35.キジン
姿勢を正し気を付けの姿勢で真上を向くと、背中のファンが真下を向いて起動と同時に、ほぼ垂直に空を飛ぶ。
飛ぶって言うか、ぶっ飛ばされるという方が正確か?
体に異常なGがかかり、一瞬の内に空中に放り出される。
服に仕込んであるグライダーを出した状態で飛ぶと、姿勢が安定しないどころか、ぶっ壊れるので、最早ただ空中に投げ出される装備と化した。
それでも緊急避難としては無くはないだろう。
しかもそのスピードは尋常ではなく、雷火のハーフフィルムケースで反応速度にバフをかけてやっと何が起きてるか理解できるレベルだ。
もしかしたら、敵からは消えたように見えるかもしれない。
実際には空中に打ち上げられて、何もできないまま落っこちてくるのだが、落下に関しては重精がいい仕事をしてくれた。
重精はどうやら空間に効果があるようだ。
そのまま重精の力を使えば、一定範囲の重力を数倍に跳ね上げる。下手したら数十倍なのかも知れないが、ちょっとやそっとの物なら地面にめり込む。
ちなみに最初石精と氷精で防御力と耐性を高めた状態で使ったものの、自分自身も地面にめり込んだので、手に握って使うのはやめた。
逆にバフとして使うとどうなるか、自分の体重が軽くなる。
シンプルだが、ジャンプ力をはじめ節尾剣を使った移動も軽々になり、空高くにふっ飛ばされても落下ダメージを負わないのは非常に助かる。
打撃に関しても自分が吹っ飛んでしまうので、それこそ風圧で逃げていく木の葉の如くかなりダメージ減少が見込める。
読んで字の如く身軽になって、練習も無くアクロバティックな動きも可能なのだからあとは【訓練】次第と言った所だろう。
ちなみに、まぜーるくんなっくるを使用して、氷精や雷精と混ぜて攻撃した場合一定空間に冷気や電気を留めてデバフを与えるようだ。
土が地面に影響するのに反して、重は空中の空間に留める性質なのだろうと勝手に納得した。
更には剣もグレードアップしている。
今までは蠍の様な甲殻類の尻尾のイメージだったのが、鳥の尾羽を模した意匠となっている。
孔雀の羽を集めてきた所為だろうが、変わったのは形だけじゃない。
手元のスイッチを入れて起動すれば、フィルムケースの精霊の力が刀身に流れ込む。
つまり試作剣と節尾剣の一体化という事だ。今まで敵に応じて持ち替えていた武器を一つにまとめ、戦闘中のロスをなくす。
しかも、手元のスイッチを入れた時だけ精霊の力を使用できるので節約にもなる。
ただし素材が孔雀の羽なので、陰と陽には対応してないのが、ちょっと残念な所だ。
ちなみに剣の名前は試作剣Ⅲかと思いきや『フェニックステイル』と言うらしい。自分が闘技場で戦ったのを見て、蠍が依頼を出した職人にインスピレーションが降りて来たとか何とか。
これで一先ず装備の確認とする。あとは使いながらだなと自分を納得させ、洞窟へと向う。
今いる場所は【森国】だ。
久しぶりの邪神の尖兵狩りを依頼されたので、顔馴染みになった頭領と邪神教団の動きがあるとされる森奥の洞窟へと向った。
まぁ、【森国】の殆どが森なので、どこに行っても森奥なのだが、そこは一旦置いておくとしよう。
念の為ベルトには雷火と土石をセットして進む。
狭い洞窟内では風重はあまり有効ではないだろうから、土石軸に重さで動きが鈍らないよう雷火セットとした。
邪神教団の活動があったにしては、誰もいない洞窟内、時折隙間で蠢く小さなスライムを潰しながら奥へ奥へと入り込んでいく。
そう言えば、前に武人風の邪神教団員に会った時、邪神の尖兵を倒していればすぐに強くなるって言ってたな。
邪神教団は敵の筈なのに結構親切と言うか何と言うか……。
まぁそもそも敵である理由が、世話になってる蠍の敵だからって言うだけだし、憎しみが湧かないのも仕方のない事なのかもしれない。
そんな事を考えている内に硫黄の様な瘴気の臭いが強くなってくる。
武装は以前よりも充実してるし、あとは自分が強くなるだけ、そして出てくるであろう邪神の尖兵を倒せば勝手に強くなるって言うんだから、いい事しかない。
ベガには逃げられ、フロリベスには招待するとまで言われた以上、強くなって相手をしてやらねば申し訳が立たない。
次は完膚なきまでに倒して封印してやる。
さて剣にセットするフィルムケースはどれを使うか……。
風精は付属アタッチメントで装着済み、洞窟内で周囲は土壁だし、土精を使ってみるか。
あとは……、折角だし重を使ってみるかな?
剣にしたらどんな効果になるか見てみたい気もするし!
身の回りの準備を終えて、天井の高くなっている如何にもボス部屋とばかりの広い空間に入っていく。
すると中央には四足歩行の獣らしき影が一つ。
サイズ的にはボスサイズといった所のようだが、スライムのあのこんもり柔らか気な小山をイメージしていた所為で、ちょっとあっけに取られてしまう。
それでも部屋の中央に近づいていくと、見た目に合わず、表面が波立って、
『ヴヴヴヴ……』
何か吠えたようだが、ノイズの様にしか聞こえないそれは、目の前のモノが発した音とはどうしても感じ取る事が出来なかった。
目の前の獣型が大きく口を開け、こちらに向けた瞬間、そのまま首が伸び噛み付いてきた。
間一髪の所で横に転がるように避けたが、そのまままるで剣玉の様に紐状の首で、頭を振り回し所構わず噛み砕いていく。
柔らかそうなスライムが、何故か歯だけは硬いのか、壁に当るたびに鈍い音が洞窟内に反響する。
だが、攻撃が頭部だけならばモノは試しと、細い紐状の首を左手のフェニックステイルで斬り落とす。
当る瞬間に手元のスイッチを操作すると言う絶妙に器用な真似をしなくてはならないが、そこは生産職補正か、きっちりイメージどおり操作して、重精の力の乗った攻撃を加える。
あっさりバッサリと落っこちた首は、黒い煙となって蒸発し、後には独特の臭いだけを残していく。
前回のイメージだと一回り小さくなって首が再生するのかな?と様子を見ていると……。
首のあった場所に無数の棘が生え、随分と凶悪な猛犬の首輪ができた。ちなみに首も頭もない。
そのまま棘をこちらに向けて走ってきたので、右手の剣のスイッチを押しながら、
尾剣術 串
地面に剣を突き刺すと、邪神の尖兵に足元から無数の土の棘が生えてきて串刺しにする。
全身を一発で穴だらけにされた邪神の尖兵は、穴と言う穴から瘴気を吹き出し、それでも土の針をすり抜けて一つの塊に戻っていく。
その過程でチラッと見えた邪神の尖兵の核に向けて、左のフェニックステイルを起動しつつ振るえば、そのまま動かなくなり、溶ける様に姿が黒い煙となって空気中に消えていく。
「ふむ、これで本当に強くなるのか?」
思わず独り言を呟いてしまうが、それ位実感がない。
まあ考えていても仕方がないと、洞窟を出る。
【森国】は木々の所為でどこもかしこも影だらけで暗いが、洞窟のような場所から出る時には目に優しい。
濃い緑の匂いが狭い所にいた緊張感を和らげ、少ない木漏れ日が近くの大岩を照らしている。
そしてその光の中に、人影?
大岩から飛び降りてきた人影をバックステップで避けると、そこに立っていたのは例の武人。
「ベガやフロリベスと戦って少しはマシになった様だな」
「相変わらず唐突に現れるんだな」
そして相変わらず余計なお喋りは趣味じゃないのか、既に槍を上段に構えているので、こちらもベルトを起動しつつ、両手にフェニックステイルを構えて待つ。
「前のように色を変えなくてもいいのか?」
「必要なら変えるさ」
自分が答えるのと同時に、槍で地面を突く武人。
土精系の攻撃かと一瞬下を見て、視線を戻した時には武人の姿がない。
尾剣術 円
何も考えずフェニックステイルを振り回したら、左手に手応えあり。
重精を発動したフェニックステイルはどういう効果なのだろうか?相当に重量がある筈の武人が吹っ飛び元の大岩にぶつかって止まった。
相当な勢いでぶつかり、ダメージも尋常ではなかったろうに、あっさりと立ち上がる。
「中々の打撃力だ」
一言発すると、何をどう操作したのか鎧の隙間から蒸気を吹き出し、鎧が少し変形した。
槍先をこちらに向けるように腰に構えて膝を曲げ、動きが完全に止まった所で武人の背中から火が噴出す。
とっさの判断でベルトのアタッチメントを操作し空中に逃げる。
予想通りというか何と言うか、自分がいた場所を通り抜ける武人を空中から確認するが、問題は降りる方法だ。
幸い大きな木が辺を囲んでいるので、木の枝にフェニックステイルを巻きつけて、ゆっくり降りていく。
似たギミックを持っている自分だから反応できたが、武人の割には武器だけで戦う訳じゃなく、鎧に加速装置まで仕込んでいるとは……。
まぁよく考えたら武人だと思ってるのは自分であって、向こうが名乗った訳じゃないしな。
ただなんか、未来的と言うか、ヒーロー的というか、見た目のイメージとしっくり来ない。
振り返る直前の武人の背中にはやはり噴出装置のようなモノがある。
尾剣術 串
今度はこちらから仕掛ける。
正直に言うと、土精を使ったフェニックステイルで<尾剣術>を使うと土からあんないっぱい棘が出てくるとは思っていなかったが、折角だし積極的に使っていこう。
前回はあっさり掴み取られた術だったが、さすがに無数に生える棘は体を固めて受け止めている。
やはり、全く攻撃が効かないという訳ではなさそうだ。何しろダメージがないなら受け止める必要なんてないだろうし、くらいながら攻撃しかければいいじゃんって事。
前回雷精でダメージを与えられなかったのは、多分やせ我慢だろう。
あの後散々悩んだが、やはり何も効かない敵はいない。
さり気なく自信を取り戻しつつ、次の手を考える。
「焦りが消えたな。では受けてみよ」
それだけ言うと、再び槍を地面に突き立てる。
今度は目を離すまいと思っていたら、そのまま槍を地面に刺して立てて、術を発動する。
ダメージの無い衝撃が一帯に広がり、地面に淡い文様が浮き上がる。
特に何も影響がないという事は武人へのバフ用かな?
武人がゆっくりと腰の刀を引き抜くと、八双に構えてゆっくりと距離を詰めてくる。
歩いても全く上半身がぶれず、どういう歩き方をしているのかとも思うものの、何もしなければ危険な感じだけはする。
まあ、中距離が自分の間合いだし、まずは左手のフェニックステイルで、
尾剣術 縛
重精の力を発動しつつ縛ると武人の足が止まり、追撃に右手のフェニックステイルを叩きつける。
すると、ふと武人の姿が消えた。
本当にいきなり姿が消え、左手のフェニックステイルの手応えも一緒に失う。
そして背中に熱い様な冷たい様な感触が走り、そのまま膝をついてしまった。
何事が起きたか分らないまま、ベルトのアタッチメントを起動し風精の力で吹っ飛び、一旦逃走。
体勢を崩して転がり、止まった所でチラッと生命力を確認すれば、それなりに持っていかれていた。
土石をセットしておいたお陰で、いくらかダメージを減らせたのか?
武人は今の攻撃に自信を持っていたようだが、思ったほどのダメージではなかった。
しかし問題は、武人の瞬間移動のタネが分からない事、捕縛は不可能の様だし、どうするか……。
範囲術を連発すれば掠る事もあるだろうが、そんな雑な手段で倒せる相手とも思えないし……。
となれば、仕掛けはあの槍だ。
武人を見やると、立ち上がって再び剣を構えるところだった。
つまり自分の風精噴射で吹っ飛ばされたのだろう。
武人から目を離さないようにじっと見つめて、こちらもゆっくり近づいていく。
そして間合いでフェニックステイルを振った瞬間に、武人の姿が消えた。
しかしそれは読み通り、再び風精噴射で吹っ飛ぶ。
今度は槍を狙って飛び、何も出来ないスピードで槍を何とか引っ掛けそのまま通り過ぎ、再び転がって木にぶつかって止まる。
振り向けば地面の文様が消えていた。
すぐさま槍を弾き飛ばし、距離を取ったまま武人と相対する。
「悪くはないが、まだ折角の武器の能力を使いこなせていない」
「そうだな。あんたの言う通り邪神の尖兵狩りに精を出すとするよ」
「そうか『キジン』それが俺の名だ」
それだけ言うと、槍を拾ってどこかへと去って行く。
相変わらず何を考えているか分らないが、名前を言ってたって事は前回よりはマシになったのかな?
次週予告
また邪神教団の名前が割れるものの
未だ幹部勢には決定打を打てずにいるブラックフェニックス
それでも任務に頻度は増えるばかり次に向う地は『賭博の町』




