8.仲間
「なぁ、あんたが<練金>プレイヤーか?」
「そうだけど……何か用?」
夜の世界、人知れぬ【訓練】の成果はよく分らないまま、日々を過ごしていた。
そして昼……そこでもあまり関わる者のいないまま、黙々と<練金>の熟練度を溜め込む日々。
鈍色の騎士に願い出てクランに加入したはいいが、戦えない自分の居場所は生産用のクランホームべ別棟だけ。
何しろ自分を救ってくれた鈍色の騎士はまたの名をプレイヤー最強と呼ばれている。
『騎士』と言う上位ジョブを発見したモノの、あまりの難易度から後を追える者が殆どいなかった為だ。
一人、また一人と騎士になった者はクラン幹部として色を与えられ、そのまま赤騎士や金騎士、黒騎士と呼ばれている。
そんなクランの文化や空気からすれば、基本的に武闘派。PK被害者が結構多い事から、力で取り締まる空気を【王都】に蔓延させたって言う意味では、善良だけでは片付かない。
勿論、装備にもこだわりがあり、生産職保護や囲い込みも行ってるし、特別差別されたり下に見られり等、嫌な思いをする事はない。
とはいえ、自分の生産物は術士の消耗品である〔賢者の石〕が基本。作れば作っただけ使用されるし、腐るものでもないから良いのだが、別に特別なものでもない。
ただそれだけ作ってれば、お金だけやたらと溜め込む事になる。しかし折角のフルダイブVRでただの作業ゲーなんて、アホらしい。
溜め込んだ金をつぎ込み次から次へと素材をかき集め、研究に没頭する。そして作れない物に挑戦する事で熟練度を溜め込む。
副次的な効果として、素材集め専門のプレイヤー達とは繋ぎが出来たし、何ならクランに誘って素材供給も困らなくなったと言う所か。
戦闘職としても装備のグレードアップは助かるのか、素材収集プレイヤーにも当りはいいし、何よりこのゲームは使えば使うほど装備の耐久が目減りする事から、一定期間で交換の必要がある。
生産職と戦闘職は上手く共存できてるし、循環できていると思う。
そして、生産用の別棟でいつも通り<練金>に没頭している所に、明らかに戦闘職と見られる男が話しかけてきた。
「用って程のもんじゃないけど、何か高価な素材買い集めてるって聞いたから<練金>ってそんなに儲かる物なのかなってさ」
「どうだか?生産職全般素材を買って、何か作って、手数料とか利益上乗せして売るわけだろ?売れる物作ってれば、勝手に資産は増えるんじゃないか?」
「あ~<練金>って〔賢者の石〕作れば幾らでもはけるもんな!俺もやってみるかな~」
「別に止めはしないが、金策に有効って知られてからは、それなりに<練金>取る奴も増えたらしく、相場は安くなってるぞ」
「げっ……まじかよ……乗り遅れたわ……」
「そんなに金に困ってるのか?」
「ああ、まあ、運営イベントってあるだろ?アレの賭けにつぎ込んで全部すっちまった……」
「賭け事は身を滅ぼすから止めておいた方がいいな。戦闘職なんだから地道に魔物狩って素材集めればいいだろ」
「そりゃそうだけどさ。装備のメンテとか色々金もかかるわけよ」
「安い装備で狩れて、最も効率の良い魔物を地道に大量狩りでもするんだな。獣の肉なんかはNPC肉屋は幾らでも買ってくれるし、イベント以降料理に目覚めたプレイヤーも今ならそれなりに纏め買いしてくれるんじゃないか?」
「言ってる事は分かるけどよ。単価が安いしそんなに儲けになるとは思えないんだよな」
「まあ、普通に楽しく狩って、程ほどに装備にも回せればそれが一番いいんだろうが、その金をすったなら、諦めて初心に返って作業ゲー頑張るんだな」
「まあ、そうだよな。分っちゃいるんだけど、はっきり言ってくれる奴がいなくてさ。結局みんな良い奴なんだよな。ちなみに〔賢者の石〕で儲けが出ないなら、あんたは何で稼いでるのさ?」
「まだ諦めてないのかよ。まあ<練金>ってのは殆どセルフバフか日用品みたいな物が初めは多いんだが、鍛えれば装備に使えるような素材になる物も作れる。最近はそれだな。大抵の連中は〔賢者の石〕までしか作らんからな。回転率はやっぱり頭抜けてるし」
「それ、俺にも作れるかな?」
「まあ、初めはひたすら〔光石〕っつう夜の明かりになる石を碌に利益無いまま作り続ける事になるが、それでいいならな」
「やめておく……作業ゲーなら魔物狩りの方がいくらかマシだわ」
「そりゃそうだろうな。つまらん物だが餞別に持っていけよ」
渡したのは〔光石〕と〔火油〕の二種類をいくらか。どちらも<練金>の初歩で作れるどこでも安価で手に入れられる品だ。
「なんだこりゃ?初心に戻れって事か?」
「まあ、そういう意味ではあるし、夜間に使うと大量に虫が寄ってくる道具でもある。虫は殆どが羽虫で火に弱い。その二つを使うだけで、大量狩り出来る。羽虫でも素材を売れば二束三文にはなるだろうよ」
「まじか!でもさっきは肉狩れって言ってたじゃないか……」
「肉は初心者プレイヤーに残してやれよ。最初のクエストなんだからさ。もし初心者が追い詰められて夜に出かけようものなら魔物の種類が変わるし、視界が悪くて危ない。虫よりたちの悪いのも出るし……」
「まぁ、そうだよな。それにしても生産職の割りに魔物にも詳しいのな!なんで戦闘職やらないんだ?」
「あぁ……俺もPKにやられた口でな……周りに武器持ってる奴がいると気が散るって言うかなんて言うか……」
「何だ……悪かったな。妙にリアルなゲームだし、やっぱり自分の目で見て体で感じるとそういう事もあるよな」
その後も何故かフラッと現れては変な噂話を仕入れてくる同クランの戦闘職。不思議と一番付き合いのあるクランメンバーになった。
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【王国】クラン『Kingdom Knights』
やたらと、ざわめき落ち着かない雰囲気のクランホーム。
とは言え、自分に出来る事は唯一つ<練金>の探求!
雷精の研究を今にも始めたいが、手元に素材が無い……自分が研究で使うレベルの素材だと手に入れるのにも時間がかかる。
同クランの素材収集プレイヤーには連絡を入れたので、あとは結果待ち。
混ぜて試すには、精霊の力を抽出した液も不足している。
ここは大人しく素材用の金策、文字通り<練金>でもするしかないのかね~。何か気持ちが萎えて仕方ない。
一応〔術士の石〕に関しては【海国】のサイーダって言う新たな取引相手が見つかったので、順調に稼ぎは増えている。
他の精霊についても考えるかと、思考の海に潜ろうとする瞬間大体あいつは現れる。
「おい!聞いたか?」
「いつも言ってるけど、噂話には疎いんだから、何を聞いたのか教えてくれ」
「そんな悠長な事言ってる場合じゃないんだっつうの!PK!フィールドのそこら中でPKの目撃情報が上がってるから、絶対【王都】の外には出るなよ!」
「ああ、その事か。分ってるってのこっちは筋金入りの生産職なんだから、ここで大人しくしてるっての。おかげで諸々素材の供給も滞るし、何やってんだかなPKの連中も」
「そうだな……まだ目的は分らんが、あいつらの資金源って基本PKサイトに有名プレイヤーの戦闘動画載せる事だろ?でも誰彼構わず、襲いまくってるらしい。『騎士団』の出番だが、適当にほっつき歩いたら寧ろこっちが狩られる」
「まあそりゃそうだろうな。つまりこういう事だ……ただでさえ統制が取れない筈のPKが何故か一斉に見境無くあちらこちらで暴れ始めた。そして、統制が取れてる『騎士団』はゲリラ的に頻発する戦闘についていけない」
「はぁ……その通りだよ。お前はいつもはっきり言ってくれるよな。それで何か対策の一つも一緒に考えてるんだろ?」
「一つ目は資金源を探して叩き潰す事だ。あいつらだって金が無きゃPKを続ける事は出来ない。つまりPKサイトとは別にPKに金をばら撒いてる奴がいるって事になる」
「確かにそれはその通りだし、うちの【偵察兵】の黒騎士率いる一団が調べに行ってるぜ」
「じゃあ、まず一手目としては悪くないな。じゃあ大元を潰すまでは対症療法としてどうやって事態を落ち着かせるかって事になるな」
「ああ、その通りだ。一応状況は既に【王都】中に触れ回って厳戒態勢は敷いたし、被害自体は減少してるが、でもいつまでも圧し留められる物でもないだろ?」
「まぁ、一つは援軍を頼むって事になるだろうな」
「援軍って相手はPKだぞ?誰に頼むってんだよ。【王国】はそれこそ王道ファンタジーな雰囲気でプレイヤー数が多い。それ故にPKもやたらと蔓延ってるってのが現状だ。つまり俺達が一番PKと戦い慣れてる」
「あのさ、そういうのを驕りって言うんだと思うぞ?対人戦の専門でしかもPKと戦い慣れてる連中がいるだろ?」
「あ!そうか!【闘技場】名物!勝利で浮かれた【闘士】を狩ったり、負けた【闘士】が腹いせにPKを狩りに行ったり……」
「そういう事、PKが出るのは【王都】ばかりじゃない。一見強そうな奴らに恥をかかせたい。一泡吹かせたいってのがPKの本質だろ?実際金がそこまで儲かるわけじゃないし、昼はコツコツ鍛えて、夜は獲物を待つ生活。非効率そのもののプレイを出来るのは、そういう捻じ曲がった根性だからだ」
「なるほどな。まあ【闘技場】連中もまるで統率なんて無い奴らだから、上手く連携できるかは分からないが……」
「敵も同じなんだから、毒を持って毒を制すればいいだろ?少なくとも昼日中はいくらかマシになるだろうぜ」
「じゃあ夜は?」
「大人しくしてろよ。根源を立つまでの対症療法なんだから、それで上手い事丸め込めって」
「そうか……そうだな!昼に戦力を集中すれば、奴らも早々手は出せないか!うし!行ってくるわ!PKに舐められっぱなしで『騎士団』名乗ってられないぜ!」
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【王都】郊外-夜-
「はっ!『騎士団』共がよ!お前らは明るい内だけ、さも【王都】の治安守ってるかの様な顔していきってろよ」
「本当だぜ?冗談で言ってるわけじゃないんだ。結局【闘都】の連中の力まで借りて何とかかんとか昼の間襲われない様にするのがやっとの雑魚なんだからよ!夜まで治安維持とかアホな事言ってんなって事」
夜間戦闘に慣れない『騎士団』のメンバーが拘束されて、言いたい放題メンタルを削られている。
システム的に死に戻りや緊急ログアウトの機能はある。どうにもならない状態で、動けない。そんな事は絶対にあってはいけない事だ。
つまり、まだ死に戻らないのは仲間を待っているか『騎士団』の矜持か?
前者なのは間違いないがPK側もそれは承知の上だ。
何しろ拘束した事を誇示するかのように、焚き火を焚いてアピールしているから……。
そして、まさかそんな、あからさまな罠に掛かりに来る奴なんていないと思っていたら、残念。現れたのは夜でも焚き火にたらし出されればすぐ分る見慣れた上下真っ白の軽装甲。
「夜ならば『騎士団』に勝てると踏んだのであろうが笑止千万。仲間意識のかけらも無いお前達と違って、ちゃんとこちらは仲間の状態を把握している。この状況今更謝っても許す事は出来ないぞ!」
まぁまぁ……堂々と……。何か仕掛けでもあるのかなと思ったが、普通にレイピア抜いて戦う構え。
って言うか喋ってる間に攻撃しろっての!
薄ら笑いを浮かべるPK、しかし一向に武器を引き抜かない様子に『騎士団』の増援もうかつに攻撃を仕掛けられない。
それは罠を警戒していると言うより、武器も抜いてない相手を攻撃出来ない『騎士団』特有の甘さだ。
仲間をいたぶられてるんだから、さっさと容赦なく倒せばいいのに、何やってるんだかと思っていたら、案の定。
どこからとも無く飛んできた矢に刺し抜かれ、そんな一撃ではやられないであろうが、膝をついて崩れ落ちるのは、デバフを喰らったのだろう。
そして余裕の表情を見せて現れる短弓使い。これでPKは3人。今回撮影者はいるのか?そこは後で調べればいいか。走って逃げれば<隠蔽>解けて見つかるし。
いつもならこのまま人質が死に戻るのを待つだけだ。
正体がばれる行動は極力避けたい。
「くそ!卑怯者!こっちは武器を抜くの待ったてのに!」
「は?脳味噌お花畑か?それとも蟹味噌詰まってるのか?まあ後生だし教えてやるよ。これからPK相手する時は容赦なく斬れ!な?こっちはお前らに気がつかない様に後ろを付回して外出た瞬間にデバフ食らわしてやるから!」
「誰がそんな卑怯な事するか!」
ああ、馬鹿馬鹿しい会話だ。早く死に戻ってくれねぇかな。
「って言うかよ。お前なんでこんな時間まで警備してんだよ?他の連中は中で引き籠ってるんだろ?」
「うるせぇ!お前らみたいなのがいるから、楽しくゲーム出来なくなっちまう奴がいるんだよ!明るかろうが、暗かろうが、許さねぇ!」
「はぁ……このタイプは何言っても駄目だぜ。一応コイツこれでも『騎士団』の有名プレイヤーだし、動画だけアップしとこうぜ。臨時収入はあって困るもんじゃないし」
そして、堂々とゲーム内の動画を撮影する道具を取り出したPKの一人。これで撮影者はいないと確定。
しゃーない。相手は3人実力は知れてる底辺PK、やり口がえげつないだけが取り得の屑共。
「しなれ鞭剣」
まずは短弓使いの心臓を貫き、そのまま陽精の容器に精神力を通し、その場の全員の視界を奪い。PK達を死に戻りさせる。
本当は時間を掛けてPKをしていた事を後悔させる様な恐怖を味合わせたかったが仕方ない。
さっさと引き上げる様に見せかけ、付近に隠れる。
念の為掴まった『騎士団』がちゃんと帰れたかだけは確認しておきたい。
次週予告
昼を共に生きる仲間に慈悲を掛け救い出したのも束の間
ますます勝手に噂は広がり黒い怪鳥は夜を駆ける
『邪神の化身』不穏な噂は更なる闇へと導くのだった