?拍子抜けどころじゃないだろ。こっちはこれから命がけの闘争のつもりだったのに」
「はいはいはい!最初から言っただろ。資金源があるんだろって、それを潰したから結果的にPKも解散以上!何にもおかしな事無いだろうが、予想通りの結果しか出てないと思うが?」
「そりゃそうだけどよ。よりにもよって、何で【帝国】の隊長が解決しちまうんだよ!俺だって今度こそPKに思い知らせてやりたかった」
「しょうがないだろ。要は魔将復活関連で隊長と共同作戦まで決まってたんだ。敵の本当の狙いは向こうで、3クラン連合で囲んだにもかかわらず、隊長は罠を仕掛けて逆に一方的に虐殺したんだとか?やっぱりヤバイ奴だな」
「まあな~集団戦であの人に勝てる奴がいたら逆に教えて欲しいよ。まあこうなったら魔将戦で活躍出来る様に頑張るしかないか」
「切り替えが早い事はいい事なんじゃないか?ただ問題はあるぞ。そもそも向こうに迷惑をかけちまったのは、うちの裏切り者の所為なんだろ?」
「別に裏切り者って訳じゃねぇよ。普通に合わないからって辞めて行った奴らがどこで話しを聞いたのか魔将の情報を流しちまっただけさ」
「それだけで本当に済むのか?迷惑かけて何にも要求されないほど世の中甘くないだろ?」
「隊長は歯牙にも掛けてないよ。普通に説教して帰したってさ。それじゃうちも、情報流した奴に一言言って帰すしかないだろう?」
「なんだ?お前から何か言ったのか?知ってる奴だったとか?」
「まあ入って来たばかりだし詳しい事は知らないけど、何度か話したことはある。強くなりたいって気持ちはあるのに【訓練】しないから、それだと強くなれないぞって言っただけ」
「なんつうか、どっちもどっちだねぇ。散々迷惑かけられたのに一言言って帰しちゃうってどういう神経なのか俺にはよく分らん」
「そりゃ俺だってもう少し頭良ければクランをいい方向に出来ると思うし、他人から慕われる様になると思うけどさ。そううまくいかないじゃん。さりげなく平気で全部解決出来ちゃう奴らがおかしいんだよ」
「ふん、皆が皆頭が良ければそれは幸せかもしれないがな。そうも行かないだろうよ。だからお前みたいなのがいるんじゃないのか?」
「何の話だよ?」
「入ってきたばかりの新人だろうが、こんな生産用の別棟の更に隅っこにいる俺なんかをちゃんと覚えてて気に掛ける奴がいるから、頭の悪い奴に傷つけられてもこうしてゲームを続けられるんじゃないのか?」
「そうかな?別に俺はあからさまに嫌な奴とかは無視するけど、これが普通だからな。本当はゲームの中だけでももう少し頭のいいキャラでいたいよ」
「ふぅ、まあ好きにしろよ。俺は雷精の抽出に戻るぜ、何しろPKやなんかで供給が止まってた素材がやっと手に入ったんだからな。ここでやらない手はない!」
「そうだな。頑張れよ。俺は円卓会議に行ってくるわ。多分次の魔将戦の事だろうけど、天騎士ってのに誰がなるかって言う噂が有るんだよな」
「また噂か?お前がなればいいじゃないか」
「無理無理、伝説の天騎士だから多分うちのクランマスターの鈍色の騎士がなると思うぜ」
「いつの間にか帰ってきてたんだな。いつもフラフラしてるからなマスターは」
「仕方ないよ。困ってるヒトを助けるのが趣味なんだから。困ってるヒトを助ける為にゲームやってるって言って、過言じゃないどころかただの真実な人だから」
「その高貴な理念に実力が伴ってるんだから、いつのまにやらうちが最強クランとか言われるけど、マスターとクランメンバーじゃ実力が隔絶してるからな……」
「言うなよ。俺も頑張るって」
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【王国】とある街郊外-夜-
「PKを先導して散々荒らしまわった挙句、何食わぬ顔で安穏としてるんだ?寧ろ自分達が狩られるとは思わなかったのか?」
「全て僕に責任がある甘んじて受けよう」
暗がりに重装備の男が膝をつかされ、その後ろには鞭剣を持った黒い影が立っている。重装備の男は完全に観念し、何の抵抗もしない様子だが……。
「そういう事言ってるんじゃねぇ。黒幕は誰か聞いてるんだ。金払ってPKに荒らさせるだけ荒らさせてお前らは一体何を得る予定だった?名声の為だけにやるか?違うな」
「何が言いたい?」
「どうしても言えないなら、俺の口から言ってやろう。お前達は【教国】の者に唆された。違うか?」
「ぐぅ……その通りだ。始めに情報源を持ってきたのは『騎士団』を辞めた者達だったが、その後ルクレイツァを連行してくれば魔将の件も収まるし、多額の報償もあると言ってきたのは【教国】のNPCだった」
「なるほどね。それで他には何かないのか?今回のこの事にまつわる情報は」
「そんなもの聞いてどうする気だ?」
「どうすると思う?なんでもあんたら【王国】と【帝国】の上の方でお咎め無しとされたんだってな。でもよ俺は俺でその上って奴らから今回の件の情報を集めて来いってせっつかれてんだよ。だから何でもいいから早く吐け。吐かないならクランメンバーを一人づつ狩る」
「くそ!分った!全て話せる事は何でも話す!ただ本当に何も知らないんだ。古の聖女に用があるから子孫を引き渡せばすべて上手く行くと言われた」
「そんな曖昧な話をどう解釈したんだお前は」
「聖女の子孫を生贄にすれば魔将復活を食い止められると……」
「なるほど、人身御供の話だから曖昧なんだろうと思い込んだのか、本気で言ってるのか?」
「本当なんだ!あとは魔将は何とでもなるけど、邪神の化身は復活したらどうにもならないとか……」
「邪神の化身?」
「ああ、僕もそれが何かは分らない。敵性勢力だとは思うが、どちらかというと【教国】はそっちの敵の事を重要視していた様に思えた」
その後も尋問を進めるがこれ以上本当に何も出そうにない。
何より話しているとこの重装備のクランマスターは自分のクランの人間が傷つく事を嫌がる傾向がある。
だったら他所のクランの人間も傷つけてんじゃねぇって話しなんだが、どうやらもう一人別のクラン代表者がいて、後ろ暗い事はそっち担当だったようだ
当然そいつも締めたが、出てくる情報はあまり変わらない。だがもう一人の方はヘラヘラと平気で外道を行う奴だったので、どう対応するかは決まってる。
潰して顔を晒す。何にも対応できない無様なサマをPKサイトに乗せてやるだけ。PKを扇動して【王都】を荒らした事も含めて。
今後大変だろう。回りは敵ばかり、PKに堕ちたらもっと遊んでやろうじゃないか。
問題は邪神の化身。
名前から察するにゲーム内の敵の名前だろうが、上司に報告したらやっぱりと言う顔と深刻そうな顔半々。
1000人で戦う魔将より強大な敵がいるとして、集団で戦えない自分には到底関係のない話。
今回の件で自分に関係があるとしたら【王都】の賊大量発生と賊狩りの黒い怪鳥とやらが、また噂になった事くらいか。
次週予告
【王都】は平常に戻り魔将討伐が行われるものの生産職には関係のない話
<練金>の研究とパワーアップは順調に進めども
同時に裏の仕事も本格化し始め『黒い怪鳥』の名も広まっていく