3.ハリボテ
自分が戦えないと気が付いたのはクランに入って早々の事。
何しろフィールドに出て魔物を狩ろうとしても仲間が武器を構えるだけで恐怖を感じ魔物狩りどころじゃない。
何とか慣れようとしても、気になる事には変わらないし、ちょっと掠ろうものならオーバーリアクションで避けようとしてしまう。
わざとじゃないが、どうやらPKに狩られた恐怖が心に巣くってしまったらしい。
せめて単独狩りだけでもと思ったが、そもそも【訓練】に出れば大人数が並んで武器を振っているのだ。気が気じゃない。
そしてなし崩しで、それこそ金の為<練金>に手を出し、そのまま生産職になった。
まあ、初めは金策のつもりだったがやってみると、これはコレで面白い。
何しろこのゲームでは精霊の力を形に変えるのが<練金>な訳だ。何しろ精霊ってのは実体の無い存在。
時折必要があってヒトの前に姿を現す事もあるらしいが、それが実体なのかもはっきりしない。
創世神に代わって世界を守る一柱で意思もあるというが、世界のエネルギーそのもので何とも曖昧な何か。
普通は契約してその力を<精霊術>として行使する訳だが、世界のあらゆる素材に溜まった精霊の力を抽出し、形にする。
ちなみに<練金>で一番稼げる〔賢者の石〕はもっと根源の世界の大元である霊子を物質化することで<精霊術>行使する時の触媒?媒介?にする訳だ。
これは消耗品なので<練金>使いにとって大事な金策手段って事になる。
何にせよ。世界の根源に触れるスキルな訳だ。組み合わせや抽出の仕方でも色々な反応が出るし、面白いと思うんだがな~。
何故か金策以外には使われない。多分戦闘に使えないから。
当然調味料にもならなければ、薬にもならない。
一応、本当に一応だが、武器防具に精霊の力を一時的に宿す道具は開発されてて、物理職が偶に使う事もある。
だが大抵は魔物の弱点になる術を使える術士と組んで、バフをかけてもらうので、ほぼほぼ<錬金>道具が使われる事はない。
それでも自分だけはこれが面白くて、クランメンバーも生暖かい目で見ながら素材集めなんかを手伝ってくれるし、そう悪い環境ではなかった。
それは自分を殺したPKを偶々【王都】内で見つけるまでの話。
そいつは【王都】外れで誰かと相談していた。
何でも【王都】を去ってどこかもっと別な所でPKをやろうっていう話。
二人は喧嘩別れして、自分を殺したPKは【王都】に残る事にしたらしい。
随分とご立腹のようで、イライラしながら真っ直ぐアジトらしき一軒のボロ集合住宅に入っていくPK。
それから自分は大急ぎで知り合いを当り、片っ端からデバフ薬をありったけ種類も問わずに買い集めた。
中には燃える酒やら、空気に触れると熱を発する不思議石なんかもあったが、戦えそうな道具なら何でも良かった。
自分は戦えない。ろくすっぽ【訓練】もした事無い。出来る事は限られている。
何の隠れるスキルすら持たないまま、何日も集合住宅を見張ってると、ある夜PKが【王都】の外に向かう。
そしてそのまま、本当に【王都】の出入り口近く、初日に自分が狩られたあの場所で止まった。
「おい……毎日毎日うざいんだよ。お前!どうせ俺に殺られた誰かなんだろうが、二度と付きまとえない様に今度は完全に折ってやるよ!」
言うが早いか反転してきたPK。
どうやら自分がずっと見張っていた事はバレバレだった様だ。
そして、今までは怖くて仕方なかった他人の持つ刃を腹に受け入れ、代わりに手に持った陽精の力の宿った石に精神力を流し込む。
放たれた光を直近で受けたPKは目を押さえ、うろたえた。
その後自分の出来る事といえば、持っているデバフ薬を片っ端からぶかっけることだけ、
一つ目にかけたのが麻痺薬だったのが幸いしたのか、動けなくなったPKをべしゃべしゃになるまで、デバフ薬漬けにし、
いつの間にやら一緒にぶっ掛けていた酒が何で燃えたのかもよく分からないまま、いつの間にか燃えるPKが光の粒子に変わるのを見送っていた。
「金、拾わないのか?」
唐突に後ろから声をかけられた時は、大袈裟な表現ですらなく心臓が止まるかと思った。
「賊を倒したんだ。その金はお前のものだぞ。しかもその賊どうやら相当悪さしてたようだな。かなりの額だ。まあそれでも使った薬代にもならんだろうがな」
なんか普通に話しかけてくるが、いつから見ていたのだろうか?
「だんまりか?別にいいがな。そんなにしてまで、よっぽど恨みがあったんだろ?何があったんだ?言いたくなければ、言わなくていいぞ」
「殺された」
「誰を?」
「自分」
「そうか、じゃあ復讐はコレで終わりか?」
いや、まだ最初の一人だけ、あの時鈍色の騎士に救われなかったら、あいつらも自分を殺しただろう。
なんなら、自分のような戦う力の無いプレイヤーはいつでもPKのいい獲物でしかない。
願わくば、全てのPKが恐怖に震えながら、PKを諦めるようなそんな絶望を体現するような存在がいればいいのに……。
「もし、戦い方を知りたければ教えてやろうか?」
自分は黙ってその男に付いていった。その日から自分のゲーム内二重生活がはじまる。
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【王国】クラン『Kingdom Knights』
「おい!聞いたかよ!黒い怪鳥が本格的にPKに追われてるらしいぞ」
「そりゃ噂に成る程暴れたんだから、当たり前だろ?当分は静かにするんじゃないか?今それよりも俺は火精と風精を混ぜたこいつを何とか上手い事武器化できないか真剣に考えてるんだから、興味ない」
「ったくまたそれかよ!結局精霊の力だから精神力を流し込むのに握りこんで、自爆するんだろ?」
「ああ、その通りだ。つまり二通りの解決手段が考えられる。自爆に耐える方法を考えるか、手から離して起動させる方法を考える」
「何を無理な二択言ってんだ?前の陽精目潰しだって、色つき眼鏡すら透過して、大ピンチだったじゃないか」
「いや、目をつぶっておいて、徐々に慣らせば色つき眼鏡越しなら何とか見えるんだって」
「うん、その目を瞑ってる間が生死を別けるんだよ。お前【帝国】の隊長は会った事あるか?」
「いや、映像で見ただけだけど」
「ありゃおかしいぞ、本当に一瞬で見失うスピードってのはああいうのを言うんだ。しかも噂じゃPKだろうとなんだろうと、頭ごなしになんか言うような輩は誰であろうと斬って捨てる危険人物らしい」
「へ~PK嫌いならうちのクランとも結構合いそうじゃん」
「まあな~うちとはまあ悪い関係じゃないらしい。ただ最強のPKとも仲いいらしくてな」
「なんだそりゃ?」
「ほら、最強のPKって自信は有り気だけど、別に頭ごなしに命令するタイプじゃないじゃん。寧ろいつでも強さを求めるチャレンジャー的な?なんか気が合うらしいぞ。ちなみに噂だけだが、最速対決で軍配が上がったのは隊長らしい」
「最強のPKも映像でしか見た事無いっての。それにしてもそれだけ強かったら怖いもの無しだな。やっぱりプレイヤー最強の座でも狙ってるのかね隊長とやらは」
「ああ、それが本人はそこまで強いと思ってないらしいぞ。既に集団戦最強って影で呼ばれてるのに、荷物運びが趣味なんだと。まあ儲かるらしいが、その金でどうこうって事でもないって、謎のプレイヤーだなマジで」
「ふ~ん、その隊長だったらこいつをどうやって使うかね~。一個作るだけでもかなりの値段になる金食い虫だが、儲けてるなら別に金額も気にならないだろうし、いずれ会って聞いてみたいな」
「結局そこに戻るんだな。やっぱり起爆装置でもくっ付けるしかないんじゃないか?何とか時間差で爆発してくれれば、投げるくらいは出来るから直撃は避けられるだろ?」
「ああ、精神力を流し込んでおいて、溜め込みつつ内部に通るまで時間差をつけられる様な装置な。それこそ全く構造が思いつかないし、無理な事言ってないか?」
「知らねーよ!何となく思いついた事言っただけだろうが!全く人が真面目に話を聞いて答えてるってのに、お前はいつも自分の研究ばっかりだよ」
「ん?じゃあ最初のお前のPKKの件に真面目に答えるなら、一人でそんな大勢に追われたら絶対逃げようが無いって事だ。つまりもう無理はしないんじゃないか?どうせPKに対する意趣返しか憂さ晴らしだろ?」
「まあ、なぁ……俺は結構好きだったんだよな~。まあ月並みだが『騎士団』の連中ってPKに恨みがあるやつが多いだろ?俺もその口でさ。出来るもんならPKKしたいが、一人でやるってのもな」
「なんだよ。お前も憂さ晴らししたいのか?」
「いや!……まあそういう部分もあるのかもしれないけど、PKが怖いってのも分るからさ。抑止力っつうの?勿論うちのクランもPKには厳しく対応するけどさ。正面からが基本だしあいつらは結局辞めないじゃん」
「何言ってんだよ……PKKなんぞしたところで、今度はお前が動きづらくなるだけじゃないのか?俺がどうして生産職やってるか知ってるだろ?俺と違って普通に狩りでも何でもいけるんだから、くだらない事考えてないで、パーティと上手くやる方法でも考えた方が建設的だぞ」
「ま、そりゃそうだよな。そういや変人発明家の噂は聞いたことあるか?」
「なんだそりゃ?」
「【海国】の『嵐の岬』って個人主義者の変人ばかりなんだと、だからその中にはそういう生産者もいるって話だぞ」
「へ~嵐の岬って言えば、最強クランでうちをライバル視してるんじゃなかったか?」
「いや実績的にはあっちの方が既に上げてるし、そんな事無いと思うけどな。誰かが勝手に流した噂なんじゃないか?」
「お前も大概噂好きだろうが……」
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【王都】秘密基地-夜-
広い地下秘密基地の奥は更に広い訓練場になっている。
とは言え自分のほか【訓練】する者のいないその空間はとても都合がいい。
周りを気にせず、ひたすら鞭剣を振るう。
とは言え、自分の筋力は知れているので、この剣は精神力で動かしているのだが、イメージどおり動かすには生産職の器用さも必要と本当に面倒な武器だ。
はっきり言って戦闘をあまりやってこなかった自分にステップワークや駆け引きなんてものは全く無い。
離れた相手は鞭剣で叩きまくり、嫌がって近づいてきた所を火精の力で燃やす。
一応<蹴り>って手段は持っているが、突き放す程度のもの。
敵が複数いてどうしようもない時は陽精の出番だ。今まで目潰しを喰らわなかった相手はいない。それほど強烈な光だ。
もしくは風精の吹き飛ばしで距離を取るか、氷精石製は本当にどうにもならなくなるからな……。
あとは土精か……地震で身動き取れなくなるので、風精を使って飛んで逃げる位かな~。
陰精は辺り一体真っ暗になっちゃって、本当にどうしようもないっつう……。
混ぜたらバフに転換した氷水はちなみに毎回使用してる超重用道具だったりするんだけどさ。
何しろどの精霊の力を使っても自分が一番効果を喰らう訳だ。
そこで耐性&回復の力を常時自分に掛けておくことで、何とか耐えてるって訳。本当に強引な使用方法だ。
それだけじゃなく、自分の鎧も……。
「よう、今夜も精が出るな」
自分をここに連れてきた張本人のお出ましだ。未だに所属もどこの誰だかも分からないが、不当な扱いを受けたことはないし、今のところ感謝はしている。
しかし、ただより怖いものがないって言うのが余の常。
「まあね、コレだけ追われてたら、いつか囲まれてボコボコにされる日も遠くないだろうし、その時一人でも巻き込むためにはね」
「ふん、それで一旦は身を潜めるんだろ?どうするんだ?」
「ちょっと【海国】に用があるから行ってこようかとは思ってる」
「ふーん、いいぜ向こうのアジトも用意しよう。代わりといっちゃ何だが……」
「分かった仕事か……本当にどんな意味があるのか知らないが、頼まれた事はちゃんとやるさ」
「おう、任せるぜ。鎧はメンテ中か、まあ完了次第向こうに届けておくぜ」
「分かった。まああんなの着ても着なくても変わらないハリボテだがな」
「そうは言っても、裏の世界じゃ既に一つのアイコンで、噂の対象だ。使わない手はないさ」
そう、自分の鎧は見た目は重厚な複層装甲だが、実は黒い金属っぽい塗装を施しただけの皮服。
なんなら、ゴテゴテして動きづらい以外の印象が何もない代物だが、それでも見る者は自分が鈍重だと思い込む。
その程度の目くらましでも自分には大事な生命線。
次週予告
【王国】PKを狩る者は復讐者だった
本来ならまともに他者と戦えない心の傷を負った者
それでも新たな力を求め『発明家』に会いに行く